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5話

伊豆の島々に実在するヒイミさま伝承をもとにした、創作ホラーです。

 里桜が転校してきたのは、7月初旬のことだった。初めて話したのは、その日のお昼。トイレに行くと里桜が手を洗っていたから、思い切って声をかけてみた。


「里桜さん。私、伊勢崎結花。よろしくね」


 自分でもなかなかフレンドリーに言えたと思う。でも里桜は、チラリと目を上げて鏡越しにこちらを見ただけだった。その視線がナイフのように鋭くて、私は一瞬たじろいだ。空気がピリッと張り詰めた感じ。はっきり突き放されたわけではないけれど「近づくな」という雰囲気。せっかく声をかけたんだから、もっと優しくしてくれてもいいじゃん。


 そう感じたけれど、里桜なりの気遣いだったのではないかと、いまは思う。きっとわかっていたのだろう。そのうち誰も寄ってこなくなると。確かに、どうせ嫌われるなら、最初から距離を取っておいた方が楽だ。でもこのときは、私はもちろん、みんなもまだ里桜に興味津々だった。


 里桜はアイドルとかモデルみたいに誰が見ても美少女で…。だからというわけでもないけれど、転校初日に5人のクラスメートに告白された。それを聞いたとき私は、出会った初日に好きだなんて、よく言えるなと思った。私なんて、出会って何ヶ月経っても先輩に告白できないでいる。断られたらどうしようって考えてしまうから。案の定というか当然というか、里桜は全員を振った。


「いや、無理だし」


 そんな断り文句だったらしい。でも、そのうちの一人は諦めきれなかった。なんとかして里桜の気を引きたいと思い、ある行動に出て…それが、すべてを変えてしまった。


 ……いま思いだしても嫌な気分になる。


 その日の夜、クラスのLINEグループに、里桜の画像が送られてきた。大橋を渡るところ。仮屋町を歩くところ。そして一軒の家に入るところ。家の表札には「奥山」と書かれている。


 そう。里桜は仮屋町に住んでいたのだ。


 送ってきたのは、里桜を諦められなかった男子だった。彼は放課後、里桜を尾行したのだという。家を突き止め、プレゼントを贈って、気を引こうと思ったのだそうだ。ところが思ってもみない事実を知った、というわけだ。


 翌朝登校すると、クラスはどす黒い緊張感に包まれていた。バスでの出来事が脳裏をよぎる。嫌な予感がした。やがて里桜が教室に入ってきた。すると、入口に一番近いところにいた男子が、露骨に顔をしかめて「くせえ」と言った。


「やばいやばい。教室が腐る」


 数名の男子が用具入れからモップを取り出して、里桜の歩いた跡を必死に拭く。


 さらに別の男子が鼻をつまんで窓へ駆け寄り、


「窓開けて、窓。空気が汚染されて窒息しちまうよ!」


 それを合図に一斉に窓が開け放たれ、校庭からの風が、びょうと流れ込んできた。


 ああ、やっぱり、と私は思った。

 やっぱりバスの中と同じことが起こってしまった。もちろん、歩いただけで床が腐るわけはないし、空気だって汚染されない。


 でもみんなは、嫌がらせでそうしているのではない。本気で里桜を汚いと考えているのだ。その証拠に、誰もが里桜と一定の距離を置いて目を合わせないようにしている。私は、里桜がどんな反応をするのか気になって彼女を見た。里桜は、まったく動じた様子もなく、一直線に自分の席に向かった。すると奈央が、顔を背けたまま言った。


「迷惑なんだけど」


 里桜の足がピタッと止まった。そして奈央の正面に回り「へえ。じゃあ、どうする?」と顔を近づける。


 奈央の顔がスッと青ざめていく。そしてぶるぶると震えると、机をバンッと叩いて立ち上がった。


「あんたが出てかないなら、私が出てく」


 叫ぶようにそう言うと、奈央は教室を出て行こうとした。ほかのみんなも奈央に続こうとする。私は思わず「ちょっと待ちなよ」と叫んで、みんなを止めた。


「なんでそんなことするの?」


 みんな、驚いたようだ。一番驚いた顔をしているのは里桜だったけれど。


「どうして出て行くのよ。里桜さんがいると、なんで迷惑なの? なにをしたのよ、里桜さんが」


 私は続けざまにそう言った。みんな顔を見合わせて、どう答えたものかと悩んでいる。その中から絵美が近づいてきて、私の耳元でささやいた。


「…知らないからだよ、結花は」

「なにを?」

けがれてるの、こいつらは」

「どういうこと?」

「…ホントは嫌だけど、しょうがないから見せてあげる」


 言うがはやいか、絵美が里桜に駆け寄り、鞄をひったくった。


 里桜は「ちょっとなにすんの!」と抵抗したが、絵美は強引に鞄を逆さまにして、中身を全部ぶちまけた。

 すると教科書や参考書、筆記用具に交じって、右半分が白、左半分が黒に塗られた不気味な仮面がこぼれ落ちた。


 えっ、仮面?


 その瞬間、クラスにいるみんなが「あっ」と小さく叫んで顔を伏せる。見てはいけないものを見た、とでもいうように。


「あの町の奴らはね…」


 絵美が薄汚れた雑巾を見るみたいに、顔をゆがめて言った。


「常に仮面を持ち歩いてる。キショいやつをね。なんでだと思う? 顔を隠すため。なんで顔を隠すと思う? 隠さないといけないくらい、穢れているから。だから私たちは避けるの。わかった?」


 絵美が話す間に、里桜が憮然とした表情で仮面を拾い、鞄にしまっていた。私はなにを言うべきかわからなかった。仮面を持っているから穢れている…。穢れているから近づきたくない。わかるようでわからない。だって、たかが仮面だ。いや、そもそも……仮屋町の人たちが穢れているってどういうこと?


 そのとき、担任の中村先生が教室に入ってきて、みんなに言った。

毎日23時ごろ更新します

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