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20話

伊豆の島々に実在するヒイミさま伝承をもとにした、創作ホラーです。

「うーむ。これは…」


県警捜査一課の伊勢崎警部補は、プールランドの管理室で、監視カメラ映像をさっきから何度も見返していた。


十代の女の子が《海プール》の中で死んだ、という通報を受けたときは、不慮ふりょの事故だろうと高をくくっていた。

けれど証言が集まるにつれて、謎が深まっていき、わけがわからなくなった。


状況的に見て自殺であることは間違いない。だが、自分で自分の首を絞めるなど…不可能だ。自分を窒息させようとしても、脳がリミットをかけてうまくいかない。外部からなにか別の力が働かない限りは。

事件か、事故か判別しづらいところに、さらに輪をかけてやっかいなのが、亡くなった女の子のあとを追って泳いでいった男性客数名の証言だった。


「水の中に、なにかいた。白い…人間のような…化け物が」


口を揃えて、そんなことを言うのだ。

ばかばかしい。最初はそう思い、一蹴しようとした。


証言の間、彼らはずっと妙な幻覚に怯えているし、もしや変な薬物でもやっているのではないかと考えたりもした。


けれど、彼らはみんな真剣な表情だったし、目に曇りが感じられなかった。職業柄、うそをついているかどうか、薬物を使用しているかどうかは顔を見ればわかる。


それで伊勢崎は、客観的な証拠を得るために監視カメラ映像をチェックすることにしたのだ。

すると、首を絞めて沈んでいく女の子の足下に、確かになにか白い影がゆらめいていた。


波の影響でハッキリとは見えない。ひとと言われればそう見えるし、大きなビニールと言われたら、そうとも思える。

水面に太陽光が反射しているのかとも考えたが、太陽の位置とは明らかに違う場所だった。


「うーむ。これは…」


そうしてもう10回ほど、同じ箇所を繰り返し見ている。

波立つ水の中に見える、白いなにか…。

これが、若者たちの言うように化け物だったとして。どういう方法を用いれば、自分で自分の首を絞めさせることができる?


──わからない。さっぱり。

伊勢崎はガリガリと頭を掻いてため息をついた。


そのとき、勢いよくドアが開いて「伊勢崎さん」という声とともに一人の女性が入ってきた。

腕を組みながら伊勢崎が振り返ると、部下の佐々ささきがヒールの靴音高く、つかつかと歩み寄ってくるところだった。


「さきほど、女の子の身元が判明しました」


手に広げた手帳をぱらぱらとめくる。


菊池きくち絵美、16歳。隣町の高校に通う、1年生です。父親と話しましたが、自殺するなんてあり得ない、と。まあ、確かにあんな死に方、おかしいですね」

「まあな」


伊勢崎はうなずいて、監視カメラ映像に向き直った。


「うちの娘と同い年か。つらいな」


自分で首を絞めて沈んでいく絵美という女の子を想像したら、ふと娘の顔が重なって見えた。

こんな若さで先立たれたら、父親としてはやるせない。


「伊勢崎さん。それが…言いにくいのですが」


佐々木が伊勢崎の背中に近づいて、小声になる。


「なんだ?」

「実は、歳だけではありません。学校、同じみたいで」

「…なんのことだ?」


伊勢崎が再び振り返る。


「娘さんのことです。結花ちゃんと、この絵美という子、同じ学校です」

「なんだって?」


伊勢崎が立ち上がった拍子に椅子が倒れて、ガタンと大きな音を立てた。


「確かか?」

「はい。学校が夏期休暇だったので、さきほど担任教諭に確認しました。そうしたら、部活も同じみたいで。…結花ちゃん、陸上部でしたよね」

「そうだ。…おいおい。じゃあ、友だちだったのか…?」

「おそらく」

「むう」


伊勢崎は低くうなった。


「それから…さっき入ってきた情報ですが…」

「…なんだ」

「これまた同級生の浅沼あさぬま奈央という子が、今日、パーキングエリアのトイレで同じように亡くなっているそうです」

「同じように?」

「はい。自分で自分の首を絞めて…」

「…うそだろ」

「残念ながら本当です。目撃者が多数います。今回と同じように」


衆人環視しゅうじんかんしのもとでの突然の自殺…。死に方も同じ。


「しかも」と佐々木が続ける。

「まだあるのか?」

「25日の未明なんですが、彼女たちのひとつ上の男子高校生も、同じ死に方をしています」


そう言うと、佐々木はじっと伊勢崎を見た。


「…まさか」


伊勢崎が佐々木にぐいっと近づく。


「その男子高校生も陸上部だって言うんじゃないだろうな」

「その、まさかです」


佐々木が手帳をパタンと閉じる。


「ということは、なにか? 娘の近しい友人たちが、3人も同じ死に方をしているってことか? この数日のうちに」

「そういうことになります」

「ううむ」


伊勢崎は頭を抱えた。

意外なことが立て続けに判明し、頭がくらくらした。


「伊勢崎さん。余計なことかもしれませんが…結花ちゃんに連絡してみたらいかがでしょう。無事かどうかだけでも確かめたら…」


佐々木の言葉に、伊勢崎はぎょっとした。

よからぬ想像がこみ上げてくるのを、抑えることが出来なかった。

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