第三話 君達を愛している
戦闘開始から4時間。
【憎】の数は、一向に減る様子を見せなかった。
前線で戦うクルエル達はもちろん、後援の部隊も大きく疲弊していた。
一方、司令塔本部では何やらざわつきを見せていた。
「総督。私の間違いかもしれないのですが…」
「構わない。言ってみろ。」
「【憎】の数が、増えています。」
「どういうことだ。」
「我々が高性能測定カメラで上空から奴らの数を測定しているのはご存知だと思います。その数値が先にお伝えしたように増加しているのです。」
「加えてこちらの映像をご覧ください。」
「これは…」
「なんということだ。【憎】が分裂している。」
初撃の【友愛】によって与えた損害も、4時間クルエル達が与えた損害も、すべてを無に帰す程に【憎】は増殖していたのだ。
総督は、この事実を早急に前線へと報告しようとした。
だが、なんと伝えたら良いだろうか。
必死に戦っている【憎】が、減るどころか増えていることを知った時、彼らはどう思うだろうか。
絶望するだろうか。
無論、伝えないという選択肢も無い。
総督は悩んでいた。
そこに、頭を抱える総督をさらに圧倒する一報が入る。
「後方支援部隊より本部へ。」
「こちら物資の不足により、戦闘の続行が困難な状況です。」
「何か策を!」
世界の各地が【憎】に支配されたことで、人類は物資の調達を思うように進められない状況だった。
今回の作戦には、【希望の砦】にある物資の9割が充てられていたが、それも十分な量とは言えなかった。
そして遂にその物資が底をつき、後方支援の続行が難しくなってしまったのだ。
(どうしろってんだ!)
(こちらの物資はほぼゼロ。後10分も保たないだろう。それに対して敵は増えるばかり。)
(後方支援を止めさせ、前線へ回すべきか。だが、彼らは近接戦に慣れていない。前線へ出た途端に喰われるのは目に見えているか。だが―――)
「総、督――」
前線で戦っていたクルエルが口を開いた。呼吸は乱れ、小さく掠れた声だったが、総督は聞き逃さなかった。
「どうしたクルエル。こちらは今少々まずい状況でな。手短に頼みたい。」
「報告が二点。敵勢力の増加と後方支援の停止です。」
総督は度重なる事実に冷静さを失っていた。
前線で戦っている彼らのほうが、余程戦場の変化に気付きやすい。
伝える事を悩む必要など、端から無かったのだ。
(私としたことが。)
(彼らの方が良く把握しているに決まっているじゃないか。)
「それら二点とも事実だ。」
「【憎】共は分裂し増殖、後方支援は物資の不足により続行困難。」
「今からそちらに後方に居た人間を―――」
「その必要は、ありません。」
「僕ら7人以外、は全員撤退させて、下さい。」
「何を言っているんだ!それでは君達が――」
「彼らの多くには、彼らの帰りを待つ、愛する人達がいます。」
「この作戦が失敗した時、人類は終わりです。」
「その、最期の一時を、彼らには愛する人と迎えて欲しいんです。」
「僕達はそれを叶えられなかっ、た、辛さや悔しさを知っている。」
「総督。どうかお願いします。」
その言葉から伝わる覚悟や悲しさ。それは総督を奮い立たせた。気づくと、総督の目からは涙が一滴。頬を伝って床へと落ちた。
「君達の覚悟、しっかりと届いた。」
「―――皆聞け!」
「これより【愛】を持つ者達以外の者達に撤退命令を出す!」
「だが、勝利への心、希望、信頼は戦場に残して行け!」
「彼ら7人に、人類のすべてを賭けろ!」
数十分後、全ての兵の撤退が完了した。
一度前線を下げ、クルエル達が息を整える時間をつくる。
そしていよいよ、7人VS7000万体の殲滅戦が幕を開けようとしていた。
「総督、あなたも撤退して下さい。」
「断る。」
「私は君達と最期を迎えることにした。」
「何故なら私は君達を愛しているからだ!」
「うぉぇ、きっしょ!」
「おいおい萠、それは流石に酷いぞ。」
「きしょいけど笑」
「ちょ、ちょっと二人共やめなよ…フフッ」
「萠、衂、ユリ、やめないか。」
「総督殿は我々を愛してくれているのだぞ?」
「あぁ、しかし総督殿の言う〝愛している〟はどんな愛なのだ?」
「敬愛?親愛?さすがに純愛ということはなかろう」
「ビターさん、そこら辺にしておいてあげて下さい。」
「顔は見えませんが、おそらく――」
「真っ赤だろうね」
「―――許してくれ。」
「よっしゃ!総督様のご尊顔も見れたところで、あたしから一喝。」
「てめぇら!やるだけやって、一緒に死のうぜ!!」
「おう!」