第二話 【純愛】
【友愛】射程距離まで残り500m。
既に民間人は全員シェルターに入り、表に出ているのは7人を始めとした戦闘員1934人と衛生兵125人、そして司令室に30人の、計2089人のみである。
対して敵数およそ7000万。
絶対的な差がそこには存在していた。
「諸君!
この戦いは間違いなく、今後の歴史の一部となるだろう!
だがそれも、この戦いに勝たねば叶わぬ夢!
だから必ず――必ず―――」
無線から流れる総督の言葉が詰まった。
当然だ。
彼らはこれから死にに行くようなものなのだから、そう易易と勝利を夢見ることは出来なかったのだ。
だが7人、ひたすらに夢見る者達が居た。
「勝ちましょう!」
若くて明るくて勢のあるその声は、絶望する人々に希望を与えるものだった。
その声の主の名は、クルエル・シャルル。
クルエルを筆頭に、他の者達も活気が溢れ出す。
「やはり、君達に希望を託して正解だった。
ありがとう。
そして、我々人類に勝利を与えてくれ!
そうだな、最後に我々2089名の呼び名を決めておこう。
歴史に残すからには名がなくてはならないからな。
――よし!我々の名は――」
その名を噛み締め、皆胸に希望を宿した。
「戦闘開始ー!!」
総督の合図とともにビターが【深愛】を発動させる。
そして透かさずジュノンが【友愛】を発動。
大砲を1門2門と順に放っていく。
鳴り響く轟音、光り輝く爆炎、燃え滾る爆風が【憎】を塵と化していく。
その光景は全く、世界の終わりそのものだった。
【深愛】残り時間、43秒。
ジュノンは最後の一巡に周った。
そして最後の1門を放ち終わると同時に、【深愛】の効果が解かれた。
「目標の再起を確認!
今の一連の攻撃での敵の損耗率…1割弱です。
いかが致しましょう、総督。」
「――問題無い、想定内だ。
これより第2フェーズへ移行する!
総員配置につけー!!」
TVMによって示された配置に到着し、眼の前に広がる光景にクルエルは再び死を悟った。
愛する人を失った、あの日以来の感覚。
「エリカ…」
―――あの日、クルエルは婚約者であったエリカと結婚式場の下見に来ていた。
白く輝く美しい外壁。
中に入ると、ステンドグラスに輝らされて、壇上が虹霓色に染まっていた。
天井には盛大に装飾されたシャンデリアが吊るされ、床は一面大理石で造られていた。
「ねぇ覚えてる?
私達が初めて出逢ったあの教会のこと。」
「忘れるわけないさ。
あそこで僕は泣きながら雨に打たれる君に傘をさしたん
だ。」
「そうそう!
ここを見てたらあの時のこと想い返しちゃった。
お母さんが病気になってから、私、独りになるかもしれないって不安で押し潰されそうだった。
そんな時、クルエル、あなたは私を救ってくれた。
あなたのおかげで私は今、すごく幸せ。」
「僕の方こそ、君に出会えてよかった。
よし、ここで式を挙げようか。」
その時だった。
空の一点が赤く光り、次の瞬間、式場近辺の一切が消し飛んだ。
その衝撃が式場を襲う。
白く輝いていた外壁はその殆どが吹き飛び、ステンドグラスとシャンデリアは跡形もなくひび割れた床に散らばった。
クルエルは衝撃で壁に打ち付けられ、気を失った。
―――しばらく経ち、クルエルは目を覚ました。
額を流れていた血は殆ど乾いてしまっていた。
辺りを見渡し彼女を探す。
すると、瓦礫の隙間に人の手があるのが見えた。
フラつきながらも急いで側に近寄ると、床にひかれた白いカーペットが真紅に染まっていた。
クルエルは慌てて瓦礫をどかす。
だが、そこに居たのは式場の案内人の女性だった。
「ひどい、いったい外で何が起こったんだ。」
「エリカ!どこだ!返事をしてくれ!」
「助…て。…エル。」
近くで微かに彼女の声が聞こえた。
クルエルは必死に瓦礫をかき分け、弱々しく助けを求める彼女を発見した。
彼女の半身は瓦礫に潰され、とても歩けるような状態ではなかった。
クルエルは瓦礫をどかすと、彼女を背負い式場を出た。
「なんだ、これ」
彼らの目の前には、何もなかった。
家も木々も大地も、何もかもが消えていた。
ただ、どこまで続いているかわからない大きな深い穴があるだけだった。
―――クルエルは直ぐ側に彼女を下ろした。
彼女はとても衰弱していたがなんとか意識は保っていた。
自分の着ていた上着を破り、彼女の足を止血する。
これで一旦は大丈夫だろう。
とは言え、すぐにでもどこか治療のできる場所へ連れて行かなければならないが、近くには病院どころか踏みだせる大地すらない。
彼らは救助が来るのを待つしかなかった。
するとどこからか「キィーン」という機械音のようなものが聞こてきた。
どこか不気味さを感じるその音は、どうやらあの大穴から聞こえてくる。
そして、終にその音の正体が現れた。
「あれは、なんだ――」
一切の光を許さないほどの黒一色のその身体は、形こそ人間に似ているが、関節や骨格、目や耳、鼻など、あるべきものが殆ど無かった。
あるのは口だけ。
それも本来耳のある位置まで裂け、歯は鮫のように鋭く、舌は尋常でない程長い。
どうやらあの機械音のような音は、あの生物の啼き声らしい。
あの生物について不明な点ばかりだが、この星の生物で無いことは明らかだった。
そう、これが後に【憎】と呼ばれる生物である。
だが現在の【憎】の姿とは違い、背中には翼が生え、そしてなによりデカイ。
通常の3、4倍はあるだろう。
その姿を見た瞬間、クルエルは死を悟った。
身体が震え、息をすることさえ忘れていた。
それが彼女に伝わったのか、クルエルを心配する。
「大丈夫?ねぇ、どうしたの?なんで震えてるの?
視界がぼやけてて何が起こってるかわからないの………」
――バチンッ!
クルエルの頬が徐々に赤くなる。
震えが収まり、呼吸を始める。
そしてそっと、彼女の方に目を向けた。
「やっとこっち見てくれた。
クルエルったら、ずっと遠くの方見てるんだもん。
こんなに近くに私がいるのに。」
「ごめん。一瞬でも君を忘れたことを許してくれ。」
「別にいいの。あなたが困ってる時は私が助ける。
だから私が困ってたらあなたが助けてね。
それで、何をそんなに見ていたの?」
「あぁ、それがあの大穴から変な奴が―――」
もう一度大穴に目をやると【憎】の姿が消えていた。
だがまだあの機械音は聞こえる。
どこだ。
どこから啼いている―――――
気が付いたのは既に背後を盗られた後だった。
眼の前に広がる闇と白い刃。
彼らの死は確定した。
しかしクルエルは抗う。
座り込む彼女を撥ね退けようとした。
だが、その腕を彼女に掴まれ、クルエルは逆に放り投げられた。
そして振り返った時に見たのは、彼女の安心した顔と、彼女のバラのように鮮やかに彩られた赤い赤い“血”だった。