9.依頼人
聖女様は現在、山賊退治からの帰還中であります。
ティアリスは少年を担ぐと『小さなアヒル亭』へと戻ってきた。
驚いたのは女将さんである、淑女然とした女性が少年を担いで戻ってきたのだ。二重の驚きだっただろう。
「あんた力持ちだねぇ、ってそうじゃない、その子、怪我をしてるじゃないか!」
「そうなんですよねぇ、申し訳ありませんがぁ部屋を用意してもらえますかぁ?」
「ああ、ああ分かったから、その子をすぐに部屋に運んでやりな」
「ありがとうございまーす」
ティアリスは急ぐふうでもなく、のんびりと昼寝をしに行くような足取りで案内された部屋へと向かった。
部屋に入ると少年をベッドへ横たわらせた。
「いま、お医者さんを呼んでくるから」
「あぁ、それは必要ないですよぉ?」
「はぁ? お嬢ちゃん、魔法でも使えるっていうのかい? でも、でもだよ? あたしにゃぁ、悪いけど、そんな大金を払えるだけの蓄えなんて――」
言い終わらないうちに、ティアリスは祈りを捧げ始める。
いくつもの光の粒子が少年の周りをクルクルと回るその様は、まるで童話の世界のような光景だった。
女将さんはあんぐりと口を開け、目の前の奇跡を目撃する。
すると苦しそうな顔をした少年が、どこか安堵した表情になり、体中にあった傷跡が奇麗に完治していった。
「へぇ、すごいもんだねぇ。これは神聖魔法っていうものなのかい?」
「違いますよぉ? これは、精霊様にお願いしただけですよぉ」
「大したもんだ。けどさっきも言ったけど、こういう奇跡ってのは結構なお金がかかるもんだろ?」
「いえいえ、お代は必要ありませんよぉ。お金は天下の回り物ですからぁ、そのうちひょっこりと私のところにやってくると思いますのでぇ」
「そうなのかい?」
「はい」
ティアリスはニッコリとほほ笑む。
「でもタダっていうのもなんか気が引けるしねぇ」
「じゃあ、しばらくこの子を預かっててもらえますかぁ?」
「この子をかい?」
ティアリスはコクリと頷く。女将さんは少々困った顔をした。
「けどこの子はおそらく、奴隷だろ? 手の甲を見てみな、焼き印がしてあるだろう。おそらくこの先にある大きな農園があるんだが、そこの奴隷だろうさ。あそこはあんまりいい噂を聞かないんだよねぇ」
なるほど、言われてみれば確かに手の甲に焼き印が押してある。精霊でもこの焼き印を消すことはできないとなると、少年の心に刻み込まれた痛みが、過去が、恨みが、願いが、この焼き印に縛られているのかもしれない。
「まったく面倒なことになったものですよ」
誰に言うともなく、ティアリスは独り言ちた。
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