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聖女の功罪  作者: 乙3
山賊編
6/24

6.すべては闇の沼の中へ

すんません、もう一話付け足します。

 ルドアは眠れずにいた。

 何故かわからないが、どうにも不安が付きまとい眠ることができない。

 仕方なく棚から酒瓶を取り出して酒を煽る。


 ――酒が不味い。


 アジトの連中は今頃どうしてるだろうか。雨はすでにやみ、夜の深みも峠を過ぎた。だが連中のことだ、いまだにどんちゃん騒ぎをしているだろうか。


 まぁたまに羽目を外すのも悪くはない。多少であれば巾着の金をネコババしても多めに見てやろう。しかしあのティアリスという女に手を出すのは許さない。最終的には売り払うことになるだろうが、最初の味見はルドアが行うのが決まりだ。


 まぁそんなバカな真似をすればどうなるか、連中は身をもって知っているから大丈夫だろう。


 あまり眠れはしないが、それでも少しくらいは眠っておかないと明日に響く。色々とやらねばならないことも多い。

 

 ルドアは椅子から立ち上がり、のそりと寝室へと向かう。


――コンコン


 ドアの扉を叩く音が聞こえた。

 こんな時間にだれが?


――コンコン


 さらにもう一度。

 手下のひとりが何かバカをやらかしたか。それでギドの野郎が報告にでも来たのだろうか。

 しかしそれであれば、もっと騒々しく騒ぎ立ててくるはずだ。連中に穏やかに扉を叩くなんて、そんな礼儀なんてものを理解しているとは思えない。


 ゆえにルドアは扉の向こうから、なにか不信感のようなものを感じた。

 手近にある丸太を手に取り、扉の取手に手をかけると用心深く扉を開けた。


「なっ――!!」

 

 ルドアは絶句する。なぜこの女がここにいるのかと。

 夜の帳が落ちた闇の中、扉を開けたそこに立っていたのはティアリスだった。

 

 ティアリスはきょとんとした顔でルドアを見つめていた。


「あのう――」


「あ、あんた、なんで……」


 言いかけてルドアは口を紡ぐ。


「いえねぇ、そういえばぁ、お礼を言っていないなぁ、と思いましてぇ」


 ニコニコしているティアリスは昼間と違い、どこか甘ったるく喋る。

 その口調がルドアを苛立たせ動揺を誘う。


 それにどうやってここまで来たのか。どうやって手下の目を掻い潜ったのか。どうやって薬の影響から脱したのか。そして足のケガは?

 

 それに、それにだ、あの時たしかに薬の影響で眠っていたはずだ。

 それがなぜ?


「――お、お礼でやすか?」


 動揺を押し隠す。


「はい。お食事とお風呂。とても助かりましたぁ」


「そ、そいつぁ、よ、よかった」


 ティアリスはきょとんと小首を傾げた。


「そのぉ、手に持っている丸太はどうしたんですかぁ?」


 ルドアの心を見透かさすような瞳、それにドキリとし、丸太を背に隠す。

 華奢な女一人になぜ大汗をかいているのか、ルドアは酷く焦っているのか理解できないでいた。

 まるで何か得体のしれないなにかと対峙しているような、そんな気分だった。


「な、なんでもないでやすよ。ただの用心で――」


「ああ、そうですよねぇ。人攫いさんですもんねぇ」


 パンと手を叩き、場違いなほどに陽気な笑顔になるティアリス。

 この女、どこか異常だ。


「て、てめぇ、なにもんだぁ!!」


「何者と言われましてもぉ。そうですねぇ、今回はぁ、どこか男心をくすぐるようなぁ、そんな美人巡礼者をやってみたんですよ? どうでしたか?」


 目の前の女はキャッキャと嬉しそうに尋ねてくる。

 ルドアは状況が全く分からない。


「でもぉ、本当はですね、これ内緒ですよ? わたし、聖女なんです」


 決定だ。この女は頭がおかしい。

 酔いつぶれた連中の目を盗んで、ここまでやってきたに違いない。


「酔いつぶれた手下さんの目を盗んでやってきたわけじゃないですよぉ? きちんと皆さんを殺してやってきたんですぅ」


 この女、なぜ考えてることが分かったのだ?


 ティアリスは人差し指を唇に押し当て、悪戯っぽく微笑む。

 ルドアの足元に何かが投げられた。


 ゴロンと足元に転がってきたのは、ギドの生首だった。


「――!!」


 咄嗟の悲鳴を回避したのは、悪党としての矜持だろうか。

 それにしてもこの女は、俺たちとは違うベクトルの悪党だ。


「これで分かってもらえましたかねぇ? あぁぁ! そうだぁ! 大変なことを忘れてましたぁ!」


「な、なにをだ?」


 すでに喉はカラカラ、意味不明の状況。

 それでもどうにかしてこの状況を変えねばならない。

 でもどうやって?

 ヒステリックな女は殴ればいい。馬鹿な女は脅せばいい。でも狂気の権化のような女はどうすればいい?

 そんなの知るわけがない。


「いえね、依頼主ですよぉ」


「依頼主?」


 つまりこの女は、誰かに頼まれて俺たちを殺しに来たのだ。ということを理解する。

 であれば、この地を治める領主か、それとも国が動いたか。


「とある女性からですぅ」


「女性?」


「そうですそうです、あなたもよくご存じの女性ですよぉ?」


 殺してきた連中は数多い。それらはこの山の誰も知らない深い谷へと落としてある。生きて這い上がってくることはできない。女は人買いに売り払っている。少し前であれば犯した後に殺している。


 生きている連中でルドアを恨むやつは近くにはいないはず。

 だが女は、ルドアがよく知る女からの依頼だという。

 

 だがルドアには心当たりがない。


 ティアリスは残念そうに、心底残念そうに嘆息した。

 それから右手人差し指を突き出た。それはルドアの顔を捕らえたと思ったら、少し左側へと動いた。


「そこの彼女に依頼されたんですよぉ」


 ――ドクン、ドクンとルドアの心臓が早鐘を鳴らす。ゆっくりと振り向くとそこには。


「ヒッ、ヒィィ!!」


 首から血を流す女の姿があった。

 この女は、そうこの女は、たしか以前に逃げ出そうとたところを誤って首を斬った女がいた、と手下から報告があった。その女だ。

 あの時は手下を半殺しにして憂さを晴らした。その女が化けて出てきたのか。


「か、金ならいくらでも払う。た、助けてくれ!!」


 ルドアは恥も外聞もなく叫んだ。


「お金はもらいますよ。だって、死人には必要ないじゃないですかぁ」


 何を当然のことを言ってるのか、と言わんばかりのティアリスの口調に、ルドアは愕然とする。

 この女は死神だ。このルドアを生かしておく気はサラサラないのだと悟る。


 ルドアはせめて最後の抵抗とばかりに、手に持っていた丸太をティアリス目掛け振りかざす。


 どこからか、地の底から響くような、冷たく恨めしい声が、ルドアの足元から響いてきた。


「か、かえしてくれぇ……」「コロサナイデクレ……」「イタイイタイイタイ」


 振り上げた丸太をそのままに、視線を足元へと転ずる。

 そこにはルドアのズボンの袖を掴む亡者が蠢いていた。


 ルドアは知っている。こいつらはルドアが殺してきた連中だ。

 ルドアは戦慄した。

 

 地の底から湧き出てくる亡者を丸太で振り払う。それでも亡者は次々と湧き出てきて、ルドアを暗闇の沼へと引きずり込もうとする。

 ルドアは必死にもがくが、脚はずぶずぶと沼の深みへとはまっていく。


「た、たすけ……ゆるし……」


 ルドアの助けを求める声は、黒い闇の沼の中へと消え去っていった。




 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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