2.クライモリ
とにかくゆっくりと書き進めていきたいと思います。
暗く深い木々が男の頭上を覆っている。
この山の暗がりは、すべてを覆い隠してくれる。男――ルドアはそのことをよく知っていた。
ルドアはこの山が好きだった。万物の恵みだけでなく、時折訪れる旅人からも恩恵を頂戴することもできるから。
この山は青銅教会の本部とも呼べる都、いわゆる聖都へと続いており、時折巡礼者や僧侶たちの姿をみることがあった。もちろんそれ以外にも商人や冒険者といった連中も通ることがあったが、旨味があるのは巡礼者や僧侶たちといった連中であった。
特にこのあたりの地理に疎い巡礼者や僧侶たちは、ルドアにとって最高の獲物であった。そういった者たちは旅慣れしておらず、自分の体力と時間をうまく計算することもできず、山中で夜になることも多々あった。
そうやって心細い状態で見えてくる、暗闇の中にともる人家の明かりというものは、心細い思いをしている者たちにとってどれだけ嬉しいものだろうか。
ルドアは最初からそういったことをするつもりはなかった。最初はただの偶然だったのだ。偶然訪れた年老いた巡礼者。親切心から山中にある家へ案内し、食事と寝床を提供しただけだった。年老いた巡礼者はどこか具合が悪そうであったが、本人が大丈夫だというので、特に気にすることもなく、自分も横になった。
しかし朝起きてみると、年老いた巡礼者は息をしていなかった。ルドアは焦った。肩をゆすり声をかけるが反応がない。ともすれば自分が殺したのだと疑いがかかるのではないか。
とにかく巡礼者の持ち物を調べ、どこぞの誰かへ連絡を取り、自らの潔白を証明するのが賢明だ。そう考え、巡礼者の持ち物を探ると、自分が今まで生ききたなかで、手にしたことも無いような大金が出てきた。
最初は戸惑った。しかし後から欲望がルドアの心を黒く染め上げていく。
(ここには俺しかいない。俺はこの山を知り尽くしている。山道を外れたところを通るバカなんていやしない。大丈夫、バレやしない)
ルドアはニヤリと笑った。
山で狩りをする以外の獲物の撮り方を、ルドアはこの時初めて知った。
ルドアは慎重だった。
親切心を見せれば阿呆どもは疑いもせずやってくる。これではまだ山の中を徘徊する獣のほうが利口だというものだ。
ルドアは特に自分よりも弱い老人や女性をターゲットにした。
毎回ではないが、猟の閑散期にことに及ぶことが多かった。
町に降りたときは、失踪者の噂話を聴くこともあったが、憲兵や兵士が動いていないところをみると、噂の域を出ていないこともわかった。
派手にやることはできない、しかし、もう少し利益は得たい。
利益を得るためには、自分一人だけではダメだ。手下がいる。
ルドアは町のゴロツキや浮浪者を手下に加えていった。
力には自信があったため、そういった連中を束ねるのに苦労はなかった。
手下のひとりがある日、こんなことを言ってきた。
「ルドアの旦那、女や子供を売ればもっと儲かりますぜ」
なるほど、とルドアは思った。
女子供を売ればたしかに儲かる。それに売り払う前に自分で楽しむのもいいかもしれない。
しかし今までのやり方ではダメだ。行き当たりばったりでは儲けは出ない。情報が欲しい。
ルドアはそこまで考えると、手下の何人かを町へやり、山道を通りそうな旅人を探らせた。
そこで年若い女の巡礼者であれば、人のよさそうな雰囲気を装って近づき、山中にある家のことを教える。もしくは道中で偶然を装い、山中の家へと案内する。
出迎えるのはルドアだった。
ルドアの柔和な顔は、相手の警戒心を解くのに一役買った。女性は慣れない山歩きで精神的に疲れていたというのも手伝って、すぐにでも緊張感を解きたかったのだろう。
そこに温かい食事を振舞う。食事には薬を盛った。
身体的肉体的疲労と安堵感、それから満たされた食欲に眠り薬。すぐに眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
ルドアはあらかじめ手配しておいた手下を呼び寄せる。手下どもは闇の中からヌッとあらわれ、慌てず騒がず家の中へと入っていく。
眠り込んでいる女に猿轡を噛ませ、体はロープで縛り動きを封じる。そして女を担いで山の中にある洞窟へ運び込めば、仕事はほぼほぼ完了だった。
女どもを奴隷商に売るようになってからは、さらに儲けが増えるようになった。
そんな奴隷狩りを始めてしばらく経ったころ、街にいる手下から連絡があった。
「巡礼風の若い女が山道を通るらしい」と。
最後までお読みいただきありがとうございました。