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悠久の少女  作者: 小鈴 莉子
一章 黄昏の始まり
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この世界に、産まれてきてくれて

「それに、今はレナータと遊べるから。だから、俺はそれでいい」


 続けられたアレスの言葉に、咄嗟に息を呑む。


(そうだ……私がZプロジェクトを阻止していたら、アレスは今ここにいなかったんだ……)


 Zプロジェクトが発動したからこそ、アレスはこの世界に産まれてきてくれたのだ。そして、こうしてレナータのところに足繁く通ってくれている。

 だから、レナータが気に病む必要はない。


 アレスにそんな意図はなかったに決まっているが、そう言ってもらえた気がして、救われたような気持ちになる。


「……うん、そうだね。これからも、いっぱい一緒に遊ぼうね」


 レナータはあと、短くて一年、長くて二年ほどしか稼働できない。だから、こんな約束をするのは、もしかすると、ひどく残酷なことなのかもしれない。

 だが、それでもレナータが稼働し続けている限りは、アレスの望み通り、一緒にいたかった。いや、たとえアレスが望まなくても、レナータが一緒にいたい。


「ねえ、アレス」


 すぐ目の前にある琥珀の瞳を、微笑みを浮かべて見つめ返す。


「――この世界に産まれてきてくれて、ありがとう」


 アレスの存在を否定する人間が、これから先、現れるかもしれない。今は恐れられているだけで済んでいるみたいだが、迫害されることだってあるかもしれない。


 しかし、どうか忘れないで欲しい。アレスが産まれてきたことにより、救われたものも存在したのだと。会えてよかったと、感謝したものも存在したのだと。そして、そのことを忘れずに生を全うして欲しい。できれば、幸せにもなって欲しい。


(ああ……あの時のお父さんの気持ちが、やっと分かった気がする……)


 これは、ひどく自分勝手な願いなのかもしれない。でも、そう願わずにはいられなかった。目の前にある、この小さな命が愛しくてたまらない。

 そして、この願いは本来、目の前にいる男の子だけではなく、レナータが全人類に捧げたかったものなのだと、気づかされた。


(私はただ、この世界に生きとし生けるものを愛したかった)


 初めは、亡き父に望まれたから、人類を見守り続けていた。それが、いつの間にか、レナータはこの世界に存在する全ての命を愛していたのだ。

 でも、歴史が流れていくにつれ、人類はレナータの愛を踏み躙るようになっていった。だから、レナータも道具として在ることに徹した。その方が、人類を見守っていく上で、楽だったからだ。そうしていくうちに、いつしかこの想いを忘れていってしまった。


 だが今、アレスがレナータの風化していた気持ちを思い出させてくれた。昔みたいに、全ての人間を愛することは難しそうだが、せめてアレスにだけは惜しみない愛情を注ぎたい。


 レナータが感謝の言葉を告げた刹那、アレスは驚いたように目を丸くした。しばし、茫然とレナータの顔を眺めていたアレスだったが、やがて口を開いた。


「……俺も」


 突然、レナータの視界が何かに遮られたかと思えば、軽い衝撃が身体に走る。


「この世界に産まれてきてくれて、ありがとうって、思っているよ。レナータ」


 アレスがレナータの首に腕を回し、抱きついてきたのだと理解した直後に聞こえてきた言葉に、息が止まるかと思った。


 三千年近く稼働し続けてきたが、こんな言葉をかけてくれたのは、創造主である父を除けば、アレスが初めてだ。


 父が亡くなった日とは全く違う心境なのに、喉に熱いものが込み上げ、目に力を込めていなければ、涙が溢れてきてしまいそうだった。泣きそうになるなんて、それこそ父を失った日以来だ。レナータはあの日から、涙を流すことも忘れてしまっていたのだと、思い知らされた。


「本当に……ありがとう、アレス」


 再び感謝の気持ちを告げた声は、みっともないくらい震えていた。込み上げてくる熱いものを堪えるため、ぎゅっとアレスを抱きしめ返し、きつく目を閉じる。


 ――人間の業によってこの世界に産まれてきた、優しいこの子が、どうか愛によって生かされますように。


 アレスの未来にレナータが存在することは、どうあっても叶わないから、ただ願うことしかできない。

 微かに痛む胸に気づかないふりをして、まだ見ぬ未来に心の底からの願いを託した。

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