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悠久の少女  作者: 小鈴 莉子
七章 罪悪
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悠久の少女

「……ずるいよ、アレス」


 アレスの肩に額を預け、呻くように言葉を零す。


「大人になってから、私から好きって言おうと思っていたのに」


 いつか、レナータが大人になったら、アレスに自分の気持ちを伝えようと、二年前の夏から決めていた。

 それなのに、レナータなりの決意をあっさりと覆した挙句、愛の告白を受けるに相応しい格好もさせてくれないとは、一体どういう了見だ。

 今のレナータは、パジャマのままという起き抜けの姿だ。それだけならばまだしも、先程過呼吸に陥った際に、たくさん泣いてしまったというのに、顔もまだ洗っていないし、歯も磨いていない。もしかしたら、寝癖だってついているかもしれない。こんなひどい有様の年頃の女の子に告白をするなんて、一体どういう神経をしているのか。デリカシーが著しく欠如しているのではないか。


「ずるい。アレスは、ずるい、ずるい」


 まるで駄々っ子みたいに、ずるいという単語をただ繰り返す。

 だが、本当にずるい人だと思う。そんな風に言われたら、もう生きていてもいいのかと、問いかけることすら躊躇ってしまうではないか。それほどまでに、まっすぐに生きて欲しいと望まれたら、嫌とは言えないではないか。罪を重ねることになってしまっても、生き恥を晒すことになってしまっても――生きるしかなくなってしまうではないか。


「私だって、アレスのこと、好きだもの。絶対、負けないんだから」


 何故、毎回毎回、アレスに先手を打たれてしまうのだろう。一瞬、歳の差によるものかと思ったが、レナータが人工知能だった頃から、勝てた試しがない。いつもアレスはレナータの不意を突き、決して離そうとはしてくれない。


 アレスの肩から額を離し、琥珀の瞳を見上げる。

 昔に比べると、アレスは格段に表情が豊かになったのに、何を考えているのか分からない琥珀の眼差しが見つめ返してくる。今こそ、アレスが何を思っているのか知りたいのに、どうしてもっと感情を曝け出してくれないのか。

 悔しさを紛らわせるように、琥珀の瞳を見据えたまま言葉を繋ぐ。


「だから私、生きるよ。まだ、本当に生きていていいのか、自信はないけど……好きな人からのお願いだもの。アレスの願いを叶えたいから、私もアレスとこれからも一緒にいたいから、生きる」


 いつか、この報いを受ける日が来るかもしれない。犠牲の上に成り立っているレナータの存在を許さないと言われたら、何も言い返せない。

 しかし、アレスが望む限りは、これまで通り、精一杯生きていこう。傲慢だって分かっているが、一生消えない罪悪感と戦い、葛藤を抱えつつも、限りあるこの生を全うすることで、レナータが犯した罪を償おう。


「それと、アレス……ありがとう。好きだって、言ってくれて。生きていて欲しいって、望んでくれて。……本当に、ありがとう」


 アレスの想いに報いたいという気持ちを込めて、ふわりと微笑む。この程度では、到底アレスの想いに応えられないと、重々承知しているが、せめて今はこれ以上涙だけは見せたくない。

 アレスが軽く目を見張ったかと思えば、いつもは険しいその目元が和らいだ。一際強く抱き寄せられ、今度はアレスがレナータの肩に顔を埋めてきた。


「――アレス、好きだよ。大好き」


 アレスのぬくもりが肩に触れた刹那、気づけば、心からの言葉が唇から零れ落ちてきた。胸の奥底から溢れ出してくる愛しさを噛み締めながら、アレスの背に手を回してぎゅっと抱きしめ返す。


 ――あの日、少年と必要とされなくなった名ばかりの女神が邂逅を果たしたのは、運命だったのだろうか。

 そうだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。

 ただ、少なくとも、アレスと出会えたことは奇跡だと、レナータは思っている。

 人類の欲望と思惑に翻弄されるまま、レナータが存在し続けたことにより、アレスと巡り会えたのだ。その点に関しては、レナータを散々利用し尽くしてきた人類に、感謝さえしている。


「――ああ、俺もだ」


 三千年もの間、存在し続けたものの、レナータが成し遂げられたと自信を持って言えることは、それほどない。間違いなく、レナータは出来損ないの女神だ。何故、それでも尚、存在し続けなければならないのかと、疑問に思った瞬間は、数えきれないほど訪れた。

 でも、こうしてアレスと出会い、抱きしめられ、愛の言葉を受け取った今、気が遠くなるほどの時を歩んできた意味を、ようやく見出せた気がした。この瞬間のために、長い長い時を彷徨ってきたのだとすれば、全てを受け入れられる気がする。

 これ以上、もうアレスの前で泣きたくないと思っていたのに、そっと目を閉じた直後、想いと共に熱い涙が押し出された。

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