【43:キスしたい<最終話>】
***
日曜日。美玖の家を訪れて、玄関のインターホンを押した。
ガチャリとドアを開けて出てきたのは愛洲さん。
「あ、こんにちは」
「いらっしゃい御堂君。まあ上がって」
愛洲さんはクールで美形な顔でニヤリと笑った。
嫌な予感しかしない。
リビングに通されたけど美玖はいない。
「美玖は今買い物に行かせてるからいないんだ。もう少ししたら帰ってくる」
「また……買い物ですか?」
三度同じシチュエーション。
愛洲さんの悪意を感じるのは気のせいか?
「まあ座りなよ」
愛洲さんが手で促すとおり、リビングのソファに腰掛けた。
するとなぜか愛洲さんも俺のすぐ隣に腰を下ろす。
しかも肩同士が触れ合うくらい近い。
クールビューティーな愛洲さんの顔がすぐ目の前に来てドキッとする。
「ねえ御堂君。どう? 美玖なんかよりあたしに乗り換えない? オトナの女の方が気持ちいいこと、いっぱいできるよ」
鼻にかかった甘い声。
「美玖とは卒業するまでエッチを認めないけど、私なら今すぐできるよ?」
なに言ってんだ、この人?
「いや、結構です」
「なんで断るのよ?」
「こんなの完全なトラップでしょ」
「でももしかしたら、私が本気でキミを好きになっちゃって、美玖から寝取ろうとしてるのかもよ……うふふ」
いや、罠以外考えられないから。
「でも結構です。俺は美玖が好きだから」
「なるほど。さすがだ御堂君。私の誘惑にも負けないなんて」
いや、あからさますぎて、引っかかるヤツはいないっしょ?
「それと愛洲さん。一つお願いがあります」
「なに? やっぱり私とエッチしたいとか?」
「違いますって! そうじゃなくて盗聴はもうやめてください。最近は美玖が白百合の髪飾りを付けてないから盗聴できてないでしょうけど、新たな盗聴器を仕込むのは勘弁です」
「あれ高かったんだよねぇ……いやや、そんなことはしてないからっ!」
なんともわかりやすいリアクション。
バレバレですけど?
でも、この人も案外いい人だな。
そんなやり取りをしていたら、美玖が帰ってきた。
「お待たせしてすみません。たまたま姉から買い物を頼まれたものですから」
たまたまじゃないと思うぞ。
でもお姉さんになんの疑いも持たないのは、美玖の純粋で素直でいいとこだよな。可愛い。
「美玖。私の御堂君への挨拶はもう終わったから、自分の部屋でゆっくりしておいで」
なるほど。愛洲さんにとっては、さっきのが挨拶だったんだな。どんな挨拶だよ。
「はい。じゃあ行きましょうか翔也君」
ニヤニヤする愛洲さんに見送られながら、俺たちは二階にある美玖の部屋に行った。
この人、絶対に覗くつもりだな。恥ずかしいからやめてほしい。
美玖の部屋で二人きり。
「座ってお話しましょうか」
美玖はいつものようにテーブル越しではなく、なぜか座布団を二つ並べて置いた。
そしてその一つにちょこんと座り、乞うような目で見上げる。
俺は何も言わずに、美玖の横に並んで座った。
だってできるだけ美玖の近くにいたいんだもん。
いいよな?
いいという答えしか認めません。
俺が腰を下ろすなり、美玖は横を向いて笑顔を向けてきた。
「あ、そうだ翔也君聞いてください。投稿してる小説が、とうとうランキング1位になりました!」
「おおーっ、そうか! すごいな。おめでとう!」
「ありがとうございます」
「あのエッチな小説だな」
「そんな言い方しないでください。まるで私がエッチみたいじゃないですか」
まるで美玖がエッチじゃないみたいに言うなよ。
「実は恋愛ジャンルで純愛物語を書いたのです。それで一位になったのです。えへん」
「そうなのか? すごいな! よくがんばったな」
「はい。撫で撫でしてください」
美玖が頭を俺に向ける。
ちょっと照れるけど、手を伸ばして優しく頭を撫で撫でした。
「きゅふん。ありがとうございます」
幸せそうな顔をしてる。
可愛い。キュンとした。
「じれじれ甘々な恋愛小説なんです。こんなのを書けるようになったのは翔也君のおかげです」
「いや、美玖の努力の賜物だよ。でも……ちょっとでも俺が役に立ったんなら嬉しいな」
「それはもう、めちゃくちゃ役に立ってます」
うん、やっぱり美玖は可愛いこと言う。
そして見た目も仕草も今日も可愛い。
そんな可愛い彼女と、それからしばらく取り止めのない会話をした。
こうやって二人きりで、彼女の部屋で話をする。
ただそれだけで、とても幸せな感覚に包まれる。
──これが恋愛ってやつか。本物の恋人ってやつか。
うん、いいもんだな。
美玖も同じ想いなのか、とても幸せそうな顔をして話をしている。
やがて話題が尽きて、しばらく無言の時が過ぎた。
横に座る美玖を横目でチラと見る。
美玖も横目で俺を見てた。
二人の視線が絡み、なんとも言えない甘く痺れるような感覚が身体を包む。
美玖は身体を傾けて、肩を俺の肩にくっつけた。
ドキリとする。
そして美玖は頭を俺の肩に乗せた。
肩にかかる心地よい重みと温かさ。
ふわりと漂う甘い香り。
美玖が愛おしくて仕方ない。
俺もこてんと頭を美玖の方に倒した。
頬に美玖の頭の温度が伝わり温かい。
美玖の甘い香りが鼻腔を満たす。
この上なく幸せな気分に包まれた。
「あのね翔也君」
「ん?」
「昔、お洒落な港に観光に行ったのですよ。そしたらたくさんのカップルが、こうして肩寄せあって仲良さそうに座っていたのです」
「うん」
「正直、お前ら爆ぜろ! ……って、その時は思いました」
「おいおい」
「でも、今はわかります。こうして身体を傾け合ってくっつくって……とてもとても幸せです」
「あ、うん。そうだね」
肩に感じる美玖の肩の重み。
頬に感じる美玖の顔の体温。
お互いがお互いに寄りかかり、甘い空気に包まれる。
確かにとてもとても幸せだ。
ふと顔を上げて美玖を見る。
美玖も俺の動きで顔を上げてこちらを見た。
とろけた美玖の顔。
火照った頬。
甘い香り。
美玖の身体中から淫靡な空気が立ち昇っている。
鼓動がドクンと跳ねた。
美玖はそっと目を閉じた。
桃色の艶々した唇に目が吸い寄せられる。
キスしたい。
キスしたい。
美玖は少し唇を突き出して、俺を受け入れようとしている。
キスしたい。
キスしたい。
でもダメだ。
キスはダメなんだよ。
じれじれした感覚が心を締めつける。
そこでふと視線を上げた。
部屋のドアが少し開いている。
そしてその向こうには……ヤバっ、愛洲さんが覗いてるっ!
──ん?
愛洲さんの様子がおかしい。
睨まれるのかと思ったのに、なぜか両手でサムズアップして、親指を俺に向けている。
なんかコレ、『GOサイン』みたいに見えるんですけど?
なんで?
愛洲さん、『3ヶ月はキスをするな』って言ってたよな?
──あ、もしや。
そう言えば初めて愛洲さんに会った日から、今日で丸3か月が過ぎた。
そう気づいて愛洲さんを見たら、うんうんうなづいている。
ど……どうしよう?
キスのGOサインは出たけど、愛洲さんが覗いたままだよ!
ちょっと恥ずかしいけど、このチャンスを逃したくない。
俺は意を決して、美玖の可愛い唇に自分の唇をそっと合わせた。柑橘系の味がする。
唇から全身に甘く痺れた感覚が広がる。
とても気持ちいい。
「あ……」
美玖の唇が少し開いて、甘い吐息が漏れた。
彼女は惚けた顔になってる。
美玖もきっと気持ちがいいのだろう。
「翔也君……私、とても幸せです」
「うん、俺も幸せだ」
「このままもっと先まで……」
美玖はとろけきった表情で、甘えた口調でそう囁いた。
「いや。一歩づつ進んで行こうよ。今はここまで」
俺が優しくそう言うと、美玖は微笑んでコクリとうなすいた。
「私、翔也君にとても大切にされてるって実感します。ありがとうございます」
「うん」
もちろん美玖がとても大切だよ。
それに──今はお姉さんが覗いてるしね。
俺は心の中で呟いて、愛洲さんにウインクした。
愛洲さんは満足げに微笑むと、静かにドアを閉めた。
= 完 =




