2-4 おやすみなさいませ。また明日
不機嫌な沈黙の時間は、あっけなく崩れ去った。
家に帰るなり、ハジメはそそくさと洗面所へ向かい、どういうわけかあのパジャマを着て現れたのだ。しかもご丁寧にフードまで被っているものだから、頭の上にはぴょこぴょこと丸い耳が立っている。
クマを着たハジメの姿は、可愛いというよりも滑稽さが滲み出ていた。
まったく、イケメンが台無しだ。
腹を立てていたはずの俺も、これには笑わずにいられなかった。
「お、おいっ、お前……さすがにそれを着るには早すぎるだろ!?」
「ですが、執事服にシワがついてしまいましたので、早めに手入れをしたく思いまして」
「ああ、そういうことね」
たしかにゆうべは執事服のまま布団の中に寝かせたから、シワがついてしまっただろう。そのまま外を歩かせて悪いことをした。次は普段着も買ってやらなくては。
◇ ◇ ◇ ◇
そして、クマはもちろん夜にも大活躍した。
「ハジメ。仕事を頼む」
「はい。なんなりとお申し付けください」
「添い寝してくれ」
布団をめくって指で差すと、ハジメは待っていましたとばかりに顔を輝かせた。
「かしこまりました、ご主人様」
昨晩とおなじように、二人並んで布団にもぐる。
ハジメに体をくっつけると、柔らかなフリース地が肌に触れた。もこもこふわふわして、温かくて心地良い。
「これ手触りいいな」
てのひらで撫でつけると、ハジメは満足そうに笑った。
「そうでしょう」
ああ、なるほど。だからコレを選んだのか。
そのふわふわに身を沈めながら、俺はふと思いついて頼む。
「そうだ、明日からは30分早く起こしてくれ」
「お仕事がお忙しいのですか?」
「いや、今までが寝過ぎだったんだ。もう夜更かしもやめたし、ちょうどいいだろ」
「かしこまりました。それでは明日以降は今までより30分早く起こさせていただきますね」
「おう、頼むぜ」
腕を軽く叩けば、ハジメはとろけるような顔で微笑んだ。
「……嬉しいです。ご主人様と過ごせる時間が長くなりますね」
「へ」
これには驚いた。
まさかハジメがこんなことを言うとは。
てっきり俺といる時間なんて苦痛でしかないと思っていたのだが。
「また明日からしっかり起こさせていただきますので、よろしくお願いします。ご主人様」
「ふん。俺のほうがお前より早起きしてやるぜ」
「それは楽しみですね」
そんなささやかなやり取りをしながら、ふと考える。
……そうか。
アンドロイドの感情というものは、すべてプログラムによって作られている。そしてそのプログラムというものは、こちらが与えた情報や条件に対して反応をする仕組みだ。
今までこいつが小言ばかり口にしていたのは、俺がだらしなかったからか。
俺がきちんとした態度で接してやれば、相手もそれなりに返してくれる。
もちろん、罵倒をすればそれなりのものしか返ってこない。ただそれだけのことだったのか。
今までのハジメは、すべて俺の性格やだらしなさを映した鏡のようなものだったわけだ。
そう気付くと同時に、ハジメの手が背中に触れる。
「そろそろお眠りください。ご主人様」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいませ。また明日」
温かさが伝わってくる。安心して、眠くなる。
眠りに落ちる寸前、しばらくはエアコンがなくても大丈夫そうだな、とそんなことを思った。