いばら姫の昼下がり
ニャオン
ニャア
ウニャッ
ミャー
フシャー
ナオン
ナアーゴ
七つの猫の眼が縦に光宿しそれぞれの色で煌めく。剣呑な鳴き声が上がる昼下がりの書庫。
「もう!お待ち下さい!虫様!」
パタパタと音立て、スススと逃げる本の虫を、空色のドレスの裾を絡げ追いかけるローゼリア。
『始めるよ』
雄叫びが上がった!魔女のボールゲームが始まる。
『ノーム・オーム・ウオール!いでよ!ボール!』
赤毛が唱えると、ポン!と宙に浮かぶは、磨かれつやつやと光る純白の髑髏。
「ええ!し、しゃれこうべですの?」
それを目にしたローゼリアは当たり前だが心底驚き、そちらに気を取られた。
ニャァァァ!橙色がジャンプし、浮き上がるボールにバチン!強烈な猫パンチを喰らわす!クルクルクルクル!回転し床に落ち、ゴロゴロガロガロ、不規則な動きで転がるボール!
赤、黄色い、緑、青い、藍、紫が塊となり、ドトドド!走る走る!橙がシュタッと華麗に着地を決めると後を追う!
フシャァァ!猫団子から、五番目がひとつ頭抜け、弧を描いて飛び上がり、前足を振り上げ反り上がると、勢いをつけ降りざまに右フックを決める!
ガコン!ガララララ!高速回転でボールが転がる転がる!ソレを追いかける猫団子!
「きゃっ!危のうございましてよ!ああ!わたくしの虫様!潰されてしまいますわ!」
ドトドド!ローゼリアの裾をふわりと揺らす猫風!七色の毛がフアフアと舞う。縦横無尽にボールを追う猫団子!床の上でオロオロとするローゼリアの本の虫。
「避けて下さいまし!虫様!」
ミャァァァ!四番目が止まったところに、シュタッ!伸びをし前足を揃えて伸ばし捕まえようとする。カッ!跳ね上がるボール!コン!落ちる。コココン、跳び進む先にぷるるんっ震える、琥珀色の本の虫の姿がローゼリアの目に飛び込んて来た。
……、潰されたら可哀想ですわ!
慌てて駆け寄るローゼリア、足元をシュン!と追いかける猫団子の一団!踏みそうになりたたらを踏む。バランスが崩れる。きゃあと声が上がり、手を前について倒れた彼女。
ペチョ。
「は?い?」
嫌な予感がする。カッ!コココン!ドドドド!音が他所で聴こえるかの様なローゼリア。そろりと上げ、手のひらの確認をした彼女。そこには。
丸く張り付く琥珀色の本の虫の姿が……、心なしかプルプルと震えている。
「ああ!む、虫様が!大丈夫ですの?」
その声にウニャ!と反応した七匹の猫。リリン!パチン。姿を変えた彼女達。
「おお!よくやったよ!」
「おお!もう捕まえた!」
「おお!強運ここ迄とは」
「おお!これで読めるよ」
「おお!虫は生きてる!」
「おお!これは目出度い」
「おお!お祝いしよう!」
「そうしよう!ローズや、良かったね」
一番目から七番目が声を揃えた。
「そうですの?これで捕まえた事になるのですの?」
半信半疑な彼女に、魔法書を手渡す七番目。ローゼリアが手にすると、斑剥げの装丁が琥珀色へと変わる。目にしたソレに素直に驚く彼女。
「まあ!凄いのです!」
「これでローズも魔法が学べる。身の内の月の力を呼び出すんだよ。呪文は知っているね、やってご覧」
赤の魔女にそう言われたローゼリアは、彼女達と過ごす様になり、日々聞いている言葉を真似てみる。最初に見た時を思い出す。頁を開き手のひらをかざす。
「ノーム・オーム・ウオール!出て来なさい。わたくしの本の虫」
ウズウズと手のひらがむず痒くなる。真ん中辺りがじわりと熱くなり、そこから絞り出す様に出てくるのがわかるローゼリア。周りでは祝杯を上げる準備に余念が無い。
ポ……、トン。頁に落ちた。それだけで、どぉっと、疲れた彼女、同調しているのか数文字、うねうねと身をよじり書くと姿を消した琥珀色。
「あら、たったこれだけで終わりました」
残念そうな彼女に、最初はそうだよ。と慰める魔女達。さあ!飲もう!宙に浮かぶ酒瓶と、グラスがカチリと陽気な音立て踊る。
――、♪魔女の見習い生まれたよ、乾杯乾杯
コンコン音立て鳴らせや、しゃれこうべ
骨の槌を握りしめ、コンと音立て門潜る
しゃれこうべ、転がれ転がれ、カラカラと
魔女の見習い出来上がり、乾杯乾杯♪
「しゃれこうべ……、そういえばお聞きしたいのです。ボールゲームはどれもこれも、ボールといえば」
本を書棚に戻したあと、彼女は問い掛けた。
「当たり前だよ髑髏!」
「骨の槌とかありますが、まさかクロッケーも?」
「そうだよ!当たり前だよ骨の槌!」
カチリカチリ、グラスを合わせる魔女達を見ていたローゼリア。ほら!ただの葡萄酒だから飲みなと手渡された。
「ああ!目出度いねぇ、少しづつ読めば大丈夫さ」
「そうそう、寝る前に読むのがいいねぇ」
「そうそう、そのまま夢の中へ行くんだよ」
「そうそう、ベッドの中なら独りきり」
「そうそう、恋人居ないローズはね」
「そうそう、なんだか眠くなってきた」
「そうそう、そろそろ昼寝の時間だよ」
「ローズや、我等は今からお昼寝するよ」
七人がグラスを空にすると声を揃える。
「お昼寝?ええ、構いませんが」
そう答えた事を、彼女は直後に深く後悔する事になろうとは、この時は少しも考えていなかった。
「ては!あの窓辺にしようか、ノーム・オーム・ウオール、お昼寝クッション、出てこい!」
居心地が良さそうな丸い大きなフカフカとしたクッションが、陽当りの良い窓際にボワン!と出てきた。
リリン!パチン!猫の姿に戻った彼女達。尻尾をピン!と立てテチテチ、テチテチ。順番に進むと、その上に飛び乗り、クルリと丸くなる。ウトウトと目を閉じ始める七匹。
「まあ!気持ちよさそう。あ!お昼寝って何時、お目が覚めますの?」
ふと気が付いた事を慌てて聞くローゼリア。その問いかけに寝ぼけ声が返す。
『ウニャ……。人間の時間にしたら四、五年かね、ウニャウニャ……』
「ええ!そういえば魔女の一夜は千年。ああ!迂闊でしたわ。駄目でしてよ!ねぇ、お願いしますわ!直ぐに目を覚ましてくださいまし!」
少しばかり遅かった。ニャムニャムと眠る七匹の猫は、既に夢の中の旅へと出立をしている。
……、どうしましょう。そんなに長い間、こんな所でお昼寝をしてましたら、きっと誰かに見つかると思いますの……、日に一度はお掃除係も来ますもの。とりあえずお父様にお願い申し上げて。そしてわたくしは、書物を読み、自分自身で何とかしなくちゃいけないのですわね。
手のひらをじっと見つめるローゼリア。不安に思いつつ、眠る七匹の猫と交互に眺めた後、仕方がないわと諦め、戻した本を取りに書棚ヘ向かった。
――、ネズミ番のお役目を担う猫がこの時から、城の書庫に住まう様になった。彼等は日がある内は眠り、夜な夜な起き出し、書物をネズミが齧らぬ様に命じられた努めを果たしている。と、言われている。