いばら姫は魔女の弟子となる
「ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで、呪われちゃってるし、まさかこんな事になってるなんて、人間って訳わかんない」
テーブルの下でしくしくと泣く紫の髪の魔女。ドレスの裾をまあるく広げしゃがみ込み、途方に暮れるローゼリア。
「私はね、本当に駄目な魔女なの。あの日から姐様達が側に居ないと、魔法が上手く使えなくなっちゃった。おまけに、それって人間に呪われたんだよ!なあんてお国の皆に言われるぐらいに」
胸に溜まっていた鬱々としたモノが溢れる七番目。彼女はあの日以来、魔女の国では姐達が側に居ない時間は、テーブルの下でじっと隠れて過ごしている。この魔女のせいでわたくしは、と思ったローゼリアだが、テーブルの下の彼女を見ていると怒る気は潮が引く様に失せる。
……、似ていますわ。わたくしも書庫にずっと隠れていますもの。わたくしも、好き勝手な思惑ばかりが独り歩きしてて。何を考えておられるのか、さっぱりわかりません。
「でもね、私はね。呪いなんてこれっぽっちもかけてない!月に誓って、そんな事してない!」
信じて!と必死な葡萄色に、柔らかに応える琥珀色。
「そちらのご事情は分かりましたわ。貴方を信じましてよ。ねえ、貴方はなぜに、わたくしの事を呪われてると言うのかしら、教えて下さいませんこと」
「ありがとう!嬉しい!嬉しい。うん、それはね。塔だよ、塔が恨みの気を集めてんだ」
ローゼリアの返事に、パァァァと涙雲が晴れ、眩い青空の様な笑顔が広がる。そして紫の彼女は塔だよ!塔!と、繰り返す。
「塔でございますか?あの、父上がお作りになられている、わたくしが眠る為とかという」
パンは花を飾った食卓にある物。日髪日化粧が当たり前、日に幾度も着替える事もある、王女ローゼリアはそれがどうして、何も知らぬ自分に関わって来るのか分からない。
聞きたい事がむくむくと頭を持ち上げて来る。
これ程、知りたい事が山の様にあるのは初めての事。
ローゼリアはふと思い付くと、もぞもぞとテーブルの下に潜り込む。そうした方がいいと、何かが彼女に知らせて来たからだ。ええ!王女様!こんな所にいけません!と驚く七番目。
「うふふふ、素敵。とっても落ち着くわ。書庫みたい。貴方に聞きたい事が沢山あるの」
「落ち着く。はい!それはもう、テーブルの下はバッチリ!あの、あの。失敗しちゃったの、許してくれます?」
「ええ、貴方のお気持ちは嬉しく思います。怒る気はありません。ありがとう。わたくし、初めてです。お母様やマリー以外と、こうして親しくお話をするのは」
「私も久しぶり。ずっと隠れていたから、はい、私でいいなら何でも、あ!姐様!姐様達もここに来ていい?王女様」
「まあ!他のお方もいらっしゃるの?お会いしたいわ」
ローゼリアのその言葉が終わらぬ内に、テーブルがズズン!グク……!と背が高くなり大きくなる。赤色、橙、黄色い、緑、青、藍の毛を持つ猫が、ピン!と尻尾を立て次々に潜り込んで来た。
パチン!リリン。音が弾けて猫から姿が戻った六人の魔女。
「はあ、よく考えれば外でも良かったんじゃないかね」
一番目がクススと笑う。
「こしょこしょ話にはうってつけだけど」
二番がアハハと笑う。
「これから悪巧みが始まるのかね」
三番目がキシシと笑う。
「かわいい王女様、よろしくね」
四番目がウフフと笑う。
「魔法に興味はおあり?」
五番目がオホホと笑う。
「先ずはアレからだな、大変だよ」
六番目がクククと笑う。
「何を聞きたい?我等の娘、ローズや」
七人が声を揃えてローゼリアに問いかけた。
「沢山あり過ぎて、先ずは塔の事でわたくしが誰から呪われているのか、次に先程、魔法が使える様になると仰っていた事」
「そうさね。見る方が早い、だが知るのは怖い事もある、辛い事も、見ない方が幸せな事もある」
一番目がローブから手鏡を取り出す。
「それでもわたくしは、知らないといけないと思います。呪われる程、わたくしは何をしたのでしょう、城から出た事がありせんのに、どんな事も受け止めてみせますわ」
気持ちを奮い立たせるローゼリア。気丈な顔を目にすると、一番目は分かった、見せてやろうと呪文を唱える。
「ノーム・オーム・ウオール魔法の鏡よ!王女の知りたい世界を写しなさい」
ポゥ……、白く丸く光る鏡。そら、見てご覧、お前の望むモノが見えるから。手渡した一番目。そこに写し出されていたのは、
……、まあ!わたくしは何も知りませんでした。
ローゼリアの胸を深く突き、錐のようにグリグリと回り、奥に奥にねじ込まれるそれら。
欲得ずくの者達もいる。金貨を数えつつ、これだけ寄付をすれば王の覚えも目出度いと話す人。
ただ王女の為と、もくもくと働く人々。薄汚れた衣服は変わることが滅多と無い彼等。
だんだんに疲れていく姿。
先に進まぬ作業、苛つく大人達。クルリと場面が代わり、石切場では罪人が寝ずに働かされている。怪我に苦しむ姿。血の色。運搬作業も一筋縄では行かない。多くの馬が倒れて死んでいる。
だんだんに国土が荒れ果てて行く。
やがて城で働くのは、ローゼリアと変わらぬ少年の姿ばかりになる。誰しも黙ったまま、操り人形の様に動いている。
覚悟をしていたとはいえ、クシャリと心が折れそうになった。頭も身体もどこもかしこも熱くて痛い。焼きごてで印された記憶は、ヒリヒリ彼女を襲う。もういいわ。ありがとう。涙を堪えて手鏡を返したローゼリア。最後迄、見る事が出来ない自身に腹が立つ彼女は、唇を強く噛み締める。
「よく頑張った」
近くにしゃがんでいた、黄色い彼女が小さな子供にする様に、いい子いい子と頭を撫でる。すると悲しくなるローゼリア。眼の前に今見た血の色薄らと広がる。泣いたら負けだと心を鼓舞する彼女。
「わたくしは何も知らずにいたのですね。恥ずかしい事です。呪われても当然……、止めるようにお父様にお願いしますが、まだ成人を迎えていないわたくしの意見など、きちんと聞き入れて下さいますでしょうか」
「うーん、やってみる価値はあるけどね、駄目かもしれない」
緑の彼女が顔をしかめて腕を組む。
「でも、とりあえずお話はしてみますわ。そしてどうすれば、わたくしの呪いが解けるのかしら」
「そう。ああ!ちゃんと七番目が解呪の仕掛けも盛り込んでいたよ!運命のお相手のキスさ!真実の愛を込めた」
青い彼女がポン!と手を打ち、七番目良くやったねと笑顔を向ける。まるでしおしおと沈む王女の気持を盛り立てる様に。
「姐様!そうだったの?私知らないうちに、凄い魔法使ってた!」
ローゼリアを想い、はしゃぐ声で喜ぶ七番目。
「よくやったよ!流石は我等の七番目」
一番目から六番目が声を揃えた。
嬉しくて、泣き笑いの七番目を見ながら、ローゼリアは悲しく辛い気持を胸に閉じ込める。しかしそれはチロチロと隙間から溢れて滲み出てくる。涙を誘う。
「……、そうそう!ローズや、魔女云々だけどね、そうそう、ローズも見つけ覚えて、探して見つければ、ひょっとして魔女になれるかもしれないって事さ」
緑の彼女が湿気った場を、盛り上げる様に話す。
「どういう事ですの?」
ここで止まったら駄目!何とかしなくちゃ、気持を高め問いかけるローゼリア。
「先ず、魔女になる娘は、望月か新月の夜に、誰しも産まれるのさ、私らみぃんな!そう!元はただの人間!」
藍の彼女が教える。
「十三夜を過ぎた、十三の年、十四になる迄に魔女に偶然、出逢った娘が望めば弟子になれるのさ、先ずはそっから」
「弟子に!」
不意に閉じられていた世界が、広く大きな口をパカッと、音立て開けた。
「そう、弟子になって、とんでもない修行を、たぁんとするのさ!」
ローゼリアの返事を受け、七人が揃って答える。
「で?弟子になるかい?ローズや?我等の娘や」
橙色の彼女がニヤリと笑いながら、じっと顔を見る。
はい!と即座に返事をしたかったのだが、少しばかり考え込むローゼリア。
――、こういう時はしっかり考えないと。書物に書いてありましてよ、悪魔や魔女との取引でとんでもない事になられたお人の話を。でも、わたくしが魔女になれば……、ああ!誰も気がついてませんの?おバカさんでしてよ!
ふと足元に気がついたローゼリア。先ずはずっと心の奥深くに隠している不安を取り出し聞くことにした。
「あの、わたくし、本当は怖いのです」
「怖い?私らが?」
「いいえ、十六で眠る事についてです。本当に千年に渡り、何事もなく眠れるのでしょうか、天変地異、戦争、本当に無いのでしょうか、もし、もしもの事があって、もしも、誰も来なかったら……、それを考えると怖くて怖くてたまりません」
「それは大丈夫!私ら魔女がきっちり守る!馬の骨でも何でも王子を連れてくる!我等は千年後の親となる」
七人が声を揃えて言い切る。
その様子に、馬の骨は御免被りたいですわ、と思いつつ、ローゼリアは気がついた事を話す。
「わたくし思うのですが、十六迄に魔女になりさえすれば、ただ寝て起きるだけになるかと思いますの。その、運命のお相手のおかげで、幸いにして呪いも解けそうですし。それならば少しばかり安心です。そして不思議に思っていました。記されている物を読みましても、誰もわたくしに『不老長寿』を与えておりません、これは既にその年には魔女になっているという事かと」
ローゼリアのソレに、おや?そういやそうだったと、赤い彼女が指折り数え思い出す。
「と!言うことは!僅か数年でローズは魔女となれるのか!アレを見つけてアレも見つける!」
「と!言うことは、七番目は、あながち間違っちゃ、いなかった事になる?魔女ならばそうなる!」
「と!言うことは、ローズは我等の弟子になる、魔女になる修行は、とんでもない目にあうというのに!」
「と!言うことは、ローズはアレを手に入れた後、アレを見つける旅に出るのか!」
「と!言うことは、ローズはこれからアレと対決するのか、弟子が最初に潜る難関!」
「と!言うことは、ローズは我等が魔女の国へとやってくるのか!アレを手にして!」
「と!言うことは、私はやっぱり凄かった!大丈夫、ローズならすぐにアレを捕まえられる!」
……、まあ!弟子になりさえすれば、わたくしお城を出れますの?旅とか仰ってますわ。でも……。アレアレうるさいですわね。一体何のことでしょう。
七人が次々と話すのを聞き終えたローゼリア。
「さて!ローゼリアよ!選ぶ時が来た!魔女となるか否か!何方にする」
七人が声を揃えて聞いてきた。
「なりますわ!」
即座に答える。不安と期待を天秤にかけると、ガタン!一気に不安が下にドン!と落ち、その反動で上にびょーん!と上がりローゼリアの中から飛び出し、虚空の彼方へと消えていったからだ。
「魔女になって何をする?」
魔女達が問いかける。我々の先き見の通り!と内心ほくそ笑む。
そうですわね……、ローゼリアはあれこれ考えた。そしてとりあえずこれよ!決めると、にっこり微笑み答える。
「そうね、先ずは、空を飛んでみたい。そしてその時、国中に花と宝石と飴玉の雨を降らせるの。素敵でしょう?」