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いばら姫は運命を知る。

 輝くばかりのプラチナブロンドは軽く波打ち、豊かに背に流れ、切れ長の琥珀色(アンバー)の瞳に宿る叡智の光は、見る者全てを虜にする。紅薔薇さえも褪せる唇の色、雪の肌に薄紅色の頬。


 彼女が眠る塔の壁には茨を這わす事から、巷では『いばら姫』と呼ばれていた。



 そんな彼女が十三歳になった時。常々不思議に思っていた事を、妹以外、唯一、時々にお茶の時間を共にする、母親である王妃に聞くことにした。


「お母様にお聞きしたい事がございますの」


 薔薇の実のお茶に蜂蜜をひとたらし。銀のスプーンでかき混ぜる。香りを楽しむ母親がなあに?と、機嫌良く答える。


「あの塔ですが、わたくしの為とか皆様仰るのです、そして、どうしてわたくしの周りには誰もいませんの?マリーの様に、お茶会を準備しても、お母様とマリーの他は、ご招待致しても誰もいらっしゃいません」


「ええ……、塔はねその通りよ。ああ!ローゼリア、ローゼリア、ごめんなさいね。もう貴方も十三歳、そろそろお話をしても良い頃ね」


「何をお隠しになられてるのです?乳母に聞いても、泣くばかりで教えてくれません」


 イライラしましてよ!孤独と戦う為に、勝ち気に育った彼女はキラリと目を光らせそう言うと、銀の盆の上に置かれている黒砂糖とオレンジの焼き菓子を、幾つか皿に取るよう侍女に命じた。


 お茶をひとくち飲み、静かに目を閉じた母親。心を落ち着けると重々しく口を開いた。


「貴方は魔女の呪いにより、十六歳の望月の日に千年の眠りにつくのよ」


「まことですの?悪い冗談にしか思えません」


 唐突な奇想天外なそれに、つけつけと答えるローゼリア。


「信じられないかもしれないですわね、でも確かにそう魔女に呪いをかけられてしまったの、手違いだと魔女は言ってたけど……、でも大丈夫、千年の時が終わるその朝、通りかかった運命のお相手が、お前に目覚めのキスを下さるから」


 野薔薇の模様が描かれた茶器を受け皿に戻すと、ハラハラと真珠の涙を零しつつ、打ち明け話を始めた母親。とんでも無い内容に、まさかと言葉を飲み込むと続きが出ないローゼリア。


「そしてお国は貴方が眠る千年の時、平和で穏やかな栄誉ある時を過ごせるの、でもね。もしも、の事があるかもしれない、だからお父様は貴方の眠りを守る為、難攻不落の塔を造ることを思い付かれたの」


 刺繍をされた絹のハンケチを取り出すと、ヨヨヨと泣く母親。私の方が泣きたいですわ!と思いつつ、奇妙奇天烈な運命を聞き、クラクラとする心を落ち着けるべく甘いものを口に運ぶ娘。


 香り高いお茶で飲み下す。だからわたくしの周りには誰もいない……。それは呪いをうけてるから、わたくしのせいではないのに……、まさか触れたら感染るとでも思ってるのかしら。


 周囲の仕打ちに、当然ながら少しばかり不服に思うローゼリア。


「お母様。後で調べてみますわ、公式記録に書かれているでしょうから……、なので今は半信半疑ですが、呪いのせいで不当な扱いをうけてるとは、理不尽ですわ。そして……、考えてみても千年もの間、眠っていましたらしわくちゃの干し杏みたいになりませんこと?」


「それは大丈夫でしてよ、貴方の時は止まってるそうですわ、目が覚めても十六歳のままです」


「わたくしだけ!当然ながらお父様も、お母様も、マリーもいらっしゃいませんわね、どうすればいいのですか?その……、通りかかった運命のお相手とやらしか、頼れる御方がいらっしゃらないのはちょっと……」


「それも大丈夫。七人の魔女が、親代わりとなってくださいます、心配しなくて良いのよ」


 長年、胸に秘めた事を吐き出したのが良かったのか、ホッとしている母親。心配しなくて良いと言われても、不安が膨れ上がるローゼリア。


「お顔も知らぬ魔女、そしてわたくしは魔女から呪いをうけたというのに、親代わり?嫌ですわ。それに、もし運命のお相手とやらが、ろくでもない者だったら、どうなるのです?せめて自分で決めとうございます」


 娘の切々とした物言いに、母親から王妃の顔に切り替わった彼女。人払いを……、そう命じた。侍女達が深々と礼をし、スルスルと部屋から出ていった。


「そのことですけれど、貴方は淑女教育の他に、剣術もお習いしてますわね」


「ええ、好きな授業ですけれど」


 娘の様子に満足そうに頷く彼女。先程あらわにしていた、涙にむせぶ儚げな姿は綺麗サッパリ消えている。


「もしも……、ええ、もしもよ。ろくでもない者でしたら……、そんな事はないと思いますけれどね、運命のお相手だし、その後素晴らしき世界をおくれるのですから。でも千年先は、とんと判りませんものね」


「ええ。その時はどうすれば……」


 ただならぬ母親の様子に声を潜める娘。


「ほとぼりが冷めたら始末なさい」  


「手打ちにするのですか!」


「そう、国を害する者でしたら、貴方の名前で始末すれば良い事、誰かに命じても、ご自身で成されても、何方でもご自由に、それもまた、運命のお相手よ。フフフ」 



 黒い笑みを浮かべる母親。

 息を飲み天を仰ぎたくなる娘。


 七番目がこの場に居れば違う!そうじゃない、運命のお相手と相思相愛になる様、したのに……、と大泣きする様な事になっている。



「さっ、甘い物でも頂きましょうね、かわいいロージィ」


 王妃の顔をサラリと消し去り、柔らかな椅子から立ち上がると、自らの手で菓子を皿に取り分け、愛しい娘に手渡す母親。


 波打つ金に縁取られたそれには、彼女の好きな黒砂糖とオレンジの焼き菓子、シュワリと蕩ける白いメレンゲ菓子、クリームを薔薇に絞り飾られているコロンとした、一口サイズのケーキが載せられている。



 賢く敏いと評判の王女、十三歳のローゼリア。大いなる運命を知った日。




 外では集められた人足達がせっせと働く。足場を組み、高くそびえる塔を造っている。時折、混ざり働く大人の声が厳しく響く。


「気をつけろ!怪我は許されない!そこ!ちゃんと漆喰を練ろ!あと少しで休憩に入る!」


 ……、うん!おらがしっかりしないと……、昼飯だって出るし。とうちゃんがここに来たら、みんな食べていけねーもん!とうちゃんは稼いで、ここはおらが頑張る!


 漆喰に石に汗をポトポト落としつつ、足場の上でひとつひとつ積み上げている。


 蟻の如く無数の人足が動いている。


 まだ少年の手で、ひとつひとつ、天を目指して積み上げている。


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― 新着の感想 ―
[一言] ひどい話なんですけどね。 登場人物がそれぞれ逞しいと申しましょうか。
[一言] お母さんwww 過激だなあwww
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