いばら姫は独りぼっち
王は触れを出した。
――、これより、城に王女が千年眠る塔を造ること、人足等、力を貸してほしいこと。
その壁には茨を這わす故、森で集めて育ててほしいこと。
眠りの呪いを受けた姫のために国民の力を貸してほしいこと。
王女が眠りし千年は、我が国に平和と穏やかな栄誉ある時が訪れるのだから。
「なんておかわいそうな王女様!茨の塔で千年も眠られるのなら、いばら姫様と呼ぼう。ああ!何という運命に……」
民は涙にむせぶ。戦争ならば国など捨てて逃げ去ろうと思うのだが、そういうことならば……、産まれたばかりの王女様の為ならばと、人々は考えそれに従う。
一年、二年、三年……、土地を整地し固くする。
一年、二年、三年……、しっかりとした土台を造る。
それに合わせて石を切り出し運ぶ。大事業が始まった。貴族、裕福な商人はこぞって寄付をした。そうでなければ無慈悲と呼ばれるから。
一年、二年、三年……、大木を切り出し骨組みが組み立てられ、茨を集めて育て始める。
人足で駆り出され、男手が取られて行く。どこもかしこも、年寄と女子供ばかりになる。ジワジワと貧する大地。
運ばれる石を小さく割って形を作る。それを運び漆喰と共に積み上げ行く……。
誰もがだんだん疲れて行く。決められた人足として行く日を休めば、隣近所からヒソヒソと言われ、数重ねれば村八分の扱いになる。
そして誰かが言い出した。
魔女が悪い。アレは悪い魔女だ!
誰もがどんどん疲れて行く。足場の上に登るなら、身軽な者が良いと、大人達の理由で子らが人足として出向く事が何時しか決まりとなっていた。
そして誰もが言い出した。
十六年の辛抱さ、いばら姫が寝たらおしまい、と。
――、物心ついた時より、ローゼリアは同じ年の子らと遊んだ事が無かった。親しく話をした事もない。三つ下の妹、マリーローゼには、遊び相手として、貴族の子らが選ばれ、与えられた部屋に何時も賑やかに集まっている。
……、どうしてなのかしら、マリーとは遊べて、わたくしとは遊べないのは、なぜなの?
自分の周りでは、ヒソヒソ、ヒソヒソ……。囁く声しかない。聞こうとすれば、パッと散っていく人。よそよそしい大人達。子らも親に習う。
家族以外で、辛うじて話相手になるのは、彼女の教育係の任を与えられた夫人達か乳母のみ。自然と公の場に出るのが億劫となるローゼリア。
外に出ないと時間はゆるりとある。文字を読む事を覚えてからは、書庫に向かう事が多くなったのは当然の流れ。
「おねえさまは、どうしてそんなにかしこいの?」
共に学ぶマリーローゼは、既に講師も舌を巻く知識を備えている姉に目を丸くして問いかける。
「ご本を沢山読んてるから」
……、それしか楽しみがありませんもの。わたくしが怖いのは何故?ダンスの時間だって、わたくしのお相手は怯えているのが丸わかり。何故かしら。どうしてかしら。時間が終われば、手袋をさっと脱ぎ捨てるのは。誰も敢えてわたくしに話しかけて来ないのは……。
「そうなの?わたしも おねえさまみたく なりたいですわ」
添削を沢山された綴りにため息をつきながら話す、可愛らしい妹のマリーローゼ。
「おねえさまみたいになったら、たいくつでしてよ」
「そうなの?」
「ええ、とってもたいくつ」
「じゃあ!わたくしのおへやで、あそびましょう!」
ぱっと笑顔になるマリーローゼ。ローゼリアはキュッと胸が痛くなる。前にそう言われ、妹の遊び部屋に向かった事を思い出す。
お相手に選ばれた少女達がいた。ローゼリアが部屋に入ると、しとやかに頭を下げた彼女達。しばらくは妹のお茶会ごっこで遊んだ記憶がある。
「ようこそ、おねえさま、おちゃはいかが?」
ありがとう、そう答えた。侍女役の少女が静かに近づくと、野いちごの模様のティーカップに、薄くて甘いお茶が注ぐ。
「おねえさま、おかしもどうぞ、あら、なにかしら?」
おはなしをしましょう、マリー様。と割って入る少女がいた。それからは、ローゼリアは独り椅子に座っているだけだった。
日々遊んでいる彼女達は、仲間内でしか分からない話ばかりをし始めたからだ。妹も楽しそうに笑いながらお茶会ごっこを続ける。
何が面白くて、何が可笑しいのか、さっぱり分からないローゼリア。
「うふふ、おねえさまは どうおもいまして?」
何も知らない妹の無邪気な問いかけにも、どう答えたら良いのか分からない。そうね、と曖昧に微笑むだけ。
……、ヒソヒソ、ヒソヒソ……、大人達のソレと同じモノが、部屋の主である妹に隠れてローゼリアに放たれる。
……、楽しそうにくすくすと笑う妹は暖かい場所にいる様。自分の周りは音なく、そして氷色した冷たい世界。同じ部屋に居るのに、どうしてわたくしは寒いのかしら。
寂しい、書物で読んだ言葉はこういう気持ちなのか。その時初めて知った孤独という感情。途中退席する訳にもいかず、その時は、じっとお人形の様に座っていた事だけを覚えている。
キラキラと目を輝かせて返事を待つ妹に、あら、残念ですわと笑顔をつくり優しく答えた。
「今日はね、少しごようがあるの、残念ですけど、またにしてくださいませね」
あんな思いはもう二度としたくありません。残念そうな妹の顔を見ながら思うローゼリアは、独りぼっちの王女様。