いばら姫はエルムと話し、目覚めのキッスで起きる朝。
ザザン。風が枝葉の音を立てた。
……、ふう。間に合ってん。今晩はここで休む事にして、ほやけど、ローズ目ぇ、覚ますんか?
すうすうと、寝息を立てている顔を眺めるエアリー。
「まっ!朝まで待とう、夜明けの光はうちのご飯や!」
そう言い彼女も眠りに落ちる。
――、夢の中ですわ。と意識をしたローズ。緑の香りの中、涼やかな声を聴いたからだ。
『まぁぁ!空から来たのは雷様では無くて、女の子でしてよ。クスクス』
クスクスと重なり、サワサワと葉擦れの音がする。
「私はエルム。突然、上に落ちてきた貴方はだあれ?」
「ローズと申します。魔女の弟子ですわ、突然の御訪問、失礼ではありますがお許し下さいませ」
声と声とのやり取り。身体からソレが、ふわりと抜け出た様な気がしているローズ。
「ローズ、あのひとじゃなかったのね」
少しばかり残念そうなエルムの声。
「あのひととは?何方様ですの?」
「うふふ、雷様ですの」
ローズの問いかけに恥じらう、楡の木に宿る精霊エルム。
「雷様はね、ある日私に見惚れて、天の露台から足を踏み外されて、ドンガラピッシャンと落ちてこられました。私達は結ばれましたのよ」
はい?神様はそういう展開はお早いのですか?とローズは思う。
「それで貴方は何故、お空から落ちてこられてたのです?」
「簡単に申しますと、旅の途中でございます」
ローズは詳しく聞きたそうなエルムの気配を察すると、掻い摘んでこれまでの事を話す。
「まぁ!呪いを解くために」
「はい、魔法の杖の木を探しているのです。私の木の芽が世界の何処かに芽吹いているのです」
「そう、何かお力になりたいけれど、残念ながら貴方の杖は、楡の木ではありませんわね、これだけはわかります」
威厳の名を持つエルムは残念そうに言う。一族の中から魔法使いの杖になる者が出ると、精霊界では一目置かれる存在になるからだ。
「そうですの、残念ですわ」
「ええ、でも貴方の杖は何処かに有るはず、力を落とさず探しなさいな」
優しくローズに声を掛けたエルム。ありがとうございますと返したローズ。
「さぁ、そろそろここから出ておいきなさいな、心を身体から離している時が長いと、戻れなくなりますよ」
パンッ!手を叩く音が響いた!
「あら?ここはどこかしら……ふぅ!」
痛いですの……。こめかみがズキズキと痛む事に気がついたローズ。空は薄らと明るくなり、ほのぼのと菫色から薄紅色に変わりつつある。
……、困ったわ。エアリーは居ないし。ここは樹の上ですわね。ああ!わたくしは愚かでしたの。忘れ物をしてきました。
「いたた……、痛いのです。こんな事は初めて、こんな時誰に相談をすれば……、あら?な、何!手のひらがムズムズと。アン?どうしましたの?」
クッションの様に支えてくれている枝葉の上で、そろりと身体を取り回すローズ。こめかみの痛みを堪えつつ、手のひらに目をやると。
……、モキュ、モキュモキュ……、琥珀色のアンがモゾリと頭を伸ばし、ウキュウキュと身体を捩りだして来た。手のひらに、ちょん。と座るローズの本の虫。
「どうしたの?出てきて。残念だけと御本が無いのよ」
ああ、頭がクラクラします。身体に上手く力が入らないローズ。
……、クパ!
「ええ!アン!そんなに大きなお口を開けて、どうされましたの?」
ローズはビックリ!それ迄口など見たこともないアンが、それらしい場所を大きくクパッと開いたのだ!そして……、
「まあ!あの斑の本が出てきましたの!凄いですわ!アン!痛たた……、この痛みは何か載ってるかしら」
パタンと本を開くと何時ものように、アンがよじよじと這う。浮き出てくる魔女文字。主の知りたい事が書き出される、それによると……。
「魔法の使いすぎ?そういえばほんの少し前は、こんな事はちょこちょこありましたわね、ベッドの上で読んだりしてましたから、疲れると直ぐ寝てました。ああ、アン、ご苦労さま」
モキュモキュと斑の本を身体の中に取り込むと、役目を終えた本の虫は、主の手のひらの中へと戻った。
「ふぅ。お腹が空きました。でも頭が痛むのです。食べて飲んで休めば治るのですけど……、ここじゃ眠るだけしかできません」
エアリーは何処に行かれたのかしらと、ズキズキ痛む中、しばらく寝ようと決めたローズは、冷たさ宿る木の葉のベッドの上で目を閉じた。
ピピピ、チチチ。サワサワ、ザワザワ。テトトト……。
鳥の声、風の音、葉擦れのの音、何か動物が走る音。
「ふいー!食った食った!お腹ポンポンやでぇ」
ウトウトとするローズの耳に入るエアリーの声。
「まだ起きへんのかいな。多分魔力があらへんからこうなっとるんやわ。しゃぁないな。アタイのを分けたろ!」
空に顔を向けて眠るローズに、上からふわりと近づくと。
チュッ!エアリーは形の整った唇をローズの唇に、軽く押しあてた。
ピピピ、チチチ。サワサワ、ザワザワ。テトトト……。
朝の賑やかな音が二人を包む。




