いばら姫と風の娘
ああ……、どうしてこうなってしまったのかしら。
ローゼリアは月を背負い、下から見れば、見事に浮いているのだが、実のところ風の娘と名乗る存在に、ヒシッと、抱きしめられている。
「ここはな、オーホホホ!って、高笑いするんや」
透き通る様な蒼い髪の彼女が、地上から指差し見上げられているローゼリアに教える。
「はい?そうですの?」
「そうや!ほんでな、決めセリフを言うんや、なんぞカッコええ事ないか」
そうですわね……。頬に風を感じつつ考えるローゼリア。彼女がため息まじりに眺める先には、えぐれた山が見えている。
……、ドカンとやったれとのお言葉に、本当は塔の残骸を吹き飛ばそうと思いましたが、もしもと思って城外にしたのですが……
「まさか貴族の屋根をかすって進み、山の頂上を吹き飛ばすとは思いもしませんでしたわ……」
「ええやんええやん!最高やで!ほら下見てみぃ、皆地面にへばりついて土下座しとるやん!アーハハハ」
愉快に笑う彼女と出逢ったのは、マリーローゼに彼女の部屋に面している中庭に、城に居る人を集める様頼んだ、つい先程。
――「いい事、マリー。お姉さまは魔女でしたの!って、うんと大騒ぎしてくださいませ」
この機会を逃したらいけない、ローゼリアの第六感がそう囁いていた。マリーローゼは姉の言葉に従い、今一番多く人が居るからと、謁見の間へと向う。
……、そう、浮かぶ事は容易いと思いますの。呪文は覚えてますわ。大丈夫、大丈夫。でもその後が問題ですわね。
ローゼリアは露台へと出る。そこから暮れた空を見上げれば、余程風が強く吹いているのか、月明かりの中、黒い綿が千切れて流れている。
「浮かんだら、そのまま飛ばされそうですわ!」
……、困りましたわね……、そのままでもよろしいのですが、一言ふたこと、残さないと……。色々ありますもの。
ヒュゥゥと耳に入る風の音。少しだけでも止んでくれないかしらと見上げている先に。
「まあ!なんて綺麗な人なのかしら……」
蒼い髪をなびかせ、物語の精霊の様なドレスを身に着けた女性が独り、風の中をくるくると、優雅に踊っていたのを見つけたのだ。
「ん?あれ?アレレレ?アンタ、アタイが見えんの?まさかの魔女?それともまだ弟子?」
スウゥゥと近づいて来た彼女は、ローゼリアにアタイは風の娘、エアリーと、気さくに自己紹介をする。
「ええ、弟子の方ですわ。わたくしはローゼリア。この城の王女でしてよ」
「王女!道理でステキなドレス着てるやん!」
ええなぁ、アタイもそんなの着てみたかったし……、帽子にそろりと手を乗せるエアリー。
「で!王女様がこんなところで夜に、なにしとるん?まさかの、ウヒヒ。誰かと逢い引きかいな?」
「逢い引き!その様な事ではありません。これからここを、抜け出そうとしているだけでしてよ」
顔を赤らめながら、逢い引きに否定するローゼリア。
「抜け出そうと!何やなんや?おもろそうやし、そや!終わってからでええ、アンタの力を貸してくれるんやったら、手助けしてやってもかまへん」
「わたくしの力を?それはお貸ししても構いませんが、手助けとは?どの様に?」
「アタイは風の娘やねん。クソ雑魚王子のおかげでさぁ!アンタ弟子やったら、体重消して浮かぶ事は出来るやろ?アタイが運んでやるって事」
まあ……!渡りに船とはこの事ですわね。ローゼリアは即座に決断をした。
「是非ともお願いいたしますわ!エアリー様」
「アハハ!エアリーでええ、じゃ、浮かんでみせて、王女様」
そして、ローゼリアは目を閉じ意識を高めると、覚えた呪文を唱えた。
「ノーム・オーム・ウォール!羽根の様に、花弁の様に、軽く軽く浮かべ私の身体!」
――、「ああ!なんと恐ろしい!やはりローゼリア様は魔女だ!我が息子を虜にした!教会へ閉じ込めねば禍がこの国に襲う!」
やんごとなき身分の父親達は、空を指差し、憤る。
「ああ……、なんと美しいお姿なのだ!ローゼリア様!ローゼリア様!我等の王女!」
やんごとなき身分の息子達は、空をうっとりと見上げ恍惚の表情。
ざわめく人々の中で、ちゃっかりとマリーローゼは、この騒ぎに便乗し、姉とのやり取りを両親である王と王妃に、手短に伝えている。
「なんと!ローゼリアが……、自ら呪いを解く旅に」
「ええ、お姉さまはご立派なのです!」
こ汚いハンカチを鼻にクシュクシュ当て、得意げに話すマリーローゼ。
「貴方。娘の旅立ちですわ。見守っでやりましょう」
「ああ!王妃よ!我等が不甲斐ないばかりに……」
身を寄せ合う両親。これでよろしいのかしら?マリーローゼは空を見上げる。彼女の視線を感じたローゼリアは軽く手を上げ応じると……。
「ヒー!呪いをかけようとしているぞ!誰ぞ!司祭を呼べ!悪しき魔女に呪文を!」
「父上!何を馬鹿な事を!前にもお教え致しましたが、魔法に良し悪しはありません!」
ざわめく人々。エアリーは、それを見てアハハと蛮カラに笑う。
「うっさいオッサンだねぇ!ここは、一発ドカンとやったれ!こんな輩はアタイの経験からすると、一発見せればひれ伏すよ」
「ドカンと?何かを、吹き飛ばせばよろしくて?」
そうそう、との声にローゼリアはキョロキョロとする。
……、あの造りかけの塔にしたいのですが、ドカンとやったら皆様にご迷惑おかけですわね。後片付けも大変ですし……、そうだ!城から外に向かって適当に放てば……、何かに当たりそうですわ!
少しばかり視線を上げると、城下の外を取り囲む森、そこに、ぴょんとひとつ頭を出して伸びてる木を見つけた彼女。それを的にしましょうと決めた。
魔女を引きずり下ろせ!騒ぎ立てる人々の声が上に登り、ローゼリアの手首にキリリと巻き付く感覚。振り払おうとしても切れることが無いソレ。
少しばかり、ムッとするローゼリア。そのままに指先を月に掲げると、透き通る熱持つ声で呪文を唱えた。
「もう!この糸嫌いでしてよ!ノーム・オーム・ウォール!いでよ!火の玉!進め!邪魔するものを吹き飛ばせ!」
シュン!目標に向かい指を下ろし指し示したローゼリア。丸い焔の玉が現れると……
バシュ!ゴォォォォ!ビュワァァ!と轟音を立て真っ直ぐに進んでいった。おおお!とその行く先を眺める人々。眼下の城下に目を向ける。
「あら、大変ですわ、エアリー」
「ウヒョー!なんか数件の成金っぽい、背の高い屋根、吹き飛んでるし!最高!アーハハハ!」
シュワワワー!ドカッ!ガッ!ゴォォォォ!派手な音立て進む火の玉。
「わぁああ!我が屋敷の屋根が!」
指差し喚くやんごとなき身分の父親。
「天罰ですよ。父上」
冷たくあしらうやんごとなき身分の息子。
「お姉さま、お祭りの花火よりも!ずっと!凄いのです!」
「おおう!流石は我が娘」
「これもまた運命ですわね」
マリーローゼと両親はその様子を、少しばかり楽しみ眺めている。
そして……、
ドッカンというよりも、地響きと共に空に朱の閃光が広がる。モウモウと煙に包まれる、国境付近の小高い山の頂上。
「ああ!煙が掛かって見えへんやん!そおれ!風よ吹け!」
ふぅ!と息を吐くエアリー。風が渦巻き起こると、空をかけるかける駆ける。辿り着いた先で風が役目を終え、その光景を月明かりの下で見た、煩く喚いていた人々は……。
「魔女様、申し訳ありませんでした!」
騒ぎ立てた人々は、額を擦りつけ地面にひれ伏している。
茨の光の面々は、膝をつき騎士の礼を取っている。
マリーローゼと両親は、手を振り空を見上げている。
「ああ……、どうしてこうなってしまったのかしら」
ローゼリアがこの顛末をどうするか、エアリーに問う様に呟くと、高笑いをして何か言えと唆す。
何か言え。そうですわね。このまま出ていくにしても。ローゼリアはあれこれこれ、これ迄読んだ物語を思いだし……
「オーホホホ!わたくしの力を思い知ったか!これよりわたくしは、しばらく旅に出ます!十六には必ず戻って来る故、その間に我が家族を蔑ろにし、国土を荒らそうようものなら!」
そこでひと呼吸置いた。エアリーが大きく息を吸い込んだ気配。次の言葉に併せ、地上に向けて大きくひと息!
ビュワァァ!風が強く吹き降りた!
「皆々揃って!子々孫々に至る、薄らハゲの呪いをかけてやるから、よーく!覚えておおき!」
オーホホホ!と笑うローゼリア。
そして、王女はそのまま舞う様に飛び、ドレスの赤い輝きを夜空に美しく、筋引き残しながら。
お城を、国を後にした。




