いばら姫は妹から贈り物を受ける
姉の一言を聞き、マリーローゼの顔が固まる。
イチ、ニ、サン……。沈黙の後、目をパチクリと瞬ける。
「お姉さま?マリーは、よく聞こえなかった気がします」
キュッとこ汚いハンカチを握りしめ、気持ちを落ち着かせるために、香りを嗅ぐ妹。それはそうでしょうね。と考えるローゼリア。
「でもね、本当の事なのよ……、」
ローゼリアは呆然している妹に、これ迄の事をかいつまんで話していく。
そこに眠る猫は、魔女であるという事。
そして魔女は呪いをかけてはいない事。
それは国中から押し寄せる靄が、呪いとなっていると言う事。
それを解くために魔女の弟子になったと言う事。
そして杖を探しに出なければならないと言う事。
「魔女になれば、千年は人間の一夜なの」
あらましを終えるローゼリア。
「ほえ……、そうなのですか。では魔女になれば呪いも解けるのですか?本当なのですが?」
まだ信じられないと言わんばかりの、マリーローゼ。
「じゃぁ。魔女の弟子なら、魔法が使えるのですか?」
「使える事は使えると思うのだけど……」
灯りをつけようとし、城中のランプを割ってから試してみたい気持ちを、ぐっと堪えているローゼリア。
「ふおお!お姉さま!見てみたいのです!」
それを聞き、目をキラキラとさせたマリーローゼ。
「それは後で。魔女になるには杖を探しに行かなくちゃいけないの。マリー、少しばかり手伝ってくれないかしら」
夜も過ぎているというのに、城中がざわついているせいか誰も咎めに来ない事に気が付いたローゼリア。
今がその時!かねてから考えていた事をやる時と彼女は一つの決意をした。
「お手伝い……、でもでも、それってお姉さまがお城から出て行く事ですわね」
「ええ、杖を見つけなければ、魔女になれませんもの」
素っ気のない姉のその言葉を聞き、しょぼくれる妹。
「魔女にならなくても、呪いは解けるのでしょう?千年後ですが……、側にいて欲しいのです」
しゅんとし訴える妹に、姉はもしかたら……、魔女文字を読み得た知識で思いついた事を教える。
「杖を手に入れ魔女になれば、十六になると眠る術を破る事が出来るかもしれないのよ、マリー」
「ええ?そんな事が出来るのですか?」
「やってみなければ分かりませんけれど。でも出来るかもしれない、そうなればマリー、わたくしと十六でお別れでは無くなるのですよ」
少しばかり嘘を交えて話すローゼリア。その言葉を聞き、あれやこれや先を考えたマリーローゼ。こ汚いハンカチを殊更強く握ると……、
「……、わかりました。お姉さま。お手伝いいたします。それで何をすればいいのか、教えてくださいまし」
意を決してそう答えた。
そしてその頃、父親達の暴走を知った、良く出来た子息の会『茨の光』の面々は、男子禁制の教会になど、愛しの王女様の身を移させまいと抗議する為に、城に押しかけていた。
「陛下にお目にかかりとうございます!」
ローゼリア様を守るため!我等はここに来たのです!
謁見の間、その扉の前で中へ取り次ぎを!と申し入れる、名家の子息達。
中では父親達を説き伏せようとする、王の言葉が乱れ飛んでいた。
ざわめく城の中の大人達。今宵この時、書庫で策を編んでる姉妹の事など、誰も気にしていない。何時もなら、悪い噂がまとわりつく姉に近づく事を、嫌うマリーローゼの従者達も、姉、ローゼリアの行く末をしかと見るべく、気持ちはそぞろになっていた。
――、「取り敢えずこの窓は格子戸がハメられ、外には出れません」
ローゼリアがちらりと目をやるそこには、腹を上に向けて寝る猫の姿。
「では一度、お部屋に戻るのですね」
頷くマリーローゼ、気持ちが決まれば動きは早い彼女。
「では、先にわたくしは行きます、お姉さまはその後で」
こっそりお部屋に伺いますから、待っててくださいましね。そう話し書庫を出て行く。ローゼリアは妹の姿がなくなると、斑の本を胸に抱えると窓辺に向かう。
「どうしましょう、手紙を残そうにも誰かに読まれたら大変ですのに、いい加減目を覚ましてくださいな」
ニャム……。寝言が帰ってきた。
「ま……、わたくしがここに居ないとわかれば、きっと探しに来てくれると思いますけれど、お目覚めになられたら、きっと!来てくださいましね」
眠る七匹の猫にそう言うと、少しばかりの不安と。少しばかりの期待と。胸が高まる興奮に包まれ、書庫を後にした彼女。
さて、と考えるローゼリア。部屋に戻ると、気配を察したマリーが早々に訪れた。
「お姉さまが戻られる間に、お城の中のお話を調べてもらいましたの、今、謁見の間では『茨の光』の面々も揃っているそうですわ」
「は?何その面々とは?」
聞き慣れないそれに、問いかけるローゼリア。
「恐らく街で聞きました、お姉さまを崇拝する会の皆様です。こちらも急いで、お付きに金貨を握らせ調べましたら、お姉さまの運命の相手になるべく、日々を捧げ学んでいる、貴族のお方の事だそうですわ」
「はい?何ですの?その気持ち悪い会……」
「はい、わたくしもたいそう気持ち悪いと思います」
こ汚いハンカチを鼻に持って行き、クンクンとする妹を眺め、貴方もそれに準じてましてよとは言えない姉。
「で、露台から出ますの?お姉さま」
「ええ、それしか方法はありません。誰もが罪に問われない様にしようとするのなら、魔女(の弟子)で有ることを、公にしようと思うのです」
「箒で飛ぶのですか?」
見たいです!と目を輝かせた妹に、それはまだ無いのです。と答えた姉。
「じゃぁ……、どうやって?」
「……、今の季節は夜風が強いですから、それに乗りさえすれば……、身を浮く呪文は覚えてましてよ」
上手くいくかしら。ドキドキとしつつ計画を練り上げて行くローゼリア。
「ではお城に集まる皆様に、そのお姿を見てもらうのですね」
マリーローゼのそれに、ええ。と答えたローゼリア。その答えを待っていた彼女は、侍女に運ばせたドレスを得意満面で指を差す。
「コレに!着替えてくださいませ!お姉さま!」
真紅に大柄な花が染め抜かれている派手な柄模様。エメラルドグリーンのレースの縁。キララにビーズがこれでもか!と散りばめられた一着。
「こ!この様な派手な物を?」
「だって、皆様に見てもらうのなら、目立たないといけませんもの!このドレスは街で見つけた布地を、お姉さまに贈ろうと特別に仕立ててもらってましたの。間に合って良かったですわ」
にこにことする妹は、テーブルの上のベルを鳴らす。
失礼します……。マリーローゼ付きの侍女が静かに部屋へと入ってきた。手に大きな箱、小さな箱を持っている。
「靴と揃えたお帽子ですの、さあ、お姉さまのご準備に取り掛かって頂戴!命に従わなければ、次のお休みはあげません」
つけつけと言う妹。嫌だと言えば良かったのだろうが、あらがえない物がローゼリアにも訪れていた。
……、夜空に浮ぶのですから、派手な方がひと目を引くかもしれませんわね、そして、そのまま流されても良いですけど、後で家族に迷惑が、掛からない様にしたいですわ。
「ありがとう。マリー、貴方の気持ちは受け取りました」
そう言うと、満足そうに頷く妹に贈られた、目が痛い程派手やかなドレスに着換えたローゼリア。
いよいよ始まる。魔法の杖を探しに行く旅が!




