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いばら姫は知らぬ間に崇め奉られていた

 セドリック。由緒正しい重鎮の倅。


 国の為に働く父親の叱責も何とやら。どこ吹く風と涼しい顔をしている彼。


 対してこれ迄、親に逆らったことも無く、容姿端麗、人格温厚、文武に優れ、非の打ち所が無かった自慢の嫡子の豹変に、赤鬼が如く顔を茹でらせ色変え、激を飛ばす侯爵。


「どういうつもりだ!婚約破棄を勝手にしたばかりか!魔女に呪われた挙げ句、ご自身もソレに手を染めたられたと噂が高いローゼリア様を?『茨の光』だと?馬鹿も休み休み言え!」


「馬鹿は父上でございます。魔女魔女と。それに魔女を引き込んだのは国王陛下ですよ、そしてどうしてそうなるのですか。古今東西、書物を読みましたが、魔女に良しも悪しもないでしょう、それをどう扱い、光と闇に勝手に区分するのは、我々無能な人です」


 理路整然としゃべるセドリック。


「ぐぬぬ!しかし!ローゼリア様だけはイカン!どう焦がれても、十六で眠りにつかれるのだ!せめてマリーローゼ様にしろ!その賢い頭で考えたら分かることだろう」


 懸命に頭の中を捏ねくり回し、言葉を出す父親。


「考えたから、ローゼリア様に忠誠を誓おうと思いついたのです。ああ……、うら若き大人にならぬ内に、眠られる王女。見目麗しく気高きローゼリア様。ひっそりと隠れてお過ごしになられて居られますが、時折、お見かけするお姿は、まだ年若な花の女神フローラの様にお美しいのです」


 うっとりと話すセドリックに、ダン!オークの一枚板の天板を拳で叩き音を立てた父親。


「目を覚ませ!ローゼリア様はまだ子供なのだ!セドリック、お前には相応しい年頃の相手が、わんさかと居るだろうが!」


「ふっ……、手垢に塗れた花等、我々『茨の光』の面々は興味は無い!これ迄、千年後といえど、この国の者が気高き王女の目を覚ますだろうと思っていたのです。ところが、長命を理由に!他国の者の手にその薔薇の唇が奪われるとは!許すまじ!そして我々は立ち上がる事にしたのですよ、父上」


 笑顔を浮かべたセドリック。


「立ち上がるとは?な、何を始めたと言うのだ」


 父親は『我々』と言う言葉に引っ掛かり、昨夜の顛末を思い出す。目の前の自慢の息子が親しくしている貴族の子弟達。どれもこれも国の五本の指に入る、由緒正しき名家の息子の姿。


「我々は、調べる事から始めたのですよ。先ずはどうすれば年取らず、長きに渡り眠り続けるか、幸いにして我が蔵書には、それらの書物もありました故、次にどうすれば眠らず年を取らず生きていられるか、それも今調べている真っ最中です」


 息子の笑顔で話す内容に引く父親。この息子は本当に我の倅なのか?何か悪い憑き物がついたとか。あらぬ考えが次々と出て来る。


「そんな事は出来ないと思うのだが」


 無駄な事はやめておけ、やんわり諌める父親。


「無駄な事。そうでしょうか、書によるとこの手の事は人間、太古より考えに考えている主題と思うのです。砂の国の王はミイラとなり、蘇りを果たそうとした。ダウニーの国は外から力を長年に渡り入れ込み、身体の造りを変え、長寿を手に入れた」


 きっと何か方法があると思うのです。賢いと幼い頃から称されて来た彼。どこで育て方を間違ったのか!頭を抱えたい父親。


「方法等と見つからなくても良いのです。あったら良いなという程度なのですよ。我々は、眠る我等の王女様の純潔を護りたいだけなのです」


 どちらかといえば寡黙だった自慢の息子が、饒舌に話す。それに底知れぬ恐怖を感じる父親。


「い、一生を掛けてか?我が家はどうなるのか!跡取りがいなければ絶えてしまうぞ」


「そこは父上が頑張ればよろしいかと。我々『茨の光』の面々は、身清らかなる者しか、会に入る資格はありません故。ではこれにて。これから会合に出掛けるのです」


 晴れやかな面持ちで言葉を締め、場を下がろうとするセドリック。


「会合だと?その様な場には行く事はまかりならん!」


「では、この家から出、出家しますよ、父上」


 出家だとぉ?伝家の宝刀に意表を突かれた父親。出家などされたら、それこそ夜も昼も励んで、嫡子を作らなければならなくなる。励んで出来たら良いが、出来ない可能性もある。


 ……、そんな賭けには出れぬ。もしやするといっときの気の迷いやもしれん。息子は今の今まで出来る過ぎるほど、出来た自慢の倅だ。親に逆らうのも初めての事。そう、我も息子の年の頃には、親に逆らい悪所通いもしたものだ、麻疹の様なものだろう。そのうち収まる……。


「まあ、ローゼリア様は、それはそれは陛下が大切にされておられるから、お前の行動もわからんでもない。しばらくは好きにすればいい。昨夜の事はこちらで後始末をしておく」


 一人息子であるセドリックを留める為に、父親は渋々許しを与えた。




 ――、教会の丸い石畳の広場近く。細い路地を入ってしばらく。野薔薇を壁に這わした小さな家がある。元は老婆が独りで薔薇の手入れをし暮らしていたのだか、この度『茨の光』を結成するに当たり、その名に相応しい建物だったここ。


「はい?お坊ちゃん達はこの古臭い、ボロ屋がどうしても欲しいと?わたしゃ爺さんと結婚した時の花束の薔薇を、たまたま挿し木したらついちまって、しょうがないから育てていただけですのに……、新しい住まいと交換なら、よいでござんすよ」


 金に不自由の無い彼等はもっと利便の良い立地に、小ぢんまりとした家を建て、老婆と交換をした。


 キィ……、油が切れ軋む扉を開け入るセドリック。まだ時間に早いのか、誰の姿もない。家具は老婆が嬉々として新居に引っ越す時、全て持って出た為に、後で運ばせた大きなテーブルと椅子、壁際に特注の飾り棚があるだけのそこは、広くガランとしている。


 引かれたカーテンはそのままに窓だけ開け、風を入れた。そして壁の前に祭壇の様に飾り棚がある。これはここに合わせて指物師に作らせた逸品。


 壁に下げられた一面を覆う大きなローゼリアの姿絵と、その前に捧げる花瓶の中の花とが、調和する高さとしている飾り棚。来るすがらに買い求めた、色取りの大輪の花で作らせた花束(ブーケ)を、天板の上に置かれている空の花瓶に入れる。


 その前で粗末な床に膝をつき、まるで教会で礼拝する様に、頭を垂れるセドリック。


「ああ、麗しの我が王女様、まだ年端もいかぬというのに、その美しさは我を魅了し虜にしてます。愛しております、ローゼリア様」


 切々と絵姿に向かい、延々と愛の告白をするセドリック。やがて次々に仲間が入ってくる。彼に習う皆。誰も彼も妙齢を迎えた青年の姿。


「我々は、いばら姫様の薔薇の唇を護る為に、神より生を受けた存在!」


 セドリックは熱い想いを込め、絵姿に誓う。


「きっと!同じく千年の時を超えるべく、力を手に入れてみせます。麗しきローゼリア様!お待ち下さいませ!」


 彼の言葉に続く面々。誰も彼も、既に決められていた婚約を破棄をし、彼等が言う『禊をし清らかなる身』となりここに集っている。


 暖を取るための煤けた暖炉には、大きな銅の鍋がかけられている。雇われた下男が独り、水を外の共同井戸から汲み上げ運んでそれに満たしている。


 机の上には『永遠の若さの呪文書』やら『誰でも出来る月と魔法の辞典』『バッチリばつぐん、失敗しない魔法薬の作り方』等など、胡散臭い本が山積みにされ、干した紫にんにく、少し人間に見える根っこの野菜を干してあるもの、怪し気などろりとした液体が入れられている瓶詰めが幾つか……。


 セドリックはうっとりと描かせた絵姿に見惚れる。


 ……、ああ。ローゼリア様、ローゼリア様。できる事ならば千年の時を超えるお力を我に与え給え……。



 そして父親は、倅と親しくしている息子は達の親と出会う。誰もが頭を抱えて悩んでいた。


「何故、この様な事になったのだ」


「産まれた時より、塔など建てず、さっさと教会の塔にでも入れておかれたらよろしかったものを」


「さようさよう!さすれば今の困窮もないはず……。そして王女様が、ホロホロ城内を彷徨う事もなかったはず」


 悪い影響を与える事もなかったはず。話が嫌な方向に動く。そして誰かが口火を切った。


「今からでも遅くない、ローゼリア様を教会の塔にお移しする様、陛下に進言しようではないか」


 悪い影響を与える王女を野放しにはできないと……。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「今からでも遅くない、ローゼリア様を教会の塔にお移しする様、陛下に進言しようではないか」 動き始めた流れを押しとどめることができるでしょうか。
[一言] ドルオタかな?( ˘ω˘ )
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