お約束の始まり。
漆黒の夜空に白く輝く望月ひとつ。その神々しい迄の銀白の色は、闇色を藍色に薄める程、まばゆい。星の瞬きさえも顔を隠してまばら。
ローゼリア姫がま白い月光の中で産声を上げた。城も国も喜びに満ちる。花火が打ち上げられ、大聖堂の鐘の音が鳴らされ響く。夜が明けると早速、王は故事に習い良き魔女七人を招待し宴を開いた。
……、あ?え?ええとお……、あああっ!え?ウソ嘘。ううん、私ちゃんと……、いや違う。ああ!ちょっと考えよう。
少しばかりそそっかしい年若い魔女が、ホッとしてテーブルに座り、黄金のスプーンでご馳走のスープをすくい、ごくんと飲む。
先程皆と一緒に産まれたばかりの姫に、それぞれの贈り物をした若い魔女。一世一代の大舞台。最後の贈り物は大切だからと、一番目から六番目迄の皆にしごかれた日々が脳裏に浮かぶ。
一番目は、月の女神と讃えられる美しさを、二番目は、深遠なる賢さを、三番目は、誉れ高き勇気も時には必要でしょう……、次々に前に出ると創意工夫を凝らした華やかな呪文を唱えて、揺り籠に眠る赤子に祝福を与えた。
七番目が最後に贈った物は、
「16歳の望月の夜、王女は眠りにつきます。ひとよ明ければ、運命お相手、王子様のキスで素敵な世界が広がり、永久に続くでしょう、アールウィム……」
王族の姫は16歳の最初の満月の夜、婚約者が選ばれると教えられ、一所懸命考え、相思相愛となるべく創った贈り物。にこやかに前置きをし、少しばかりしかめっ面で、難しい呪文唱えた事を徒然と思い出していたのだが、とんでもない失敗をやらかした事に気が付く。
嘘!と思い、ブツブツ唱えた後、スプーンを咥えたまま、椅子をずり落ちながらテーブルの下にソロリと潜り込む。彼女は何かあるとそこに隠れるのが癖なのだ。
かちかちとスプーンを噛みながら、空いた手の指を折り数えながら、再び呪文を復唱する。
『ええっとお、アーム、……、……、……、……??………!!嘘ぉ!うぎゃぁぁぁ!やっちまったよぉぉ!』
声にならぬ雄叫びが上がる。
「なになに?どうしたの?七番目、また、何かやらかしたの?すぐにテーブルの下に隠れるんだから、今日はお城なのだから、そんな事しない!」
隣に座る六番目の魔女が密やかに問いかけた。指をひとふり、クロスがふわりとめくれる。末の彼女がどうしよう!と半泣きでそこにいた。
「何やらかしたの?大切な宴よ」
「姐さま。やっちゃった!ひとよって!人間界の時間に直さなくちゃいけないのに!魔女界の時間概念使っちゃったよぉぉぉ!うわぁぁん!」
「ええええ!あ!皆様ちょっと失礼。これは魔女界の宴での仕来りですの、テーブルの下で祝福のマジナイを唱えるのです」
六番目がざわめく人々に、ニコリと笑い軽く落ち着きの魔法をかけ誤魔化すと、慌ててテーブルの下に潜り込む。その様子察知した、五番目から一番目が次々と七番目の元に集まる。
「何やらかしたの」
「一番目の姐さま、私、一夜をひとよって、魔法使いの時間概念で呪文構築しちゃった!」
「嘘!気が付かなかったわよ」
一番目が頭を抱えて悩む。
「一番目の、どうするの?私達のひとよって、人間時間に換算したら千年よ!」
二番目が青ざめ話す。
「二番目の、とすると姫様は千年眠る」
三番目が指折り数える。
「三番目の、千年目のキスで目を覚ます」
四番目がうっとり話す。
「四番目の、許してくれると思うかね」
五番目がしかめっ面で問いかける。
「五番目の、とんでもない呪いと言われる」
六番目が爪先を噛みつつ答えた。
「我ら、光の良き魔女から落とされ、闇の悪き魔女と称賛される!」
一番目から六番目迄が声を揃えて言い切った。
「うわぁぁん!姐さまどうしよう」
七番目が泣き泣き話す。
「そうねぇ、闇でも光でも変わんないからどっちでも良いのだけど」
一番目がそんなに泣きなさんな、と優しく慰めた。
「ここは正直に報告したあと、おまけをつけたら良いんじゃない?」
二番目が閃いた。
「そうそう、姫様がお眠りになられる間は」
三番目が話す。
「そうそう、千年と言う長き時」
四番目が話す。
「そうそう、この国は平和で穏やかなる」
五番目が話す。
「そうそう、素晴らしき栄誉の世界となるでしょう」
六番目が締めくくる。
「これでみいんな丸く収まる」
一番目から六番目目が声を揃えて言い切る。
「姐さま、でも……、お姫様はどうしたら?千年経ったらだあれも知ってる人いないわ、王子様だってその時いるの?居なかったらどうしよう……。お可哀そうよ」
七番目が、薄紫のローブの袖で目元を拭きつつ話す。
「大丈夫、我等が親代わりとなったら良いだけ、王子は……、こういう時の定番、通りかかった運命の相手にしたら良い」
一番目がにこにことしながら教える。そして。
「眠る王女のお相手は、目覚めて王女結婚するのだから、王子となる。なので何処の馬の骨でも、何ら問題無い!」
一番目から六番目迄が声を揃えてそう言い切る。
その頼もしい言葉と様子を見た七番目は、葡萄色の目をキラキラさせて、その手がありましたのね!と小さく手を叩いて喜んだ。
そして……。
テーブル下から次々と、威厳を正したローブ姿の魔女が出る出る。
赤い髪の一番目、橙色の二番目、黄色の三番目、緑色の四番目が、青色の五番目、藍色の六番目、そして紫色の七番目。
紫色の若い魔女は王の元で胸をドキドキさせつつ、声を震わせぬ様気を張り詫びを入れた。青ざめる王。王妃は慌てて揺り籠の中で眠る娘を抱き上げた。
お目出度い空気は、一気に葬儀の空気に様変わり。招待客は皆、顔色を曇らせ、貴婦人はわざとらしくハンケチを取り出し目元に当てる。あたかもこんな悲しい事は無い。という風に。
「どうしてくれる!」
語気荒く王が言葉を吐く。
「大丈夫ですわ、陛下。我等の力を全て集め、特別な魔法をかけましょう」
一番目が七番目と入れ代わり王の前に立つ。そして重々しくそう言うと、手にしている樫の木で創られた杖を掲げた。それぞれの杖で習う六人。
樫の木、楡の木、イチイの木、樅の木、松の木、桃の木、葡萄の木。
「姫様は確かに十六歳の時、千年の眠りにつかれることでしょう、そして約束の時に通りかかった運命のお相手のキスにより目覚め、素晴らしき世界へと向かわれます。姫が眠りしその間、この国は、平和で穏やかなる……」
一番目がスラスラとそう言うと言葉を一度切る。そして……、皆で言葉を揃えた。
「栄誉ある世界になる事でしょう」
七つの杖から七色光が飛び出て広がった。
全てがまあるく収まった。
いばら姫のモチーフを使っております。執筆中がこればかりになりましたので、こちらを出して行きます。