62.霜帳のソウ
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赤の領域。"ガガランダ王国"の宮殿、宝石や貴金属に彩られた豪華な玉座の間。そこに現在、二人の人物の姿があった。
一人は王冠を被り、尊大な態度で玉座に座る"キテラン女王"。もう一人は、その眼前に気だるげな様子で立つ、豪華な鎧を着た小柄な童顔のノーム──ロイオール王子だった。
「ははっ。──いやあ、驚きましたね」
覇気のない顔で、ロイオールは周囲を見回す。
「"黒の騎士団"の侵略で、ドワーフの王家はもう──とっくに全滅したものだと思ってました。ご無事で何よりですよ、キテラン王女。あ、失礼──"キテラン女王"」
「どうお呼び頂いても構わぬぞ。妾も言い損じておったが、ウルゼキアよりよくぞ参られたのう。──ロイオール王子よ」
キテランの言葉に、ロイオールは丁寧な一礼を返す。女王へ対する敬意が、十分に感じられた。
「しかしキテラン女王、何度聞いても信じられませんよ。あなたが女王となり、ガガランダ王国が再興されていたこと。そして──あの十三魔将が、この"赤の領域"で二体も討ち取られていたこと。……ははっ。アルシュロス兄さん、言っても信じないかもなあ」
緊張感のない顔で、ロイオールは笑う。
「まあ、何はともあれ──知りたいことが全て分かりました。用事は済みましたし、これ以上お邪魔するのもいけませんね。そろそろ、帰らせて頂きますよ」
「ロイオール王子、もう発たれるのか?」
「ええ、ウルゼキアに蜻蛉返りです。──"十三魔将"がまたしても倒された。赤い"輪"を宿した新たな女王によって、"ガガランダ王国"は復活した。そして、例の"人間"と"上位吸血鬼"は、"赤の領域"にはもういない。これだけ分かれば、もう十分ですからね」
「……そうか。済まんな、ロイオール王子。大したもてなしもできんかった」
「いえ。突然押し掛けたのはオレの方ですから。──ご無礼をお許しください、キテラン女王」
ロイオールが、また深々と礼をする。表情こそ気だるげだが、所作には育ちの良さを感じさせるような品があった。
「──ロイオール王子」
今まさに玉座の間を立ち去ろうとしていたロイオールを、キテランが呼び止めた。
「クウとフェナを見つけたら、"白の騎士団"は、どうなさるおつもりじゃ? ──あの二人に関する話題には、やけに拘っておられたようじゃが」
「分かりません。それを決めるのは、オレじゃありませんので。──けど、悪いようにはしないと思いますよ。"十三魔将"を合計三体も打ち破った英雄ですから。よほどの理由でもない限りは、ね」
「ふむ、ならば良いがのう」
「"十三魔将"が立て続けに倒されたこの状況は、"白の騎士団"にとっての分水嶺だ。ウルゼキアだけでなく、"イルト"全体の勢力図が──これから大きく変わりますよ、キテラン女王」
「ロイオール王子。──妾の目は、節穴ではないぞ」
キテランの赤い瞳に、炯々とした光が宿る。
「そなたの狙いは何じゃ? そなたの目には──獲物を屠る機会を窺う獣のような、強き野心が垣間見えるぞ」
「──可愛い顔して、油断できないな」
「何じゃと?」
「いえいえ、何でもありませんよ。──それでは、失礼します」
ロイオールは強引に会話を切り上げ、玉座の間を後にする。飄々とした風に見えて、一切の隙がない足取りだった。
◇◇
青の領域。ギルド、"蒼黑の鯨"の本部。家具の置かれた図書館のような空間の中に、クウ、フェナ、そしてソウとエディエの姿があった。
「ははっ。──いやあ、驚いたぜ。」
ソファに座るソウが、クウを見て笑っている。
「"青の領域"に来てまだ初日だってのに、中々楽しんでくれたみてえじゃねえか。まあ、その頭は英断かも知れねえな。単に服を変えて髪を隠すだけじゃ、"白の騎士団"の目を完全に欺けるかは怪しいか。──ははっ。それにしても、はははっ。急に老けて白髪になったのかと思ったぜ」
「ソウ、笑いすぎじゃないの?」
クウは自分の頭髪──白に限りなく近い金髪を指で触りながら、ソウをじっと睨む。すっかり変わった自分の髪色を、クウはあまり気に入っていないようだった。
「だが、"七色油"とは考えたな。その発想は無かったぜ"吸血鬼"。やるじゃねえか」
「私のアイデアじゃないわ、"青黒フード"。──これは"藍蜘蛛ニニエラ"さんが親切にしてくれた結果よ」
フェナが、自分の長髪を手で梳く。
「ああ、そういう事か。"七色油"はイルトの女が美容目的で使うことがあるらしいからな。ニニエラが取り扱ってる商品の一つなのかも知れねえな」
「商品っていうのは、何?」
「あの女の商売を知らねえのか? ニニエラは"貿易商"だ。フィエラルの港に廻船を何隻も持ってて、イルトの各領域から仕入れた品物をフィエラルの店に卸てるのさ。──ニニエラの商品は評判がいいが、高価なもんばかりでよ。庶民には手の届かねえ代物ばかりなのが、玉にキズだな」
「じゃあ、私とクウが服を買ったあの仕立て屋も……。なるほど。あの店のあった一帯は、ニニエラさんの"縄張り"だったのね」
フェナは一人で、納得したように頷く。
「それについては関心しねえぜ、吸血鬼。"中立都市フィエラル"は、全身に金ぴかの宝石を身に着けた富豪もいれば、明日の飯にさえ困ってる貧困者もいる。──高級店からそんな小奇麗なナリで出てくりゃあ、そういう連中にとっちゃ、どうぞ襲ってくれと言ってんのと同じだぜ。いくら髪や顔を隠したって、別の意味で目立ってちゃ本末転倒じゃねえか」
「知らなかったと言いたい所だけど、確かに私が迂闊だったわね。──でも、無駄な買い物にはなってないわよ。今の私なら、街に出てもフィエラルを歩くノームの成金にしか見えないでしょう? これも、ニニエラさんのお陰ね」
「ニニエラか。──まさかお前らが、"霧の四貴人"とこんなに早く出くわすとは思わなかったぜ。まあ、会ったこと自体は偶然だろうがな」
「ソウ。"霧の四貴人"って、どういう人たちなの? 一人ずつ、詳しく教えてくれないかな。──ソウ自身のことも含めて、さ」
クウが、ソウに問いかける。ソウは腕組みをして難しい顔をした後、ゆっくり口を開いた。
「もう聞いただろうが、"霧の四貴人"ってのは"中立都市フィエラル"で、絶大な支配力を持つ四人を指す言葉だ。──"藍蜘蛛ニニエラ"、"マルトシャール伯爵"、"霜帳のソウ"、"靄のトールコン"。この四人さ」
"霜帳"──。それがソウの二つ名らしい。
「ニニエラは説明した通り、貿易商だ。あの女は"輪"の魔術師としてもかなりの腕前で、仕事の時は自ら船に乗り込んで賊を退治することもあるんだぜ。──マルトシャール伯爵は胡散臭え外見に反して、義理と人脈作りを重視する実直な男だ。少なくとも、俺には今の所そう見えるぜ」
「ソウ、"伯爵"は自分を銀行家だって名乗ってたよ。イルトじゃ金融業は嫌われてるとも言ってたけど、それってもしかして──高利貸しの事?」
「そうとも言えるな。"伯爵"の銀行は財産の保管だけじゃなく、現代日本で言う所の、企業への融資もやってるのさ。──他人に金を貸すってリスクの高さは、このイルトでも変わらねえ。それに職業柄、金に汚い奴だと思われがちだしな。"伯爵"は、そういう意味で嫌われてるって言ったんだろうな」
「中世のヨーロッパでは、主に職業の選択肢が殆どないユダヤ人が就いていた職業だね。──あ、イルトじゃ関係のない話だったかな」
クウがフェナをちらりと見る。案の定、困った顔をしていた。
「んで、"霜帳のソウ"だが……お前らも知っての通り、こういうヤツだ。──"魔術師ギルド"のギルドマスターで、普段はフィエラルを離れて別の土地にいる事が多い。だが不定期に戻って来ては、"魔獣"の駆除だったり、盗賊団や"黒の騎士団"なんかをかわいがってやったり、色々とやってんのさ」
「……最近のソウは、ギルドの仕事、全然やってない」
「おっと、何か聞こえたような気がしたが──気にしねえわ」
本を持ったエディエが、ソウを怒った顔で凝視している。
「最後に、"靄のトールコン"か。お前らが唯一会ってねえ四貴人になるだろうが、あいつは癖のある男だぜ。──トールコンは、"武器商人"なのさ」




