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59.霧の四貴人

◇◇

 クウとフェナは、警戒心(けいかいしん)猜疑心(さいぎしん)に満ちた顔で、"藍蜘蛛(あいぐも)ニニエラ"と名乗った女性の後ろをずっと歩いていた。ニニエラは女性としてはかなり大柄で、クウとフェナより頭一つ分ほど背が高い。


 複雑に入り組んだフィエラルの路地をいくつも抜けた所で、(きり)に包まれた──巨大な屋敷が眼前に現れた。


「ここは、"(きり)(やかた)"。さあ、中にどうぞ」


 クウとフェナに建物の名前を告げ、ニニエラは屋敷の門の前に立つ。門はニニエラの来訪を歓迎するかのように、ゆっくりと開いた。




 屋敷の内部は、とても豪華な内装だった。左右に絵画や調度品が立ち並び、床には赤い絨毯(じゅうたん)()かれている。


 クウはフェナと共にその光景も観察しつつ、ニニエラの後に続いて歩く。


「ここは、どういう場所なんです?」


 クウが、彼女の背中に向けて質問する。


「昔からこの場所にある、霧と魔力に満ちた建物。今は"中立都市フィエラル"を陰で支配する実力者──"(きり)四貴人(よんきじん)"の会合に使われてる屋敷よ」


「"霧の四貴人"……ですか?」


「フィエラルの土地にいる限りは、覚えておくべき言葉。フィエラルの土地は、その大部分が四貴人の誰かの縄張りなのよ。──もし、四貴人全員の機嫌を(そこ)ねたりすれば、フィエラルで生きていくのは、相当難しくなるかも」


「あなたも、その一人なのかしら? ──ニニエラさん」


 クウの後ろにぴったりとくっついて歩くフェナが、ニニエラに質問する。ニニエラはフェナに微笑(ほほえ)みで答えた。肯定(こうてい)と受け取っていいらしい。


「……フィエラルは表向き、都市を訪れる者達に──ここは種族間の差別意識を完全に(はい)した、平等な生活を提供するイルト最高の都市だ、という(うた)い文句を(かか)げてる。でも、フィエラルの実情は──その理念(りねん)とはかけ離れてるわ」


「さっきの……"悪魔(デビル)"の強盗三人組のことですか?」


 クウの言葉に、ニニエラは肩をぴくつかせて反応する。


「多くの種族が共存する都市で、差別意識を完全に無くすなんて不可能。──ドワーフならチビは山に帰れと言われるし、エルフは長耳(ながみみ)は森に帰れと言われるわ。マーフォークは魚が陸に上がるなと揶揄(やゆ)される。でも、一番ひどいのは──"悪魔(デビル)"ね」


「イルトの侵略(しんりゃく)を止めろ、"黒の騎士団"──とでも言われるんですか?」


「言われるだけなら、かわいい方。──縛り上げられて水路に逆さ()りにされたり、住んでる家を燃やされたり、最悪の場合は──広場に(たきぎ)と一緒に(くく)り付けられて、火炙(ひあぶ)りにされた事もあったから」


 クウとフェナの表情が硬くなる。


「その犠牲者(ぎせいしゃ)の中には……"黒の騎士団"の一員ではない者も含まれているんですか?」


「"黒の騎士団"に所属した事のない者達しか、いなかった。──フィエラルに来る"悪魔(デビル)"達は、侵略行為なんてもっての(ほか)だと考える平和主義者ばかりよ。でも、他種族は"黒い騎士"とそうでない者達を区別しないし、できないのよ」


「じゃあ、僕達を(おそ)おうとしたあの三人組は──」


「"黒の騎士団"に(くみ)する事を良しとせず、フィエラルの一般市民として生きる決意をしていた、善良な者達だったのでしょうね。──詳細を聞く機会はなかったけど、これまでにどんな差別や迫害を受けてきたか、想像がつくわ。きっと、かなり苦労したはずね」


 クウは口を結んで下を向く。何か、小難しい事を考えている様子である。


「……僕は"イルト"の平和のために、ただ漠然(ばくぜん)と"十三魔将"を倒す、とだけ考えてました。それは無知から来る短絡的(たんらくてき)な考えでしたね。本当の意味で平和を願うなら、"黒の騎士団"と戦うだけじゃ、駄目だ」


「その考えが、悪い訳じゃない。"十三魔将"は、全員が悪逆非道(あくぎゃくひどう)殺戮者(さつりくしゃ)。奴らを"黒の騎士団"と共に殲滅(せんめつ)する事は、イルトに平和を(もたら)すのに必要な行為よ」


 ニニエラはそう言うと、急に体の向きを変える。その方向には、大きな両開きの扉があった。扉の把手(とって)に手を掛け、ニニエラは扉を押し開ける。


 豪華な家具と調度品に(あふ)れ──中央に巨大な卓子(テーブル)鎮座(ちんざ)した一室が、クウ達の眼前に現れた。


 クウ達の正面には、椅子に座って筆記具を持ち、卓子(テーブル)の上で文字を速記(そっき)する──紳士帽(しんしぼう)(かぶ)り、男物のベルベットを着た、小太りの男の姿があった。


「──伯爵(はくしゃく)


 ニニエラが、ベルベットの男に呼びかけた。男の手が止まり、青白い顔がクウの方を向く。


「──珍しいな、ニニエラ。お前が、"霧の館"に客人を招き入れるとは」


「どうしても連れて来たかったから、来ちゃった。──予告も無しに連れと来たこと、怒ってない?」


「怒る理由などないからな。俺達は縄張りを区別し、互いの諸事情(しょじじょう)稼業(かぎょう)には干渉(かんしょう)せず、それぞれの利益のためだけに動く。──お前が何処(どこ)で何をしようとも、俺には関係ない。俺の邪魔をしない限りはな」


「そのつもりは無いわ。むしろ、その逆よ。──この二人を、よく見て」


「もう見たさ。その二人が誰なのかは、分かっているとも。──現状でお前が"霧の館"連れてくる者など、かなり限られているからな」


 伯爵と呼ばれた男は、椅子から難儀(なんぎ)そうに立ち上がると──紳士帽(しんしぼう)を取り、クウとフェナに(うやうや)しい一礼をする。


 "伯爵"の、頭髪の無い頭が(あら)わになる。そして、その(ひたい)には──大きく曲がった角が二本生えていた。


「お初にお目にかかる、"人間"殿。そして、"上位吸血鬼(ハイ・ヴァンパイア)"のお嬢さん。俺はこの館を所有する四人の資産家──"霧の四貴人"の一人で、"マルトシャール伯爵"と呼ばれる男だ」


「ぼ、僕は──蔵王空介(ざおうくうすけ)と申します。通称"クウ"と呼ばれる男です」


「……私はフェナ。イルトの一部では、"蝮鱗(ふくりん)のフェナ"という二つ名で呼ばれているわ」


 クウとフェナがそれぞれ名乗る。クウは一礼をしたが、フェナはただ腕組みをしながら"伯爵"を見ている。


「"人間"──いや、クウ君か。俺の角を見て顔が変わったな? "大悪魔(デーモン)"の角を見たのは、何もこれが初めてでもないだろう」


「ええ……あなたで、四人目です。──"中立都市フィエラル"という言葉を、本当の意味で理解しましたよ。ソウの思わせぶりなセリフは、こういう事だったんだ……」


「前の三人は──"紫雷(しらい)のゴーバ"、"舞踊千刃(ぶようせんじん)シェスパー"、"(すす)伯爵(はくしゃく)ケペルム"だろう。──まあ、もう奴らの角を見る機会など、二度とないのだろうがな」


「ご存じだったんですか? 一体、"青の領域"の何処(どこ)でその情報を?」


「たった今、入手した情報だ。君の顔色(かおいろ)が変わったのを見て、な。──予想はしていたが、確証はなかった。だが……(かん)が当たったようだ」


 クウの(ほお)一筋(ひとすじ)の汗が流れ落ちる。珍しく動揺(どうよう)するクウを横目で見たフェナにも、やや焦燥(しょうそう)の色が見て取れた。


「俺の情報屋によれば、"赤の領域"で"十三魔将"の消息が相次(あいつ)いで途絶(とだ)えたという情報は、つい先日の出来事だったはずだ。だが、君達はこうして"青の領域"、俺の眼前(がんぜん)に立っている。普通の交通手段を使ったのなら、"フィエラル"に到着するには早すぎる。──考えられる可能性は一つだな、ニニエラ」


「ソウの"輪"──"浸洞(レオナ)"による瞬間移動。あの時ソウが安否確認に行った相棒っていうのが、彼なんでしょ。それなら、(すじ)が通るかも」


 部屋の壁に(もた)れかかっていたニニエラが、伯爵の言葉に答えた。


「ソウめ……。近頃は"黒の騎士団"の雑兵狩(ぞうひょうが)りばかりで、"十三魔将"と対峙(たいじ)する気概(きがい)など、とっくに失ったものと思っていたのだがな。一度は敗北を(きっ)したしたとはいえ、まだ心折れてはいなかったという事か」


「敗北……。何の事ですか、マルトシャール伯爵?」


 クウの質問に、マルトシャールが静かに口を開く。


「聞かされていないのか? ソウはかつて、当時の相棒である"輪"の魔術師と共に、ある"十三魔将"へ戦いを(いど)んだのだ。結果として奴は負けて深手(ふかで)()い、相棒の魔術師も殺されてしまった。──その一件以来、ソウは騎士団の雑兵(ぞうひょう)とばかり戦うようになり、すっかり"黒の騎士団"と戦う事に消極的になってしまったのさ。かつては、『"十三魔将"を全員打ち倒し、イルトを救う勇者になる』と、会うたびに意気込んでいたのだがな」


「ソウが、そんな事を言ってたんですか……?」


「今も言っているかは分からん。だが、"十三魔将"に挑んで生きて帰っただけでも英雄的だ。──クウ君。ソウはもしかしたら、自分と同じ"人間"である君と出会ったことで、再びその目的を果たそうと考えているのかも知れんな」


 クウは、ソウの顔を脳裏に思い描く。クウがイルトを旅する目的──"十三魔将"全員の討伐(とうばつ)は、その最初の手助けをしてくれたソウの、かつての目的であったのだ。


 ソウは、クウをどういう心境で見ていたのだろう。クウには、想像がつかなかった。

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