58.見抜かれた正体
クウとフェナは、新調した服でフィエラルの大通りを並んで歩いている。大通りを歩く、多くの種族によって形成された雑踏の中、クウはフェナとはぐれないよう──静かにフェナの手を取った。
「あら──」
フェナはクウに微笑みかけるが、クウはフェナの方を見ていない。
「──フェナ。気付いてる?」
ここでクウが、フェナの顔を見た。クウの目は真剣そのもので、フェナの柔和な表情とは対照的だった。
「さっきから、つけられてるよ。──ずっと、一定の距離を保ったまま、僕達を追って来てる誰かがいる」
「あら、気付かなかったわ。──クウ、例の空気を感じる能力で探知したの?」
「違うよ。歩きながら、ずっと後方を目で警戒してただけさ。服を変えて帽子を被った程度じゃ、完全に油断はできないからね。──全身が黒尽くめの三人組だよ。今も僕達を、まるで親の仇みたいな目で睨んでる。あんな目で見続けられたら、どんなに鈍感なヤツでも気付くさ」
「あら、困ったわね。──キテラン王女に"魔剣"を渡したから、今の私は丸腰なのよ。できれば、今の状況で戦いたくはないわ」
「僕が何とかするよ。場合によっては──"輪"の力も使うつもりさ。路地裏に誘い込んでみようか。」
クウはフェナの手を強く握ると──急に大通りから裏道に向かって走り出した。
クウとフェナの後を追って、複数の騒がしい足音が路地裏へと続く。足音の主は──黒衣で全身を覆い隠した、暗殺者のような装いの者達だった。
人数は三人。いずれも刃の曲がった短剣のような武器を持ち、確実に友好的な態度でクウ達の前に現れるつもりはないようである。
「ふん、あの奥は袋小路だ。──なっ!?」
黒衣の一人が、驚きの声を上げる。路地裏の曲がり角で、クウとフェナの姿が忽然と消えていたからである。
「物騒なモノを持ってるね。そっちがその気なら──相手をしよう」
黒衣の三人が、揃って頭上を見上げる。緑色の光を纏い、空中から落下するクウの姿があった。
三人は防御しようとそれぞれ違う体勢を取るが、地上への着地と同時にクウは、黒衣の二人の顔をそれぞれの手で鷲掴みにしながら、後方へ押し倒してしまう。二人は昏倒し、意識を喪失してしまった。
残った一人が、両手で短剣を構えた。クウは少しも動揺することなく、黒衣の人物をじっと見つめる。
「さて、伺おうか。──ご用件は何?」
「う、うるせえ──! 命が惜しけりゃあ、金を出しやがれ! こっちはテメエの死体から財布を剥いてやったって構わねえんだ!」
「なるほど、強盗か。"青の領域"に来て初日の歓迎としては、悪くないね。──さっきの"仕立て屋"を出た直後から、僕達を追って来てたんでしょ?」
「へっ、流石に気付いてやがったか……。一体テメエ、何者なんだ? ──うおっ!」
黒衣の人物の身体が、突然真後ろに勢いよく倒れる。背後にいたフェナが、黒衣の人物の足を払ったのである。
「ぐあっ!」
黒衣の人物が、固い地面に頭を打ち付ける。フェナはある程度は手加減したのか、気絶はしていなかった。
「──"白の騎士団"には見えない。ノーム達は、前王殺害の犯人を捕まえるという大義名分がある以上、僕達の前に、顔を隠して姿を現す理由なんてないよね?」
「その通りよ。こいつら、単純に金銭目的の強盗でしょうね。──きっと、さっきの"仕立て屋"はこの街でも指折りの高級店だったんじゃないかしら。こいつらは、そこから出て来た私達を結構なお金持ちだと予想して、突発的に襲うことに決めた。そんな所かしら」
床に転がる黒衣の人物の頬を冷や汗が伝う。図星だったらしい。
「あれ──?」
クウは地面に横たわる黒衣の人物を見て、何かを感じ取った様子である。全身を覆っていた黒衣の端を掴むと、それを無理に手で剥ぎ取った。
黒衣の人物は、青白い肌をした若い男で──額には"角"が生えていた。
「まさか──"悪魔"?」
「何だよ……何に驚いてやがる。俺は"悪魔"だ。そんな事は、見たら分かるだろうがよ」
黒衣を剥がされた男の"悪魔"は、太々しい態度でクウを睨む。クウとフェナは共に驚きの表情で、男をじっと見ていた。
「何だよその目……。へっ、同情か? "黒の騎士団"に加わるのを拒否して"青の領域"に流れ着いたが、この見た目でちっともまともに働けず──ついには追い剥ぎに手を染める所まで落ちたってだけの、ただの"悪魔"だろ。そんなに珍しいのかよ?」
「"黒の騎士団"じゃない──"悪魔"?」
クウがそう言った時、背後に新たな人影が一つ、気配もなく現れる。
クウが反応して振り向くと、そこには──群青色のロングドレスを着た、妙齢の女性が立っていた。
女性の髪は、ウルゼキアのセラシア王女にも似た──白みを帯びた長い金髪だった。この女性はノーム族なのだろうと、クウは心の中で考える。
「"悪魔"がここにいる事に、驚いてるの? ──もしかして、あなた……"中立都市フィエラル"をよく知らないとか?」
「うわ、びっくりした。……誰ですか? いつから、そこに?」
「おい、お前! そのお方は……!」
"悪魔"の男がクウに向かって、やや取り乱した様子で言う。
「私は、"藍蜘蛛ニニエラ"。ここに来たのは、たった今。素敵な格好をした三人組を見かけたから、何となく追ってみたの。──さっきのあなたが起こした、緑色に光る風。あれって、"輪"の力よね?」
「え、ええ。まあ……」
「緑色の、"輪"。風を操る力。──面白いわね」
女性は唇に指を当て、クウを舐め回すような目つきで観察する。フェナが、心配そうにクウのそばに寄り添った。
彼女がノームであるなら、ウルゼキアの"白の騎士団"と関係している可能性は、他種族よりも高いはずである。クウとフェナの目に、緊張の色が宿る。
「その帽子、素敵。二人共、似合ってる」
「そ、そうですか? ──とりあえず、ありがとうございます」
「風に飛ばされないように、ちゃんと被っておいた方がいいわ。フィエラルは時々、強い海風が吹くから」
女性──ニニエラはそう言うと、指で奇妙な動作をした。何もない空中で、まるで何かを引っ張るかのように、指先を忙しなく動かす。
何の前兆もなく、クウとフェナの帽子が真上に浮かび上がった。二人は驚きつつも、自動的に宙に浮いた帽子を掴み取ろうとする。しかし二人の帽子はその手をするりと抜け、まるで意思を持っているかの如く、ニニエラの手元へふわふわと逃れていってしまった。
帽子の下から、クウとフェナの頭髪が露わになった。
「今のは……!」
クウは目を凝らし、ニニエラの手元を見る。彼女の十指全ての指先から、それぞれ──小さな"紫色"の光を帯びた"輪"が出現していた。
「──"紡蜘蛛"」
ニニエラが、"輪"の名前と思わしき言葉を呟く。よく見ると、ニニエラの手からは、細い糸状の何かが伸びており、それがクウとフェナの帽子に接続されていた。
「あら、帽子が飛んできちゃった。──はい、どうぞ」
ニニエラは何食わぬ顔で二人に近寄ると、帽子を差し出す。クウとフェナはすぐさま彼女の手から返却された帽子を被り直し、頭髪を隠した。
「夜色の髪──。お前、"七色油"まで持ってやがるのか。けっ、贅沢なこったぜ」
「"七色油"? ……え、何だって?」
"悪魔"の男が、クウを見て妙な発言をした。しかし男はクウに丁寧な説明をする気など無いらしく、そのまま口を噤んでしまう。
「"七色油"を知らないんだ。知らないふりをしてるようには、見えないわ。──つまり、本物?」
ニニエラの言葉に、クウは無言で視線だけを返した。
「そっちの彼女も、奇麗な色の髪をしてた。──あなた達、やっぱり例の二人組なのね」
「"藍蜘蛛ニニエラ"って言ったかしら。あなた、何者なの? 見た目はノームなのに──黒の"輪"を持ってるなんて」
フェナは鋭い視線で、先程──"紫色"の光を放ったニニエラの指先を見ている。
「あなた達の事を教えてくれたら、私の事も教えてあげる。──ねえ。場所を変えて、ゆっくり話さない?」




