30.舞踊千刃の脅威
「さて。残った君達には、もう一度挽回のチャンスを差し上げますねえ。再び"メルカンデュラ"中を探し出し、住民共と白の騎士共を捕らえるのですねえ。……分かりましたか?」
シェスパーの声色は穏やかなものだったが、何とも言えぬ威圧感が込められていた。
黒の騎士達は、各々が大声で返事をすると、蜘蛛の子を散らしたように各方向に走り去って行った。
その場面を終始見ていたクウとフェナは、息を殺して互いを見る。
「──あれがシェスパー? ゴーバより身体が小さいね」
「外見で判断してはダメよ。見た目に反して、かなり危険な奴だわ。──それとクウ、気付いた? 奴の足元」
「うん、僕も見てた。シェスパーの足元から、紫色の波動みたいなのが出てたね。あれは、"輪"でしょ?」
「ええ、間違いないわ。でも、妙ね。──あいつの"輪"、完全にあいつの本体じゃなくて地面と同化してたわ。魔術師の"輪"は、魔術師本体の身体から展開されるものよ。本体の身体から独立してる"輪"なんて、初めて見たわ……」
「僕も気になる事があるんだよね。あの力の正体は、もしかして……」
クウはそこで、もう一度シェスパーのいる方向を見ようとした。
シェスパーが、いなかった。
「──おや、あなた達。一体、何者ですかねえ?」
クウとフェナが振り向き、上を見上げる。
空中に浮遊するシェスパーが、顎に手を当てながら二人を見下ろしていた。
「緑色の衣、そして夜色の髪。──おお、あなたは、滲み沼の"ホス・ゴートス"を開放した人間ですねえ? そして、そちらの女は──」
シェスパーはじっくりと観察する様に、フェナを見ている。フェナは気味悪そうに、クウのいる方に少し身を寄せた。
「──"上位吸血鬼"ですねえ。これは珍しいですねえ。イルト屈指の稀少種をこんな場所で二匹も見つけられるとは、私は運が良いですねえ」
「一つ忠告を差し上げるわ、"舞踊千刃シェスパー"。──その高さは、私の射程範囲内よ」
フェナは自分の腰から──先程倒した黒の騎士から奪い取っていたらしい、黒い直剣を素早く抜いた。一瞬で剣技の構えを取り、シェスパー目掛けて跳躍する。
フェナの凄まじい速さに、シェスパーは回避行動が間に合わない。フェナの袈裟斬りが、シェスパーの喉に届く──と、思われた。
「──うっ! これは、何……!?」
「フェナ──?」
クウが、フェナの異変に気付く。
フェナの剣は、シェスパーの身体に当たる直前で止まっていた。フェナの手から勢い良く振り下ろされた剣はフェナの攻撃の意思に反する様に、あらぬ方向へ飛んで行ってしまう。
剣が予想外の動きをしたことで、フェナは宙で体勢を崩した。咄嗟に宙返りをしたフェナは、クウの横にどうにか無傷で着地する。
「驚きましたねえ。──"上位吸血鬼"の身体能力を、少々侮っていた様ですねえ。無礼を詫び、私も本気を出させて頂きますねえ」
シェスパーは着ていたロングコートの裾を、手で翻した。コートの内側から──無数のナイフが空中に出現する。
「私の──"舞踊千刃"という二つ名の由来を、今からお教えしますねえ」
シェスパーが片手を真上に上げると、無数のナイフがシェスパーの身体を軸に高速で回転し始めた。クウは今から起きる事を察し、フェナを庇う様に前に出た。
「おや、"人間"。あなた──紳士ですねえ」
シェスパーはクウを嘲笑すると、頭上に上げていた片手をクウに向けた。無数の刃が、クウとフェナに放たれる。
「くっ──!」
クウは"朧剣スルウラ"の半透明な刀身を盾に、間断無く向かってくるナイフを受け止める。金属音を伴った無数の衝撃が、クウの手元で火花を散らしながら巻き起こった。
「クウ!」
剣を失い丸腰になったフェナは、クウの身体の陰から動く事が出来ない。
雨の如きナイフの攻撃が止んだ。クウは防御の構えを解き、地面に片膝をつく。クウの身体には──数本のナイフが突き刺さっていた。
「クウ、あなた──!」
「大丈夫。急所は外れてる……と思う」
苦しそうな表情のクウは、上空に浮くシェスパーの姿を目視確認しながら、フェナの手を引いて物陰に隠れようと移動する。
「おっと、逃がす気はありませんねえ」
シェスパーは再びロングコートの裾を手で捲る。無数のナイフが再び空中に列を成し、回転を始めた。
「さて、次は何処に何本刺さりますかねえ? ──楽しみですねえ」
シェスパーは空中を浮遊しながら、クウとフェナを追い続ける。シェスパーとの間に障害物を挟もうと考えるクウだが、肝心のシェスパーが自在に宙を動き回る為、上手い位置取りが出来ない。
「さあ、また行きますねえ。頑張って避けて下さいねえ。──むっ?」
シェスパーが再び攻撃の姿勢を見せたと同時に、クウの左腕が緑色に光った。クウの腕の"輪"から、どちらかと言うと爆発に近い強風が放出される。
爆風は、クウとフェナから少し離れた位置──地面の間欠泉に当たった。爆風によって刺激された間欠泉から、濃い黄色の気体が広範囲に拡散する。
「ちっ……!」
シェスパーが舌打ちをした。シェスパーの視界に捉えていたクウとフェナの姿が、黄色の気体に覆い尽くされてしまう。
シェスパーは脱力して両手を下げる。シェスパーの身体を公転する、無数のナイフの回転速度が緩んだ。
「あの人間、私と同じ"輪"の魔術師ですねえ。あれは、風を操る能力ですかねえ? 逃がすと後々面倒そうだ。何としても、ここで仕留めておきたいですねえ。──部下の騎士共は先程の脅しが利いて、暫くは戻って来そうに無い。ここは、私一人で何とかするしかありませんねえ」
シェスパーが気だるげにそう呟いた時、背後から突如、シェスパーの背中に向かって何かが勢い良く飛んできた。
「おっと──!」
シェスパーが反応して振り向くと、飛んで来た何かは先程と同様に、シェスパーの身体に当たる寸前で止まった。
投擲物の正体は、刃先に血の付いたシェスパーのナイフだった。シェスパーはナイフを抓み、顔に近づけてそれを観察する。
「"人間"め……。先程の攻撃で刺さったナイフを体から抜き取り、爆風に乗せて矢の様に放ったのですねえ。私の武器を用いて、私と同じ方法で、私自身を傷付けようとするとは……私に対する挑発なのでしょうかねえ」
シェスパーの声に、苛立ちの感情が乗る。
再びシェスパーに向かって、血の付いたナイフが射出される。今度のナイフは──堂々とシェスパーの真正面を狙って放たれた。
シェスパーはまるで意に介さず、体の手前で止まるナイフを見ようともしない。
「一度ならず二度までも……。良いでしょう、"人間"よ。まずはお前から、相手をしてあげますねえ」
シェスパーの見下ろす地上には、まだ黄色い気体がある程度残っており、見通しは悪いままである。しかし、ナイフの飛んで来た地点からは僅かながら緑色の光が生じていたのを、シェスパーは見逃してはいなかった。
シェスパーは自身の周囲を回るナイフを再び高速回転させ、クウの潜んでいると思わしき地点目掛けて一斉に放った。ナイフの速度は先程の攻撃より──格段に速い。
「ふん……。むっ?」
攻撃を終えたシェスパーが、訝しそうにナイフの着弾した場所を見る。黄色い気体が、次第に晴れていく。
クウは──金属加工に用いられる巨大な金床の裏に身を隠し、ナイフの攻撃をやり過ごしていた。
「ふう、危なかった……。目眩ましの隙に、どうにかここへ隠れられたよ……」
「小賢しいですねえ……!」
苛立ちを更に募らせるシェスパーだが、ここで冷静さを取り戻す。クウの傍に──フェナがいないと気付いたのである。




