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27.夜の脱出

◇◇

 "銀鶏館(ぎんけいかん)"でクウ、フェナ、ソウ、セラシアが集合し、今後の行動に関する話し合いを終えた数時間後である。日はもうすっかり沈んでいた。


 ウルゼキアの高壁(こうへき)の外、道を外れた目立たない場所で、クウとフェナは息を(ひそ)めていた。二人は身を寄せ合い、草叢(くさむら)に隠れながら中へと通じる巨大な門を見ている。


「ソウが、あの後すぐに"浸洞(レオナ)"で"銀鶏館(ぎんけいかん)"から脱出させてくれた所までは良かったけど……このままじっと待ってていいのかな? ──"後で迎えに行くから待ってろ"とは、言われたけどさ」


「待ってていいんじゃない? あの男、怪しい見た目に反して結構義理堅(ぎりがた)そうだもの。クウの事、最後までしっかり助けてくれそうな気がするわ。──ただ、あの時私に売った喧嘩(けんか)は、この先も根に持つわよ」


「あれはひどいと思ったけど、ソウも悪気があった訳じゃ……いや、あったかも。でも、ソウは悪い奴じゃないよ。──そう言えばフェナ、足の具合はどうなの?」


「かなり良くなったわよ。──ほら」


 クウの問い掛けに、フェナは包帯の巻かれた足を大胆(だいたん)露出(ろしゅつ)させる。出血は完全に止まっている様である。心なしか、傷の大きさも縮小しているように見えた。


「私自身、驚いてるわよ。吸血鬼には自己再生能力が備わっているのだけど、それにしても回復速度が速過ぎるもの。クウの血がいい薬になったのかしらね。うふふっ」


「それなら良かったよ。でも、無理に動こうとはしないでね?」


「優しいのね、ご主人様。──でも動けないと、あなたの役に立てないわ。それは困るわね」


「そんな事、今は考えなくてもいいよ。──とりあえず今は、ソウをが来るのを待たないと」


 クウがそう言った時、まるでその言葉に応えるかのように、紫色の光に縁取(ふちど)られた亜空間(あくうかん)が、門の付近に出現した。


 ソウは一人では無かった。セラシア王女と、もう二つ、四足歩行の何か人型では無い生き物が、亜空間から次々と出現する。


「──おい、クウ! 俺だぜ、とっとと出てこい!」


 (おど)しの様な呼びかけに、クウはフェナと共に、ゆっくりと姿を現す。


「よお、バカップル。そこにいたのか」


「クウさん、お待たせしてしまいましたわね。申し訳ありませんわ」


 セラシアがぺこりと礼をしつつ、自分の後方を指で示す。四足歩行の生物の正体は──馬具(ばぐ)を一通り装備した、二頭の馬だった。


「必要なモノを(そろ)えるのに、時間が掛かってしまいましたの。──クウさんとフェナさんのお二人に、こちらを差し上げますわ。どうぞお使いくださいませ」


「馬!? 馬ですか!? ──セラシア王女、僕は……乗馬の経験なんて無いですよ?」


「あら、それほど難しくはありませんわよ? (くら)(またが)り、(あぶみ)に足を入れ、(くつわ)から伸びる手綱(たづな)を握るだけですわ。──心配は要りませんわよ。クウさんは何と言っても、伝説の"人間"ですもの。乗馬程度、すぐにこなせますわ」


「その説明だけで可能だと思えませんけど……乗らない選択肢(せんたくし)は無さそうですね」


「心配無いわよ、クウ。馬なら、私が慣れてるから」


 フェナがそう言って、馬の一頭に()れた様子で騎乗(きじょう)する。


「──ほら、クウ。いらっしゃい」


「え、君の後ろに? ちょっと乗りづらいな……」


 馬上から差し伸べられたフェナの手を取り、クウは覚束無(おぼつかな)い足取りで、フェナの真後ろに腰を落とす。


「あっ……。ち、近い……」


「──クウに手綱を取らせるより、この方が良さそうね」


 フェナは馬上からセラシアを見る。


「セラシア王女、御覧(ごらん)の通りよ。馬は一頭で充分(じゅうぶん)みたいだわ」


「あら、そうですの? ──まあ、その馬は毎日の様に甲冑(かっちゅう)を着込んだ騎士達を乗せて走り回っておりますから、軽装備のお二方を赤の領域まで運ぶことなど、造作も無い事ですわね」


 セラシアはそう言うと、(ふところ)から何かを取り出し、クウに向けて差し出す。


「それではクウさん、これを。──それを(わたくし)と思い、肌身離(はだみはな)さず持っていて下さいませ」


「これは?」


 クウが受け取ったそれは、紐で結ばれた小さな小包(こづつみ)と、(からす)(かたど)った小さな白銀の彫刻(ちょうこく)だった。外見からは用途(ようと)が一切分からず、クウの眼にはただの置物にしか見えない。


「そちらは石魔(ガーゴイル)。彫像の形を取った、魔術師専用の魔道具(アイテム)であり、使い魔ですわ。──魔力を込めると、それと同じ形をした石魔(ガーゴイル)を持つ者と《つな》繋がる事が出来ますの。離れた場所に声を届けたり、視界を送り込んで見た物を共有するなど、持っていて損の無い一品ですわ」


「つまり──携帯電話みたいなモノですか。まさかイルトに、そんな汎用性(はんようせい)の高い道具があるなんてね。──頂きましょう。ありがとうございます、セラシア王女」


「礼には(およ)びませんわ。──無事、赤の領域に到達しましたら、石魔(ガーゴイル)に向かって念じて下さいませ。私に通じた時は、目の部分が赤く光る(はず)ですので」


「分かりました。やってみますね。──こっちの小包は?」


「それは"大盾のドルス"に渡して下さいませ。その際、彼に私の事をお伝え下されば宜しいですわ」


「分かりました。ありがとうございます、セラシア王女」


 クウは腰袋に、丁寧(ていねい)な所作で石魔(ガーゴイル)を仕舞う。


「クウ。そら、俺のも持っていけよ」


 ソウが馬上のクウに向かって──石魔(ガーゴイル)放り投げる。クウが両手で受け止めたそれは、セラシアの物とは形状が異なり、群青色(ぐんじょういろ)(くじら)の様な見た目をしていた。


「万が一危ねえ目に()ったら、そいつで俺を呼べ。具体的には──"十三魔将"と遭遇(そうぐう)した時、とかな」


「呼んだらどうするの? どんなに遠い所にいても、"浸洞(レオナ)"で一瞬でワープして来てくれるとか?」


「場合によっては、そうしてやる。──言っとくが、面倒が起きそうだったら、そうなる前に知らせろよ。領域の境界を超える規模の長距離移動は……骨が折れる上に後の反動が怖えけど、必要ならやってやるさ」


「……ありがとう。助けが欲しくなったら、その時は頼むかも」


「おう、そうしろ」


 ソウは次に──フェナを(にら)んだ。


「悪いが言わせてもらうぜ、"蝮鱗(ふくりん)のフェナ"。俺はお前を、信用出来そうにねえ」


「気が合うわね。私もあなたの事、好きじゃないわ。──参考までに聞かせてもらえるかしら。私、どうしてあなたに嫌われてるの?」


「お前が隠してるからだ。俺にじゃねえぞ。──クウに対してだ」


「隠してる? ──何をかしら」


「さあな。──だが、それが何か分かったら、俺がクウに教えてやるさ」


 ソウはそう言うと、(きびす)を返して何処かに立ち去ろうとする。


「……クウ、油断するんじゃねえぞ」


 ソウは夜の(とばり)の中に、溶け込むように消えて行った。


「──さて。それじゃあ、クウ。そろそろ行くわよ」


「え、動くの!? 待って! 僕はどうすればいいの!? 何処に手を入れて、何処に足を置いたらいい!?」


「両手は私の腰を(つか)んで。足は(あぶみ)にでも引っ掛けておきなさい。それと、口は閉じておく事ね」


「行くんですのね。──どうかお二方、道中、お気を付けて」


「ちゃんと気をつけるわよ。──本当にありがとう、セラシア王女。この恩には、いずれ(むく)いるから」


「あら、その言葉は覚えておかなくてはいけませんわね。期待させて頂きますわ」


「ええ、期待してて」


 フェナは馬の手綱(たづな)の紐を、鞭の様に打ち付けた。


「フェナ! 待って! うわあっ──!」


 馬が(いなな)き、前方へと駆け出す。クウは素早くフェナの腰にしがみ付いた。


 遠ざかる二人の姿を、セラシアは(しばら)(たたず)んで見つめていた。

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