26.赤の領域を目指して
「なあ、"蝮鱗のフェナ"。俺の抱く、当然の疑問に答えてくれよ。──そもそもお前、本当にジョンラス王に追われる心当たりはねえのか?」
「──無いわね。その態度を見る限り、信じてはもらえないようだけれど」
「もう一度聞くぜ。──本当か?」
フェナは眉を顰め、警戒心に満ちた顔でソウを見る。
「俺が知ってる範囲の事を話すぜ。──"蝮鱗のフェナ"。"黒の領域"出身。体から作り出した猛毒と流派不明の剣技を使いこなし、イルト各地の悪魔族狩りで名を馳せた女傭兵。──種族は上位吸血鬼。魔力を持った人型生物の血液を、一定量以上摂取する事で変質した──本来は知性を持たないはずの吸血鬼の稀少個体だ」
クウがフェナの横顔を見る。フェナは──牙を剥き出してソウを睨み付けていた。ソウは気に留める様子無く、話し続ける。
「吸血鬼が上位吸血鬼に進化した際の個体性能は、変質時に摂取した血液の質と量に比例する。そして進化の条件は、良質な魔力を持った大量の血液を体内に取り込む事らしいな。──お前に説明してんだぜ、クウ」
クウは何も言わないが、ソウの話をじっと聞いていた。
「大量の血液ってのは、言葉通りだぜ。吸血対象が失血死するレベルの量だ。それと良質な魔力ってのは、イルトにおける上位種の生物に備わってる魔力さ。──"大悪魔"や、俺達"人間"、イルト最大の国、ウルゼキアの王族とかな」
セラシアが、ソウからフェナに視線を移す。
「なあ、"蝮鱗"。お前はウルゼキアの先王の血を啜って変質した吸血鬼なんじゃねえか? あのジョンラス王が理由もなく、"輪"を開放して襲いかかって来る訳がねえだろ」
クウは沈黙を貫いていた。フェナは何処か悔しそうな表情で、クウの腕に益々強く絡み付く。
「クウ、お前はどうなんだよ。この女と知り合ってまだそんなに時間は経ってねえだろ? こいつは、信用できる奴だと思うか?」
「僕は──フェナを信用できると思う」
「大して考えもしねえで、よく言うぜ」
ソウは不服そうな顔をする。
「ソウの意見は理解できるけど、フェナが本当にソウの言う通りの吸血鬼とは限らないでしょ。──それにフェナは、僕の傭兵として雇う契約をしたんだ」
「あん? 契約だと? ──つまり、その女と離れるつもりは無いってか?」
「まあ、そういう事かな」
ソウは頭に手を当て、呆れた様に下を見る。
「もういいさ、勝手にしろよ。その女と一緒だってんなら、セラシア王女の言った通り、ウルゼキアから出るしかねえぞ。何たって王様に嫌われちまってんだからな。──イルトの平和の為に悪魔族と戦うってお前が、最大の味方を得るチャンスを棒に振る事になるんだぜ」
「"白の騎士団"と連携しなくても、悪魔を倒す事は出来ると思うよ。──ジョンラス王がこの先も僕らを捕まえようとして追って来たとしても、僕はジョンラス王を敵に回す気は無いから」
「あの状態のお父様を見ても、そう言って下さいますのね。クウさんは、寛大な方ですわ」
椅子に座るセラシアが、久しぶりに口を開いた。
「心苦しいですが、ひとまず今はクウさん達に、ウルゼキアの外に逃げて頂く事が先決ですわ。クウさん達がお父様の手に落ちればどうなるかは、私にも想像が付きませんから。──私の思いつく限り、今クウさん達を逃がせる場所は、二つ候補がありますの。中立都市"フィエラル"を中心とする"青の領域"と、"ガガランダ鉱山"を中心とする"赤の領域"ですわ」
セラシアの言葉に、突然ソウが挙手する。
「クウは、俺が"青の領域"に連れて行ってやるよ。──俺はイルトに来て間も無くの頃、中立都市"フィエラル"を拠点に生活してた時期があるんだ。自分で言うのもアレだが、俺はあっちじゃかなり名の知れた魔術師だからな。知り合いをの面倒を見るぐれえなら出来るぜ」
セラシアはソウに同意する様に頷く。
「それがいいかも知れませんわね。──個人的には、クウさんには"赤の領域"をお勧めしたかったのですけれど」
「"赤の領域"? どうしててすか、セラシア王女」
「頼れる味方が一人いるからですわ、クウさん。──"白の騎士団"の円卓に座る事を許された将軍の一人、"大盾のドルス"。彼は現在、黒の騎士団の攻勢が著しい赤と白の領域の境界で、黒の騎士団の侵攻を食い止める任に就いておりますの。彼は私の懐刀とも言うべき騎士で、私の名を出せば必ずクウさん達にも、手を貸してくれますわ」
「白の騎士団の一員であるのなら、ジョンラス王の命に従って僕らを捕まえようとするんじゃ……?」
「そうはならないと確約しますわ。ドルスに私の持ち物と一目で分かる様なモノを見せれば、彼の反応は確実に友好的なものになりますわよ。彼はお父様よりも、私の命に従う従順な騎士なんですの。──性格的には癖がありますけど、根は誠実で真面目な男ですわよ」
「そうなんですか」
クウは、ソウとセラシアを交互に見る。
「ソウ。僕は──"赤の領域"に行きたいと思う」
「あん? ──いいのかよ。セラシア王女の話、聞いてただろ。赤と白の領域の境界は、黒の騎士団の動きが激しいらしいぜ?」
「だからこそだよ。ソウはきっと、僕を安全な場所に匿ってくれるつもりだったんでしょ。でも僕は、安全圏でじっとしてるより、他の場所で勇敢に戦ってる人に力を貸したいんだ。──それに、セラシア王女は僕とフェナを信じてくれたからさ。僕の方も、王女を信じたいんだよ」
セラシアが上品に微笑む。ソウは頭を掻き──小声で好きにしろと呟いた。
「ねえ、フェナ。君はどうかな?」
「勿論、文句は無いわよ。こう言っておくわ、クウ。私は何処であろうと──あなたの行く場所に付いて行く」
「そっか。──良かった」
互いを見る二人の横で、クウはわざとらしく溜息をついた。
「クウ。言いそびれてたが──俺にはちょっと足してえ用事があってな。もう少しばかりしたら、"青の領域"に向かうもりなんだ。残念だが、今回お前には同行してやれそうにねえんだよ」
「え、そうなの?」
「お前を説得して、一緒に行くつもりだったんだよ。だが、どうだ? 少し目を離した隙に──吸血鬼を口説いてるわ、王女と仲良くなってるわ、王様に嫌われて追われてるわで、てんやわんやじゃねえか。予定が完全に狂ったっての」
「僕の意思で起こした出来事は、一つも無いんだけどね……。でも、そっか。ソウとはもう一緒には行けないんだね」
「今生の別れみてえに言うなよ。──事が済んだら、また合流すりゃいいだろ」
ソウはそこで、部屋の窓を見る。外には、白の騎士団らしき甲冑姿の男達が走り回っている様子が見える。
「だがまあ、一緒に"大悪魔"を倒した仲だしな。──また、一肌脱いでやるぜ」
ソウは精神統一の後、黒の"輪"を展開した。




