表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/64

02.賢者ウィルノデル

 同じような景色ばかりが続く森を、籠を持った少女はクウの手を引きつつ、迷いなく進んでゆく。クウは獣道(けものみち)同然の悪路(あくろ)に足を取られ、何度も転びそうになった。


 十数分程進んだところで、視界が開ける。


「着きました。ここが私の村です」


「ここが君の村? (すご)いね……」


 クウは目を輝かせた。


 見た事も無いような巨大な樹木が、そのまま巨大な住居になっている。


 (みき)の部分には無数の穴が穿(うが)たれ、そこから通路が外周を囲む様に作られている。幹から伸びた枝の上には、組み木で(こしら)えられた家屋が不規則に並んでいて、少女と同じような耳の長い人々が出入りしている。


 童話の世界にでも描かれる様な、幻想的な光景だった。


「ほら、入口はこっちですよ」


 クウははっとして樹木から少女に視線を移す。


 少女はクウの手を更に強く引き、樹木の根から地面へと伸びた、樹木の上層部へ通じているらしい階段へと案内する。


 少女に連れられるまま、クウは最上階らしき扉の前に到達した。ここに至るまで、長い耳を持つ村の住人達に何度驚きの表情を向けられただろうか。クウには数えられなかった。


 少女はここで、(ようや)くクウの手を放す。


「賢者様、いらっしゃいますか?」


 少女は扉を(こぶし)でノックしながら、一際(ひときわ)大きな声で応答を求めた。


 ゴトンと重い音がして、扉が開く。


 髪を後ろで結んだ長髪の若い男性が現れた。男性は身振りで少女とクウへの入室を(うなが)し、二人が中へ入るのを確認するとすぐにまた扉を閉め、(かんぬき)でしっかりと施錠(せじょう)する。


 ここでクウは、室内にもう一人いたという事に気付く。


 部屋の中央、見るからに値打ちのありそうな赤い絨毯(じゅうたん)の上に、老人が鎮座(ちんざ)していた。


 顔中に深い(しわ)が刻まれた老人である。頭髪は一切無く、他のエルフよりも耳が長く鋭い。両手を(ひざ)の上に置きながら瞑目(めいもく)し、深呼吸を繰り返している。


 見るからに、只者(ただもの)ではなさそうだった。


「──ナリア。よく来たね」


「お久しぶりです、賢者様。お体の調子はいかがですか?」


「ああ、(すこぶ)る良いね。ナリアが取って来てくれた薬草の効きが良いのだろうね。ありがとうね」


「どういたしまして。また必要になりましたら、いつでも取って参ります」


「ああ、またお願いしようかね」


 エルフの少女は、ナリアという名前だったようだ。今更ながら彼女の名前を知ったクウは、自己紹介を忘れていた事を後悔した。


「おやおや。これは驚いたね。──そちらの方」


「えっ。あ、はい」


 老人は、目を閉じたままクウの方を向いて言った。


「名は、何と仰るのかね」


「えっと、蔵王空介(ざおうくうすけ)と申します」


「ザオゥ……クゥス? ふむ。随分(ずいぶん)と難しい発音をなさるのだね」


「あ、では──クウとお呼び下さい」


「クウ……ふむ。では、クウ君とお呼びしようかね」


 会話は成立するが、どんな日本語も通じる訳では無いらしい。クウの名前はエルフには不可解な響きを持つ言葉であった様だ。


「ナリア。クウ君は、どんな外見をしているのだね」


「はい。彼は耳が短く、髪の色は──夜色です。イルトの伝説、"人間"の外見的特徴をそのまま備えているようです。まさか、"イルト語"を話せるとは思いませんでしたが」


「え、イルト語?」


 クウは思わず鸚鵡返(おうむがえ)しにそう聞き返す。


「イルト語っていうのは何? 日本語の間違いじゃないの?」


「何ですか、急に。イルト語はイルト語でしょう」


 少女──ナリアが、やや不機嫌そうに反論する。


「そうかね。では、彼は──"人間"なのかね」


 老人はそう言って、閉じていた目を開く。


 両目の(ひとみ)が、酷く白濁(はくだく)していた。


「あなたは……目が?」


「ああ。(わし)の眼はもう、開いていても閉じていても同じなのだね」


 老人が態々(わざわざ)ナリアに、クウの外見を聞いた理由が判明した。


「だが、盲目(もうもく)であろうとも知りたい事を知る術すべはあるのだね。儂は──"(りん)"を持つ魔術師であるのだからね」


 老人は両手をクウの顔の前に(かざ)し、深く息を吐く。


「クウ君。──失礼するのだね」


 老人の手が、緑色に光った。


 鮮烈な緑色の光が、見た事の無い文字の羅列(られつ)に変わって円を描く。老人の両手には光る刺青(いれずみ)の様なものが突然現れ、突き出されたその両手を中心にして、謎の文字が高速で回転を始めた。


「"叡智錐(ピタゴラス)"」


 老人がそう(つぶや)くと、空中に光る緑色の三角錐(さんかくすい)が出現した。その三角錐を中心にして大小様々な数字が宙に浮かび、現れては消える。


 そんな謎の現象が、十数秒続いた。


 老人が、唐突に突き出していた手を下げる。すると、宙に展開されていた緑色の三角錐と数字が、瞬時に消滅した。


「ふむ、なるほど。──面白いのだね」


 老人は何かに納得(なっとく)した様子で(うなづ)く。両手に現れていた刺青(いれずみ)の様な模様も、徐々に薄くなり、やがて完全に消えた。


「今のは何ですか?」


「"輪"の魔術だね、クウ君。分かるとも。君は初めて見たのだね。説明しよう。"輪"とはこの世界──"イルト"の生物が(まれ)に発現させる、固有魔法の(たぐい)なのだね」


「たった今ここに出現した、あの図形ですか?」


「その通り。儂の輪は"叡智錐(ピタゴラス)"という名で、出現させた図形の内側に位置しているものを知る事が出来る能力なのだね」


「知る事が出来る、とは?」


「そうだねえ。(ふう)をされた箱の中身を当てる事が出来る。隠し事をしている者の秘密を暴き立てられる。まあ、その程度の力なのだね」


「じゃあ今は──何を知ったんですか?」


「君の正体について少々、だね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ