18.ウルゼキア王国
「ウルゼキアへ。やはり、そうでしたか。──この周辺には、あの巨大な城へ行く以外の目的なんて、何もありませんからね。そうじゃないかと思ってはいたんですよ」
アールマスは小刻みに何度か頷く。
「ウルゼキアには、俺も近々、農作物とワインを売りに行こう思ってたんです。──実は俺、こう見えてウルゼキアの大型商人ギルドに所属してましてね。自分で言うのもアレですけど、ギルド内でもそこそこの発言権があるんですよ」
「ギルドって、商人や職人が相互扶助の目的で作られる団体──ですよね?」
クウが生真面目な顔でアールマスに尋ねる。
「ええ、そうです。ウルゼキアのギルドは基本的に、ウルゼキアの城壁の内側に暮らす上級国民にのみ、構成員となる資格を与えています。俺の様に、こんな白の領域の外れに住む下層民など、本来なら門前払いです。しかし、何事にも例外はありますからね」
「アールマスさんの在籍するギルドは、身分の貴賤を問わない、という事ですか?」
「まさにその通りです、クウさん。──俺のギルド"調和のゴブレット"は、ノームを身分では無く扱う品物の質で評価してくれます。ここは辺鄙な村ですが、肥沃で広大な土地があり、真面目で働き者な村人達がいる。この村で生産されたワインや生ハム、野菜類は、ウルゼキアの市場でも高い評価を受けてるんですよ。そしてそれが、俺のギルド加入の契機になったという訳です」
「それは納得ですね。ギルドは、良い判断をしたでしょう」
「ありがとうございます。──俺はあくまでこの村の村長を名乗っていますが、実質、ここら一帯の領主なんですよ。俺の最終目標は、もっとワインや作物を売って金を稼ぎ、いずれウルゼキアの壁の内側に家を買う事なんです」
アールマスが、自分のジョッキを一気に飲み干した。
「──ねえ、ソウ。ウルゼキアって結構いい国なんじゃないの? 君に聞いた話だと、アールマスさんの話よりもっと、厳格な王様に治められてる怖い国ってイメージを受けたけど」
「確かに、白の領域の住人の話と俺の話とじゃ、多少の齟齬はあるだろうさ。だが、俺の言い分も間違っちゃいねえと思うぜえ」
ソウはふらふらと頭を左右に揺らしている。
「ウルゼキアは、白金で出来た壮麗な城と広大な城下町、それを囲う強大な城壁で構成された王国さ。現在はノームの若き王、"ジョンラス王"に統治されてるぜ。──ああ、クウにはここまでは話した事もあったか? まあ、俺が拠点として活動してんのは別の領域だったから、ぶっちゃけ、こっちの土地にはあまり詳しい訳じゃねえんだけどな」
「ソウが活動してたのは、主に"青の領域"だったんだよね」
「そうさ。だが、ウルゼキアはイルト最大の国だからな。全く知らねえ訳でもねえし、ウルゼキアに立ち入った経験もあるぜ。──俺のウルゼキアに対する印象は、一言で言えば王権が絶対的な国、だな」
アールマスが神妙な顔になる。ソウの遠慮を知らない意見に、何か思う事があったらしい。
「独裁国家とは違うぜ。単純に、王権が絶対的なのさ。──国王が理不尽な法律で国民を弾圧してるんじゃねえ。寧ろ、国王は国民に圧倒的な支持を受ける名君で、国王自身、常に民の生活を第一に考える善政を敷いてるのさ」
「優しい王様って事?」
「いや、厳格な王様だな。だが、恐れられつつも尊敬もされてるんだ。──ウルゼキア国民は、ジョンラス王の下す判断をとにかく疑わねえ。ジョンラス王に関する事は、国内の法律も、他の領域との外交も、ウルゼキアの国民達はとにかく王の行動は正しいと考える奴が大半なんだ」
クウはちらりとアールマスを見る。アールマスは真剣な面持ちでソウの話を聞いていた。
「絶対的な権力を行使しながらも臣民の支持は失われない。そんな事、他の領域──例えば青の領域じゃ考えられねえんだよな。そういう意味じゃ、"怖い国"って表現も強ち的外れじゃねえよな?」
「理想的な国家だね。特に、僕らの前世の母国と比べると」
クウとソウの視線が合った。アールマスが不思議そうな顔をする。
「──あの、一つ思いついた事があるんです。いいですか?」
「はい、何ですか? アールマスさん」
「俺、ウルゼキアには商品を売りに行くつもりだったとさっき言いましたけど、それは明日にしようと思うんです。──その、お二方がもし良ければ、同行して頂けませんか?」
「明日──ですか」
クウはソウを見る。ソウの顔は、茹でられた様に真っ赤になっている。
「お話を聞いた限り、お二方はウルゼキアにそれほど詳しくは無いんでしょ? さっき言った通り、俺はギルドを通じてウルゼキアで商売をしています。土地勘のある俺と一緒なら、かなり町が歩きやすくなるかも知れませんよ」
「それは、ありがたい提案ですね。ソウは分からないけど、僕はウルゼキアに知り合いが一人もいませんから。──それにアールマスさんは、僕らと一緒にいれば、万が一また黒に騎士団と出くわした場合にも、多少は安心出来ますしね」
「ああ、お見通しでしたか。これは失礼。──でも、提案自体はどうです? お互いに、悪い話ではないと思いますよ」
クウはそこで、再びソウを見る。ソウは机に涎を垂らしながら、幸せそうな顔で寝息を立てていた。
「その通りですね。それじゃ、一緒に行きましょうか」
◇◇
翌日の朝。アールマス家の豪華な食事を堪能したクウとソウは、アールマスの操作する幌馬車の中で外の風景を眺めていた。
二人の表情は対照的である。クウは笑顔で景色を楽しみ、ソウは青い顔をしながら、口に手を当てて馬車の揺れを気にしていた。
「──ああ、畜生。気持ち悪いな」
「ソウ、馬車の中には吐かないでよ? ああ、黒の騎士団が今来たら、まずいね。君が戦力にならないとなると……」
「心配いらねえさ。この程度で、あのマヌケ共に不覚を取る訳ねえからな」
「その顔で言われても、信用できないね。──君、本当に大丈夫? フードと顔の色が同じになってるよ」
「大丈夫だっての。お前こそ無理に動こうとすんなよ。──背中の火傷、マシにはなっただろうが、まだ無茶出来る程じゃねえだろうが」
ソウの言葉に、クウは自分の肩を触る。
「心配ないよ。もう少ししたら、包帯も取れると思うから」
「嘘つけ。たった今、無理すんなって言っただろうが。──それにお前、そもそも自分の武器さえ持ってねえだろ? いつも黒の騎士共の獲物をくすねてるじゃねえかよ」
「それも心配ないんだ。──実はさっき、賢者様に貰った例の袋の中を、何となくもう一度調べてたんだよね。そしたら、ほら」
クウが腰の辺りから、何かを取り出した。




