17.ノームの村
◇◇
イルト、白の領域。白金の王国"ウルゼキア"からやや離れた位置にある、ノームの暮らす小村。
村の殆どの家屋は半壊していた。甲冑を纏った黒い騎士達が村の至る所に屯しており、住人達は全員──黒い騎士の手によって、黒い馬車に収容されていた。
巨大な一頭の黒馬に連なった馬車である。車輪や側面の部分に悪趣味な彫刻が施されており、後方には鉄格子の扉が鎖と錠で閉じられている。
「──へへっ。今日は大漁だな」
黒い騎士の一人が、下卑た笑いを浮かべながら馬車の荷台を覗く。中には金色の髪に金色の瞳を持つ若い男女が、身動きの取れない密度で犇いている。ノーム達である。
ノーム達は全員が縄で縛られ、今にも泣き出しそうな表情をしている。黒い騎士はそんな様子を見て、残酷そうににやりと笑った。
「とっとと出発しようぜ? こんな汚ねえ村に、もう用はねえだろ」
「おう。こいつらに、新しい家をくれてやらねえとな。ここらで一番近い牢は──滲み沼の"ホス・ゴートス"か?」
黒い騎士が、同じ鎧姿の騎士に聞く。
「いや。あそこは──もう使えねえ。お前、知らねえのか? あそこは先日まで"紫雷のゴーバ"様が滞在してらっしゃったんだが……。その……やられちまったんだ」
「やられた……ゴーバ様が? ──嘘だろ?」
「いや、確かな筋の情報らしい。ホス・ゴートスに収容してた奴隷共は全員解放されちまったし、建物も──火を着けられて大半が焼失したんだとさ。あそこは今、機能してねえよ」
「あのゴーバ様のいる砦が……。信じられねえな……。──やったのは何者だ? ウルゼキアのノーム共だとは思えねえが」
「──教えてやろうか、マヌケ共」
黒い騎士達が、はっとしてその声の方向を向く。馬車の荷台の上に、フードを被った何者かが立て膝の姿勢で騎士達を見下ろしていた。
「あのデカブツをやったのは──伝説の"人間"様だぜ」
フードを脱いだソウが、二本の短刀をそれぞれの手に構え、にやりと笑った。
「──何だ、やっぱ大した事ねえな。恰好は一丁前なんだがな」
一人佇むソウが、呆れた様な口調で言った。
地面には、首に致命傷を負って絶命する十数人の黒い騎士達。脱げかかった兜の下には、額に角を生やした青白い表情の悪魔族が、苦悶に満ちた表情を覗かせている。
「クウ。鍵はあったか?」
「──まだだよ。もう少し待って」
ソウが後方を見てクウを呼ぶ。クウは黒い騎士達の遺骸を一人一人調べ、馬車の荷台の鍵を探している。──見つけた様である。
「ソウ、あったよ」
クウはソウに鍵を見せると、急いで馬車の扉を開錠する。クウは黒い騎士の遺体から拝借した剣でノーム達の縄を手際よく切ると、全員を馬車から出した。
「ああ──ありがとうございます。ありがとうございます」
「いや、お礼は彼に言って下さい。僕は──ただ隠れてただけですから」
最初に救出した女性のノームが、クウの手を握りながら感謝を述べた。クウは握られた手をそのままに、遠い位置に立っているソウを顎で示す。
「ああ、あなたも。ありがとうございます。──あなた方がいなければ、私達は危うく、"黒の騎士団"の奴隷として、連れ去られる所でした」
「別に気にすんな。偶々通りかかっただけだしな。──俺達はここに来るまでにも、似た様な光景の村を幾つも見て来たのさ。その度に黒い騎士共は全滅させて、村人達は助け出して来たがな」
ソウは村の家屋を指差す。
「しかし、まあ……ここまでひでえ光景は滅多にねえな」
半壊した家々が、寂しそうに軒を連ねている。救出されたノームの村人たちは助かった事に喜んだのも束の間、また泣き出しそうな顔に戻ってしまう。
「騎士団のマヌケ共め、どの土地でもやる事は一緒か。──どうすんだ、アンタら。家の補修は村の連中だけで出来そうか?」
クウは俯くノーム達の顔を一人ずつ見ていく。長身の若い男性のノームが、反応を示した。
「命があっただけ、十分だと思わなくてはいけません。黒の騎士団の手に掛かり、村人全員を皆殺しにされた話もある。俺達は──全員無事に助かった。家を壊されたぐらい、何とかなりますよ」
「──そうか。強いな」
ソウは、少しだけ笑った。
「その……失礼ですが、そちらの方」
「えっ、僕?」
今しがた発言した背の高いノームが、クウを見て言う。
「あなたの髪は──夜色ですよね。──さっきの黒の騎士達の話も、俺は聞いていました。あなた方、"ホス・ゴートス"の牢獄を開放し、俺達ノームや緑の領域のエルフ達を開放した、"人間"なんですよね?」
「ええ、そうです。僕とソウは──人間ですよ」
ノームの村人たちから、歓声が上がる。
「やはり、そうだったんですね。伝説の……"人間"。ガキの頃に両親に聞かされた昔話、そのままの姿だ。──ああ、申し遅れました。俺は"アールマス"。この村の村長をしています」
丁寧に一礼する、若き村長──アールマス。外見的には、二十代前半といった所である。
「お二方。もし宜しければ、俺の家にいらっしゃいませんか? 村の一大事を救って頂いた大恩人に、是非ともお礼をさせてほしいんです。──村の状態を考えると、大したもてなしは出来ないかも知れませんが、それでも良ければ……是非」
クウはソウのすぐ隣に移動する。
「ソウ。お言葉に甘えても、いいんじゃないかな。──別に、今夜も野宿でもいいんだけど、折角だしさ」
「そうだな。たまには屋根のある所で寝るのも、悪くねえ」
◇◇
日没後、間も無いノームの村。村長──アールマス家の食卓に招かれたクウとソウは、テーブルの上の豪華な食事に舌鼓を打っていた。
根菜のサラダ、塩気の強い生ハム。固いパン、甘みのあるスープ。クウ達、現代人の味覚を持つ者から評価しても、間違いなく美味と断言出来る皿ばかりだった。
「──ああっ。うめえなあ」
「おお、いい飲みっぷりですね、ソウさん」
手に持ったジョッキの中身を飲み干したソウをみて、アールマスが小さい拍手を送る。ソウのジョッキの中には芳醇な葡萄酒がなみなみと注がれていたが、ソウはものの数秒で空にしてしまった。
「クウさんはどうです? 料理は、お口に会いました?」
「ええ、とても美味しいですよ。──ありがとうございます、アールマスさん。こんなに豪華な食卓に招いて頂いて」
「いやいや、これぐらいはさせて貰わなくては困ります。寧ろ、足りないぐらいだ。──お二方は、黒の騎士団を倒してくれただけでなく、村の者達の壊れた家を直すのにまで手を貸してくれました」
「いや、別に大した事はしてないですよ。ただ、大変そうに見えたから……僕なんかにも、何か出来る事は無いかと思っただけです」
「お前の謙遜は今に始まった事じゃねえが、今日も絶賛謙遜中だな。ほら、飲めよ。あと5杯ぐれえ飲んだら素直になるんじゃねえか?」
ソウはクウの肩に手を回し、身体を左右に揺らす。もう出来上がってるらしい。
「お二方には──どんな感謝の言葉を言うべきか分かりません。本当に、本当にありがとうございました」
アールマスは立ち上がり、卓子に両手をついて深くお辞儀をする。髪の毛がスープに浸ってしまったが、気にする様子は無い。アールマスもかなり酔っている様だ。
「──時に、お二方。ソウさんは、この村には通りかかっただけと言っておられた様ですけど、お二方はどちらへ向かわれるつもりなんですか?」
ソウは自分のジョッキの葡萄酒を、少しだけ飲む。
「──"ウルゼキア"です」




