14.人間の使命
「ナリア、突然の来訪で済まないのだね」
「賢者様──」
ウィルノデルは見えない筈の目で確かにナリア──そしてクウとソウを見ると、随伴してきたエルフの男性数人を伴って入室する。
「賢者様。えっと──こんな格好ですみません」
「なんのクウ君、構わんのだね。君は儂等にとって──英雄なのだね。相応の敬意を払うべきだと、こちらから来訪した次第であるが……寧ろ君に気を遣わせてしまったかと、反省しているのだね」
ウィルノデルはクウのベッドの正面に立ち、深々と頭を下げる。隣に並んだエルフ達も、その動作に倣った。
「クウ君、ソウ君。この度は、君達のおかげで同胞達が命を拾った。エルフを代表し、心より感謝を申し上げる。──本当に、ありがとう」
「感謝は受け取らせて頂きます。でも、頭は上げて下さい。──僕の方も、あなた達に助けてもらいました」
「俺には礼の言葉がそもそも要らねえよ。見ての通り礼儀を知らねえからな。言うだけ無駄になるぜ」
対照的な二人の返答。どちらの言葉を受けてか分からないが、ウィルノデルは頭を上げる。
「ここに来たのは、君達に直接謝意を示したかったという事もあるのだが、実を言うと、君たち二人と話をしたかったからなのだね。既に二人共揃っておったのなら、丁度良いのだね」
ウィルノデルは、大きな咳払いをする。
「──このイルトは現在、二つの巨大な勢力が長年に渡って戦争を繰り広げておる。一つは"黒の領域"を本拠地とする、100年前に突如イルトに現れた悪魔の大軍、"黒の騎士団"。もう一つは"白の領域"を本拠地とする、"ノーム"の国──白金の王国"ウルゼキア"」
「ウルゼキア。イルト最古の王国にして、最大の国だな」
ソウはクウを横目で見ながら言う。知らないであろうクウを思って、補足説明を入れたつもりらしい。
「黒の騎士団はイルトに覇を唱え、何十年にも渡って他の領域を次々と侵略していった。歯向かった他種族は悉く叩き潰され、その後、二度と抵抗しようとはしなかったのだね。──しかし、ウルゼキアのノーム達だけは違った。幾度と無く黒の軍勢に敗北しても、彼らは徹底抗戦を続け、今尚多くの犠牲を出しながらも、果敢に戦い続けている」
ウィルノデルは真っ白な光の無い両目で、クウとソウを見た。
「"ウルゼキア"に──その力を貸してみる気は無いかね? 黒の軍勢がウルゼキアを完全に下した時、イルトは終わる。そうなれば、ノーム達は勿論、我々エルフも──異界からの転生者である君達"人間"も、居場所は無くなってしまうのだね」
「自分達じゃ出来ねえから、"大悪魔"狩りを引き受けてくれ。さもねえと、いずれこの世界が、最終的にはお前らも危険になるんだぞ。──要約すると、そういう事か」
ソウの言葉には、全く遠慮が無い。
「まあ、そういう事なのだね。──だが、防戦一方のウルゼキアを攻勢に転じさせ、黒の軍勢を撃破したその暁には、イルトの覇権を握る事が出来るのだね。──このイルトを統べる、誉れ高き大帝。誰もが羨む、永劫褪せる事の無い栄光を、その手にする事が出来るのだね」
「大して魅力的に感じねえな。──だがまあ、言いてえ事は分かるぜ。"ウルゼキア"……。俺もあの国の実情は、それなりに知ってるつもりだからな」
「──僕、行ってみたい」
「あん?」
クウに、一同の視線が集まる。
「そのウルゼキアって国に、行ってみたいんだ」
「何しに行くんだよ? 観光か? お勧めは出来ねえな。多分、予想よりもずっと面白くねえぞ?」
「黒の騎士団と戦うノーム達に、直接会ってみたいんだよ。僕は今回の一件で、"黒の騎士団"っていう組織を十分に理解したんだ。──イルトの各地には、"ホス・ゴートス"みたいな場所が、まだまだ他にもあるんだよね? イルトでひどい目に遭ってる人達を、僕は助けてあげたい。──痛っ」
クウは片手で、包帯の上から背中を摩る。
「僕は残りの悪魔達を倒すために、ウルゼキア側で参戦したい。──それは、イルトを救う事に繋がるんでしょ? ねえ、賢者様」
「その通りなのだね。人間の力は──計り知れない。人間は、ただ存在しているだけで、周りを、何もかもを──全てを変えてしまう可能性を秘めているのだね」
ウィルノデルは、ひどく抽象的な表現で、クウを肯定した。
「お前……自分の身体を見ろよ、クウ。──また悪魔と戦ったら、今度は大火傷じゃ済まねえかも知れねえぜ? それでもいいのか?」
「勿論、分かってるよ」
クウの眼は──輝いていた。
「僕がイルトに再誕した訳が、やっと分かったんだ。僕の第二の人生は──人助けの為に用意されたんだよ。病気で、指先すら満足に動かせなかった役立たずの僕は、この新天地で、今度は逆に人を救う役割を与えられた。前世の意識をそのまま引き継いだのも、きっとそれが理由なんだ」
一同の視線が、再びクウに集まった。
ソウは不思議そうな表情をしている。ウィルノデルは、満足そうに頷いていた。お付きのエルフ達は、互いの顔を見合わせながら何か言っている。
ナリアは──とても寂しそうな顔をしていた。
◆◆
「──さてと。そろそろ、行こうかしら。名残惜しいけどね」
エルフの村の中心。巨大な樹木の幹から伸びる枝の上で、彼女は気だるげな独り言を吐いた。
「他種族には排他的な印象があったのだけれど、エルフの連中って意外と優しいのね。知らなかったわ。村に入れてくれた上に、手当までしてくれるなんて」
緑の光彩を纏った白色の長髪を靡かせて、彼女──フェナはうっすらと笑った。
フェナの服は、寝ている間に誰かが着替えさせたらしい。胸元の空いた緑色の布服を、フェナは物珍しそうに見ている。
「自由に動き回れるのは、随分と久し振りな気がするわね。無頼の傭兵を続けるのも悪くないけど──どうしようかしら……」
フェナは考え込む所作をしながら、足場の悪い枝の上を、うろうろと何度も往復する。
「──あの"人間"の彼──確か"クウ"って言ったわね」
フェナが急に立ち止まり、一際大きい声でそう言った。
「彼は、何処にいるのかしら。おそらく、この村の中だとは思うけれど」
フェナの口元が、不意に不自然な笑顔になる。痙攣でもしたかの様に見えた。
「口が──覚えてるわ。今まで味わった事の無い、彼の──血の味。──あら、どうしたのかしら。急に思い出すなんて。うふふっ」
もう一度、フェナが笑う。今度は自然な笑みだった。
「また私に会ったら、クウは──どんな顔をするかしら?」




