そこにあたしはもういない。
よっし、身の回りのものを持ったわ。
そんなにないものね。
だって旅歴長いし、そんなに大事なものって作らなかったもの。
それよりムカつくわ、あのクズ。
共同名義にしていた、冒険者の為の貯金の私が貯めた分を使い切ってたのよ!
残金10レーン?
ちょっと待ちなさいよ。
これはあたしがコツコツ貯めて、本当はほら、2000万レーン以上はあったのに!
赦せない!
だって、あいつはあたしに隠れて、自分の口座もう一つ別に持ってたのよ!
旅に出る度に振り込まれる通帳を持ってるの。
今探し出してチラッと見たけれど、残高7000万レーン超えって馬鹿にしてるわ。
もう、これ貰ってもいいわよね。
うん、いいわよね。
お礼に戴いておくわね、ありがとう。
あ、家だけは残してあげるから。
まぁ、借家だから来月の支払い頑張ってね?
あたしは小さい家でいいって言うのに、見栄を張って大きい屋敷に数人のメイド、侍従、執事まで雇ってるんだもの。
その中に愛人作るなんて、馬鹿だわ〜。
それに、今回の冒険の収入も、あたしの持っていく口座に入るものね。
良かったわ〜ありがとう!
全額、あたしの口座に移しておくわね。
じゃぁ、鍵は冒険者ギルドに預けておく……駄目ね、あ、そうだ!
振り返った後、思いっきり空に投げた。
ふふふっ……安心して!あたしは、精霊術師。
風の精霊に、何処かに持っていって貰ったわ。
じゃぁ、未練もないし行こうかな。
後ろで戸惑ったような執事たちに、振り返り微笑み、
「じゃぁ、御世話になりました。御当主には結婚をお考えだと言う、恋人もいらっしゃいますし、邪魔者はすぐに失せますわ。ねぇ? セラーナ様? その安物の指輪やネックレスなんて、あのフリードと共に差し上げますわね」
メイドの一人で、愛人のセラーナが青ざめる。
何で、今更青ざめるんだろ?
自慢げに同僚に見せびらかせていたけど、フリードから貰ったんじゃないでしょ?
あたしの部屋の宝石ケースから、掠め取った癖に。
手癖の悪い女だと思ってたけど、フリードと変わらないクズね。
実際、その指輪とかアクセサリーは全部、元々は精霊術師のあたしが精霊のベッドとして身につけていたんだけど?
精霊石だよ?
まぁ、精霊は解放したり、別の石に移してるから空っぽの屑石なんだよね。
ちなみに、あたしが近くにいたからまだ原型留めてるけど、あたしが離れると余り時間経たずに壊れるんだよね。
「お、奥様!」
「はぁ? 今更言います? ステュワード様」
こっちのバカ執事は、あたしを馬鹿にして、自分を様付けしろと言ってたわ。
それに、あっちの侍従達にわざと突き飛ばされたり、メイド達にコックは、あたしの食事に毒を入れてたわ〜。
精霊達が無毒にしてくれたから、ありがたく頂きましたけどね。
「お願いでございます! お帰りください!」
「嫌よ! 毒の入った食事に、暴力を振るう馬鹿男。それに、あんたみたいな最低の執事なんて見たことないわ」
「なっ!」
「今まで言っていなかったわね? 私は、この国のケーキドゥワ公爵家の当主の末娘のサンドラ……アレキサンドラと申しますの。あぁ、お兄様が来られたわ」
馬車が信じられないスピードで走ってきて、バーンと大きく扉が開いた。
「サ、サンドラ!」
「お兄様!」
「本当に、遊びに行くと言ったきりで、こんな所にいるなんて! もっと早く、連絡しろ! ついでにあのクソ餓鬼、ぶっ殺す!」
お兄様もお父様も、フリード嫌いだものね。
幾つになっても色気があって端正なお兄様を見上げ、首を傾げる。
「お兄様。フリードが私の貯めた2000万レーンを、全部使い切ってしまったの。ほら、この家とか、このよく出来た人達を雇ったのよ。自分のお金1レーンも使わなかったのよ」
「はぁぁ? こいつら屑だらけじゃないか。あの男、詐欺師だぞ」
お兄様は騎士団副団長だけど、剣の強さだけでなく情報収集に長けてるものね。
「お兄様……私、お父様の言うことを聞かずに飛び出して……本当に申し訳なくて……でも、お金もないし、家に戻って良いかしら?」
「当たり前だ。カリンも待ってるぞ」
兄の腕に抱かれ、つい涙が出ます。
こんなに優しい家族を捨てて、何でこんなクズに尽くしちゃったんだろ?
兄に促され馬車に乗りながら、ふと思い出す。
あぁ、あたしは貴方のはにかむ顔が好きだった。
貴方の不器用で、ぎこちない緊張しきった、ひきつり笑いが好きだった。
貴方が好きだった。
でも、もう過去形。
貴方が戻ってきても、そこにあたしはいない。
いいえ、貴方は永遠に戻ってこないでしょうね……。
だって……貴方が無謀にも出かけたのは、異世界……。
あたしを愛する精霊王が、余りにも酷い扱いに怒り狂って作り出した永遠の迷宮だもの。
貴方はもういないのです……。
愛情は憎しみに変わった。
でも、もう昇華してしそうだわ。
だって、私は未来があるの。
薄らと笑う。
ただ、唇を上げて笑う。
……精霊術師サンドラはもういない。
ここにいるのは、公爵令嬢アレキサンドラ。
貴方を愛した……あたしはいない。