第56話:勇者の末裔ショウ対“死神の騎士”傭兵アトゥーム
今回もちょっと短めです。
興味持たれた方読んでみて下さい。
マリア達の戦いの決着がついてからもショウとアトゥームは戦っていた。
正確にはショウと白龍ヴェルサスの一人と一頭とアトゥームだった。
アトゥームの愛馬スノウウィンドも戦うことは出来るが、空を翔けながら戦うのは困難だった。
ヴェルサスは防御結界の魔法、加護の魔法、勇者の剣の切れ味を増す魔法等を惜しみなく使う。
更にかぎ爪のついた両腕、長い尻尾、牙での噛み付き等でショウを援護する。
ショウも勇者セトルの剣、片手半剣“ジャスティスブレイド”に大盾でアトゥームを攻撃する。
アトゥームは死神の騎士の剣、“両手剣”でそれらを受け流すので精一杯だった。
死神の騎士の装備の魔力でスノウウィンドまで護ると自分の防御に割ける魔力は減る。
アトゥームは徹底的に防御を固め相手の隙が出来るのを待つ。
攻めると見せて待ちに徹していた。
ヴェルサスはおおよそ一分に一回の割合で炎の息を吐く事が出来た。
吹き付けられる炎の熱が結界でも防ぎ切れずに伝わってくる。
「どうした。平民。淫売共に守られた命が惜しいか」ショウは戦いながらアトゥームを挑発し、やじった。
ショウの攻撃を受けながらアトゥームは無言だった。
黒い面貌から覗く深藍色の瞳も今は黒い。
ヴェルサスの牙がスノウウィンドを掠めた。
死神の騎士の魔力が無かったら牙は直撃していたろう。
「アトゥームの応援に――」静香はラウルと合流してアトゥームの戦いを見ていた。
「魔力検知で視て――義兄さんの周りを――」ラウルは首を振る。
「何、これ――」静香は魔力検知の魔法を使う――結界が――それも信じられない程強力な結界が張られていた。
「アリオーシュの魔力も入ってる、ヴェルサスの結界に重ね掛けされてるんだ。僕らは手出しできない」
「アトゥームさんなら負けませんよね――」マリアが確かめる様に言う。
「分からないわ――ヴェルサスは始原の赤龍グラドノルグに匹敵する強さの龍よ――私でも今は敵わない」黄金龍の娘シェイラは悔しさを滲ませる。
「魔法は?」ホークウィンドは半ば分かっていたが可能性を指摘する。
「恐らく無理だよ――あの結界は物理的攻撃以外の魔法も遮る結界だ」ラウルは魔力を分析していた。
「ここで雁首揃えて戦いを見守る事しかできないの?」静香の声は普段より一オクターブは甲高かった。
「結界を打ち破るか、すり抜けられれば――」マリアは魔術杖を構えて呪文を唱え始める――しかし結界をすり抜けようとした時、力が逆流してくる感覚が襲ってくる。
「きゃっ……!」身体中を電気が走った様な痛みが襲い、マリアは魔術杖を思わず取り落してしまった。
「もう出来る事は無いのですか」付いてきていた皇女アレクサンドラも結界の強さを確認していた。
「無いよ――あとは義兄さんが勝つのを願うだけ――」ラウルが苦しそうに言う。
「主よ、かの人を救いたまえ――」静香は思わず祈った。
マリアは静香の様子を見て自分も祈り出した。
二人が祈るのを見て、しばらくそれを見ていた皆も遂には祈り出す。
出来る事は無い――せめて祈るくらいしか――。
無力な者のする事だと皆分かっていた。
それでも――黙って見ているよりは良い――。
アトゥームは押されているが致命傷は負っていない。
カウンターの一撃が決まれば勝敗はまだ分からなかった。
マリア、静香、ホークウィンド、シェイラ、アリーナ、アレクサンドラ、そしてラウルも衷心からの祈りを神に捧げた――。
アトゥームはショウよりもヴェルサスの方を警戒していた。
直接攻撃も脅威だが、魔法を使った攻撃も注意しないといけない。
ヴェルサスとショウの同時攻撃を躱し、牽制の突きを入れる。
牽制と言っても直撃すれば致命傷になる程の鋭い突きだ。
一方ショウは段々余裕を無くしてきていた。
ショウは研鑽を積んで今までより強くなってきたと自負していた。
それでも――認めたくは無いが――アトゥームには及ばない。
ヴェルサスとの同時攻撃でもアトゥームの防御を破れない。
鉄で出来た壁を叩いている様な錯覚に囚われる。
ここぞという攻撃を繰り出そうとすると牽制がくる。
アトゥームの馬に攻撃を掛けても魔法防御と馬鎧に阻まれる。
「この平民風情が――」苛立ちを募らせたショウの攻撃は段々大振りになりつつあった。
下でアトゥームの戦いを見ていたマリアはそれに気付いていた。
「先輩――」マリアの声に明るさが滲む。
「ええ――」静香も、皆も、それに気付く。
祈るのも忘れてアトゥームの戦いを見る。
数号の打ち合いの最後、アトゥームの両手剣がショウの片手半剣を弾き、ショウにとって致命的な隙を作る。
「勝った――」静香が思わず声に出す。
しかし現実は非情だった。
アトゥームの姿が急に消えた――愛馬スノウウィンドを残して。
「何――どうしたの――!?」ホークウィンドは目を疑った。
アトゥームの居た所にヴェルサスの右腕が有った。
「ヴェルサスの魔法だわ!」シェイラが声を張り上げる。
ショウは起きた事が信じられない様子だったが、不意に自分が勝った事に気付いて、しばらくの沈黙の後に哄笑した。
可笑しくて堪らないという様子だった。
ひとしきり笑ってから、ショウはマリア達を獲物を狙う獣の目で見た。
「淫売共、年貢の納め時だ――」
ショウの台詞にマリア達はアトゥームが消えた衝撃から立ち戻った――完全にでは無かったが。
「ラウルさん――」マリアが緊迫した声を出した。
だがラウルは意外な返事を返した。
「大丈夫。僕等だけでも十分対処できる。マリアさん達はいざという時に備えて転移魔法でアレクサンドラ皇女と共に脱出する用意をしていて」
ラウルは首にかけていた遠距離通話用の魔法のペンダントを使ってアレクサンドラ皇女の宮殿に駐屯している魔導専制君主国フェングラースの戦方士を寄こすように言った。
「僕とアリーナさんで時間を稼ぐ。その間にマリアさんと静香さんは皇女を守って――ホークウィンドさんとシェイラさんは前衛をつとめて」ラウルは冷静に指示を出す。
マリアと静香は四天王グレイデンとの戦いで消耗していた。
このまま戦わせるのは危険だとラウルは判断した。
「でも――」静香は抗弁した。
「義兄さんを倒した今、ショウの狙いは皇女と君達二人だよ――今の静香さん達では戦えない」
「ラウルさん達は勝算は有るんですね」マリアが確認する。
「僕の読みが外れてなければね」言葉と裏腹に自信に満ちた声だった。
少しの躊躇の後、マリアと静香はラウルの言う通りにする事にした。
そのやり取りの最中にシェイラが龍化し、ホークウィンドがその背に乗る。
ホークウィンドの両手には苦無が有った。
始原の赤龍グラドノルグの洞窟から持ってきた物だ。
黄金龍シェイラがホークウィンドを乗せて舞い上がる。
「アトゥームさんは――」
「僕の予想では死んではいない――今はそれだけ分かれば十分」ラウルはマリア達を囲むように結界の魔法を掛けた。
「危ないと思ったら直ぐに皇女の宮殿に転移して」
アリーナが加護の魔法をシェイラとホークウィンドに掛ける。
後はパーティーが大怪我を負った時の為魔力を温存する。
ラウルもホークウィンド達に障壁の魔法を掛けた。
マリアと静香、そしてアレクサンドラの三人とホワイトミンクスは戦いを見守る。
ヴェルサスに乗ったショウはシェイラが上昇し切らない内に勝負を着けようと炎の息を吐き掛ける。
障壁の魔法に遮られ、炎は空しく散った。
「龍族の魔法の攻撃は――」アレクサンドラが疑問を口にする。
「予想通りだよ」ラウルが答えた。
「ヴェルサスは義兄さんを“飛ばす”のに魔力の全てを注ぎ込んだんだ――そうでもしなければショウは義兄さんに負けていた――もうヴェルサスは魔法は使えない」
ホークウィンドを乗せたシェイラは見る見るうちにヴェルサスに近づいていく。
その間にもシェイラは魔法で炎の息を牽制して一気に接近する。
肉弾戦にもつれ込んでも成龍であるヴェルサスの方が有利だろう。
しかし乗っている人間同士では――。
その上シェイラは今日魔法を殆んど使っていない――魔法を使えば龍同士の戦いでも互角かそれ以上に戦える筈だ。
ショウは状況を把握し切れていなかった。
「ヴェルサス――なぜ魔法を使わない」近づいてくるシェイラ達に焦ったショウは責める様に言った。
“魔力切れだ――ショウ殿”
「何だと――」ショウはしかしそれ以上ヴェルサスを責めている暇は無かった――接近したホークウィンドに攻撃を仕掛けられる。
素手ですら人の胴体を切断する一撃だ。
ショウは大盾で辛うじて攻撃を受け流したがその攻撃の余りの鋭さに盾を持った左腕が痺れそうになった。
アトゥーム戦でヴェルサスが掛けていた魔法は殆んどが効果が消えていた。
「初めまして――龍の王国ヴェンタドールの勇者セトルの末裔ショウ――そして――」
ヴェルサスがショウを乗せたまま一気に上に飛んだ――シェイラが一、二瞬送れて続くが、距離を開けられる。
耳障りな音が響く。
ヴェルサスの結界にいくつもの魔法の矢が逸らされたのだ。
際どい所だった。
戦方士達が転移してきたのだ――ヴェルサスは勝ち目を完全に失った事を悟った。
このまま戦えば自分は生き残ってもショウは助からない。
「言う事を聞け――このクソ龍が――」悪態をつく人間を無視してヴェルサスは飛ぶ速度を上げた。
結界を後方に集中しシェイラの炎の息を防ぐ――。
危うい所でヴェルサスとショウはシェイラ達の追撃を躱し、逃げ延びる事に成功したのだった。
いかがだったでしょうか。
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では、次回も日曜日に更新できるよう努力します。




