第29話:ラウルの死、戦い前夜
神様なんて大嫌いと異世界に飛ばされた少女たちは叫んだ 第29話です。
それでは、楽しんで読んで頂ければ幸いです。
静香達がラウルが死んだと知らされたのは判決が出た当日の夜だった。
副帝ゾラスが自らそれを伝えに来た。
転移魔法で飛んだ先の部屋で――ラウルの居室としてあてがわれた部屋で6人はラウルと対面した。
屍衣に包まれ棺に入れられたラウルは眠っているかのように冷たく横たわっていた。
マリアとアリーナが生命探知の魔法で確認する――ラウルの心臓は止まり呼吸をしていなかった。
グランサール皇国に内通する一派に襲われた――それがゾラスの説明だった。
「嘘――考えられないわ」
「先輩――この遺体――間違いなくラウルさんです――」
ラウルが死んだのは間違いなかった。
アトゥームはいつもより更に冷たい無表情でラウルを見ていた。
「蘇生魔法は――?」
「失敗した」ゾラスが言った。
「もう手の施しようはない――遺体を腐敗させないようにするのが精一杯だった」
「いつ殺されたの――」呆然として静香が言った
「そち達が裁判を受けていた時だ――恐らく最初からその時を狙っていたのだろう」
「謝罪の言葉もない――そち達へのできる限りの補償はする」ゾラスは無念そうに言った。
ゾラスが立ち去る姿を6人は信じられないまま見送った。
* * *
アトゥームは寝台で二人の女官が見守る中、一人で寝ていた。
魔都マギスパイトに来てからはずっとそうしていた。
シェイラの事を聞き、ホークウィンドがしばらくシェイラの傍にいてやりたいと言ったのを聞き入れたからだ。
女官達は夜の相手をしてくれると言ったが、アトゥームは断った。
女官達は十分美しかったのだが誘いを受けなかった。
真夜中、眠りに落ちていたアトゥームは自分の身体に近づいてくる気配に目を覚ます。
小さな人影がアトゥームにのしかかっていた。
殺意は感じなかった。
感じていればもう相手は息をしていないはずだった。
アトゥームが目を覚ましたのに気付いたのか、人影が声を発する「死神の騎士か、噂と違い案外隙だらけじゃな」
「誰だ?」
「誰だとは失礼じゃの」長い髪を振って人影は威勢を張って答えた、ストロベリーブロンドの直毛には金属光沢が有った――11、12歳くらいの幼い少女だった。
「我はアビゲイル、この魔導専制君主国フェングラースの現魔導帝じゃ」
アビゲイルは半透明の薄い夜着一枚だった。
肉付きの薄い身体が夜着を透かして見えた。
「我が何の為に来たかは言うまでもなかろう」歳不相応の媚を含んだ薄笑みを浮かべてアビゲイルが言う。
「断ったら?」アトゥームが平静に言った。
「それは出来まいな」
「我の魔力を使わずとも、そなたに選択の余地は無い」アビゲイルは続けた「拒むなら異世界人たちに勝ち目のない相手が闘技場で当たるだけだ」
「随分と手の込んだ事だ」
アビゲイルは皮肉を全く気にしなかった「我と取引しろ、傭兵よ」
「闘技場で負けろ、負けて我が奴隷となれ」
「さすればグランサール皇国も混沌の女神アリオーシュも我がフェングラース君主国が片を付けてやる。異世界人達も元の世界に送り返す」
返事を待たずにアビゲイルはアトゥームの唇を奪った。
媚薬の香を焚きしめた身体が艶めく。
「我を抱け」アビゲイルは催眠術師の様な声で言った。
「奴隷となるかどうかは後で決めてもよい。だが我に恥をかかせる事は赦さぬ」
「我を満足させれば他の事は考えてやらぬでもない」
他の道は無かった。
傭兵は少女を抱いた。
魔導帝の少女は悦楽に呻き、喘いだ。
何度も昇り詰めた後、満足の吐息を漏らしてアビゲイルは身を横たえた。
暫くの沈黙の後、アトゥームが口を開いた「さっきの話は――嘘だな」
「ばれておったか」アビゲイルが舌を出した。
「副帝ゾラスはお前は病気だと言っていたが」
「その方がお互いにとって都合が良いからの。我は政治には興味が無い。ゾラス叔父の方が適役じゃ」アビゲイルは荒い息をついて言った。
「我に付けば出来る限りの事はしよう。それは信じてもらっていい」
「俺としても敵に回すつもりは無い」アトゥームが言う「だが、お前一人で闘技場で戦う相手を選んだり、グランサール皇国に宣戦するという事が出来るとは思えない」
「痛いところを突きおるな」とアビゲイル
アトゥームは一息ついて言った「グランサール皇国に付いて裁判官や試合相手を選んでいるのは誰だ?」
「確証はないが――」アビゲイルはアトゥームに口付けをせがんで言う「国政を司る三十六魔導士の数名が関わっているじゃろう。我の側仕えをしている者もいる。奴らは“秩序機構”と呼ばれる秘密組織に属しておる」
「50年ほど前にもエセルナート王国の王女をさらいフェングラース君主国を危機に追い込んだ連中じゃ。暫く鳴りを潜めていたがまたぞろ勢力を回復して国政を牛耳ろうとしている」
「奴隷になるつもりは無いがそちらの味方についても良い。ゾラスも秩序機構には属してはいないのだろう」
「その通りじゃ」
数拍の間をおいてアビゲイルは言った「秩序機構を倒した後、我に仕えるつもりは無いか?さすればもう戦わなくて済むのだぞ」
告白にも似た声だった。
戦いに疲れた傭兵――アトゥームはその真実を掴まれていた――戦い続ける事に身も心も倦んでいる――それは事実だった。
「――済まない」アトゥームの声には流石に今蹴った申し出がどれ程魅力的だったかを隠せないという調子が有った。
「何人もの命を奪ってきた。今更俺だけが安楽に余生を全うするという訳にはいかない――いずれ戦場で斃れるまでは」
「そちは強情じゃの。安息を得ても良いほど戦ってきたのではないのか」
「その気持ちだけで十分だ。俺の戦いはまだ終わらない。終わる訳にはいかない」
「今はその事は忘れてもらって良いぞ――」アビゲイルは微笑むとアトゥームに再び口付けした。
* * *
闘技場で戦う相手は静香とマリアが双子の剣闘戦方士キリルとキリカ、そして彼等に英雄召喚された魔剣ストームブリンガーの使い手“同族殺し(キンスレイヤー)”の魔法剣士エルリック。
ホークウィンドとアリーナが闘技場のチャンピオン、ナグサジュ。
アトゥームが英雄召喚の魔法で呼び出されたガルム帝国建国皇帝ルドルフ“ヘルデンハンマー”ズィドガーと決まった。
魔都マギスパイトはこの闘いの知らせに沸いた。
大悪魔を倒す程の戦士と闘技場最強位の剣闘士との戦いに興味を持たない者は殆んどいなかった。
君主国の公式の賭場は静香とマリアが3割、ホークウィンドとアリーナが5分5分、アトゥームが4割という勝利の可能性の数字を出した。
闘う順は静香とマリア、ホークウィンドとアリーナ、最後にアトゥームだった。
マリアはアトゥームの対戦相手に疑念を抱いた。
負ければ論外だが勝ってもアトゥームに不利になる。
エレオナアル達グランサール皇国と戦っているガルム帝国を建国した皇帝をわざわざ呼び出す――政治的な意図が有るのは間違いない。
ガルム帝国の開祖は国を護る神となったという信仰が帝国には有った。
“鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)”とも言われる建国皇帝ルドルフ=フォン=ズィドガーを帝国民は尊崇している。
両手持ちの戦鎚“頭蓋砕き(シェーデルクルーシャ)”を持って戦うスタイルの典型的な蛮人戦士だった。
死神の騎士の装備が全て揃えば二人の対戦は互角と賭場は発表していたが、アトゥームはまだ死神の騎士の兜を手に入れていない。
アトゥーム不利の状況だった。
もし戦いに勝ってもアトゥームからガルム帝国の民心は離れる。
それも狙って手を回したのはエレオナアルかショウだろう。
陰謀好きの二人が好みそうな策だった。
ホークウィンドとアリーナの相手、ナグサジュは白い全身鎧に身を包み、拳や蹴りに強大な魔力を乗せて破壊力やスピード、そして防御力を増して戦うスタイルの剣闘士だった。
その拳は岩をも砕き、その速さを見切る事は誰にも出来ないとまで謳われていた。
鎧を着けずとも最強の格闘家であり、身体の反射速度を増すためと魔力を身体に宿らせる為に脳や身体に手術を受けていると静香達は聞いていた。
マリアと静香の相手となるキリルとキリカは最高位の戦闘魔法の使い手であり同時に召喚魔法も使いこなす凄腕の戦方士だった。
その二人に異世界より召喚された魔剣士エルリックは1万年以上続いたエルフ王国――メルニボネと呼ばれた王国の最後の王でありその実力はナグサジュと戦っても引けは取らないとの噂だ。
この世界のエルフたちは1万年を超える遥か昔に王国を解体し、それぞれの氏族共同体で暮らす事にしたのだが、他の世界――他の地球で暮らすエルフには王国を保とうとした者が居たのだ。
予想して――いや予想以上の強敵揃いだった。
一角馬に乗って戦うマリアと静香を除けば、騎乗しての戦いではなく徒歩での戦いになるとの事だった。
マリアと静香はホワイトミンクスに騎乗して対魔法や乗馬剣戟や魔術杖無しで魔法を如何に詠唱するかの確認をして試合に備えた。
ゾラスの計らいで幻術で造られた敵を模して戦い方を練習する。
静香が刀を振るいながら同時にマリアが魔法で援護する。
キリルとキリカの二人は今度の闘いでは静香達と同様に二人で一頭の黒い一角馬に乗って魔法を唱える。
魔剣士エルリックも魔法の使い手であり、魔剣を使う魔法戦士だ。
近距離から遠距離までオールラウンドに闘える。
エルリックも騎乗して今回の闘いに出てくると告げられていた。
恐らくエルリックを前衛にキリルとキリカが後衛で魔法で攻撃してくるだろう。
召喚者である二人を倒せば、エルリックは元の世界に還る。
エルリックを接近させずに二人を倒せるかどうかで勝敗が分かれそうだった。
アトゥームは対ズィドガー戦では戦鎚より小回りの利く両手剣の特性を生かして牽制や小技で相手を翻弄して隙を作り、そこに止めの一撃を加えるのが一番勝率が高くなると判断した。
模擬戦ではその考えが証明された。
ホークウィンドとアリーナはホークウィンドが前衛でナグサジュと闘い、後衛のアリーナが魔法で援護する戦法を取る予定だった。
防御に徹すればナグサジュと言えどもホークウィンドに致命傷を与える事は難しい。
アリーナも一通りの攻撃魔法は使えるし、ホークウィンドに魔法の援護が有ればナグサジュを倒せるかもしれない。
ただナグサジュには魔法防御の力も宿されており、対魔法に関しても最高水準の防御力を発揮する。
アリーナの魔法でナグサジュを倒せるかは分からなかった。
恐らく秩序機構はエセルナート王国と対決はしたくないのだろう。
五分五分の勝負の結果であればエセルナート王国も文句は付けられない、そんな打算が働いていると思わせた。
ナグサジュ自身がチャンピオンとなって以来一人で闘ってきた事もあるだろう。
ナグサジュとの対決では挑戦者側が複数人――大体は3名だった――で闘いを挑むのが通例だった。
チャンピオンが強すぎ、賭けが成立しないからだ。
ナグサジュが自分の身体に魔力を乗せる以外の魔法が使えない事も、魔法が全てというフェングラース上層階級に受けが悪く、負けても構わないという雰囲気を秩序機構のフェングラース至上主義者達に醸成していたと言えば言い過ぎだろうか。
黄金龍シェイラは結界の中から試合を観戦する事しか許されない。
その代わり、試合までの時間の大半を対戦の練習をする事は出来た。
各々が最善を尽くし、猛練習の甲斐有って全員が五分五分になる所までは何とか漕ぎ付ける事が出来た。
後は試合に臨むだけとなった。
いかがだったでしょうか。
何かお色気シーンが増えていきます。




