10 元魔王はスローライフを夢見ました
すみません。最終話ではありません。
「その”ホタル”というものはよくわかりませんが、上半身が吹き飛んだというのにどうしてアレは動いているのですか?」
カタリの視線は人間の半身に釘付けだった。
首から上がないということは脳がない。それなら何の命令であの体は動いているのか。
特に声が聞こえないカタリは死体がゾンビにでもなったのかと考えるだろう。あながち間違いではないが誤解を生む表現だ。正確には、
「簡単に言うと魂までは殺せなかったってことだ」
レイトは「めんどくせー」と吐き捨てた。相手が"体"なら力さえ戻れば瞬殺なのだが、今回は形のない"魂"だ。
わざわざホタル化して登場したところからみると相手の標的は邪王龍、レイトだろう。つまりカタリはもはやどうでもいいのだ。
「ってことで、戦って来るから。部外者のお前は早くどっか行け」
「そ、そんなことないです! 元々私のせいであの魔王に絡まれたわけですし……」
「あーだこーだ言ってる時間はない」
レイトは魔力を繋ぎあわせて傷口を応急処置し、勢いよく立ち上がった。
「お前は撮影でもやって……」
急にレイトの口が止まった。
「どうかしましたか?」
ザザザーザザザザーザーザーザザザザザーザザザザーザザー
空気中を膨大な魔力が走った。その魔力の流れを感じられるものならばその感覚を"波"と表すかもしれない。発生源はヌデオ。これも攻撃の一種だと考えられる。抑揚をつけながら"波"は揺らいでいる。
それは益々エネルギーが増加していき、
「うッ……!!」
レイトの傷を徐々に開けていった。それは修繕した腹の魔力の継ぎ目をうまい具合にほどいていくようだった。
再び腹から出血が始まった。体力の上に精神力や魔力まで底をつきそうになっているレイトはまさに死ぬ寸前だった。
「え? 一体何が起こったのですか!? やっぱり完全に治っていなかったとかですか⁉」
訳がわからず慌てふためくカタリ。
(そんなリアクションをとる余裕があるなら働け!)
「へ? 口をパクパクして、本当に大丈夫なんですか?」
『まさか……始まったやすか……』
ランドルは何度かこのような光景を見たことがある。レイトも周りの反応から悟ったようだ。
初めは邪王龍の封印直後。今の場合まだ口が動いているからあの時ほど大変な状態というわけではないようだが、悪化するのは時間の問題になってくる。
「何が―ッキャ!」
カタリの言葉を遮るようにして強風と土埃が襲った。
『話していられるほど余裕があるのか?』
カタリの目の前には大きな影があった。それは首の飛んだヌデオ(もはや首なし巨人)。鋭い視線や狂気の笑みが見えずとも、すぐ足元にいつの間にか振り落とされている巨腕からのぞっとするような殺気に押しつぶされそうになる。
『逆に話さないと精神状態が壊れるんだよ。誰かと会話すると気持ちが楽になるんだよ。そんなことも知らないなんて、これだからボッチは……』
『……この小僧にだけは言われたくない』
「なんだとぅゲホゲホッ!!」
「無理しないでください!」
普通の声とも念力とも違う次元の会話がなされた。これが聞こえるのはレイトだけ。
心配されているのは本当にありがたいことなのだが、ここでのカタリの「無理しないでください!」が「ボッチの言い訳なんて諦めて下さい!」という意味にも取れなくもないことについて、レイトは心の中でしょんぼりした。
それはおいといて。今のやり取りでレイトは話せるようになるほど魔力が回復していることがわかった。おそらくは頑張ってつけ(ようとし)た焚火の光に反応して魔力を生成しているのだろう。
さて、こんなに近距離に相手がいる中、傷の痛みで思うように動くことができないレイトと、戦力外のカタリ。このままでは当然すぐに殺されてしまう。
ヌデオが次に手を出す前に、レイトはランドルの魔力をがっちり握った。
『ふへ? あ、主? まさか……』
『死んでもらう』
振り上げた瞬間も見えないスピードでヌデオの巨腕が動いた。
「死ぬのはランドルの中身だぁぁ!!」
『嫌やああああすううぅぅぅぅ!!』
レイトはハンマー投げならぬ、ランドル投げをヌデオの横腹にぶち当てた。ヌデオは軽く吹っ飛ばされた。
一方、ランドルの方は……体の組織である綿が舞い、グショッと口から食ったミニゴブの血を吐いた。
「ああ、これは痛いです……」
「そんなのどうでもいい! お前は撮影! そこら辺に放り投げていいからできるだけいっぱいカメラ光らせろ!」
「りょ、了解です!」
カタリもパシリのように使われる羽目になってしまったようだ。慌ててポケットの中からゴロゴロと記録晶石を取り出し、魔力を流しながら適当に投げまくって、スイッチオン。
記録晶石は一斉に宝石のごとく青白く輝きだした。
レイトの体からはぼうぼうと白い煙が上がっていた。その上、地面に転がっている記録晶石を一つずつ拾って触って消化していった。
「うん。今の俺は絶好調だな」
本人によると、今は魔力の吸収効率が抜群にいいらしい。しかしその手のひらは真っ赤になっていた。この能力にもいずれ限界が来るだろう。
(限界なんてどうでもいい。今の俺にできることが限られているなんてことはとっくに知ってる)
「じゃあ、本気出すから」
「そんな……こんなにボロボロなんですよ!」
『素直に受け止めるやす。そうじゃないと死んで終わりやすから。アッシらはサポートやす。といってもこっちの話なんて聞こえなくなるんやすけど……』
「わかりました」
カタリはレイトから手を離し、代わりに頭をなでた。
「信じて待っていますから、帰ってくるのですよ」
渾身の笑顔を見せた。レイトは先程までの邪王龍差別を受けていた時とのギャップを強く受けたというか……、単純にそう言われたことがなく驚いていた。
こんな状況に自分が身を置いているのがバカらしくなって盛大に笑った。
「俺は魔王だぞ? 初のリードなし散歩のワンコとは違うんだよ!」
「元魔王なのでしょう?」
『元やすね!』
「強調するな!」
場違いな笑いが飛び交った。だがそれはたった一時。
カタリはくるっと振り返ってランドルと一緒に安全だと思われる場所まで離れた。
(こんな俺にできることなんて限られてる。限界があるならその範囲内でできることをフルで使って最善策を模索していけばいい)
(決して無理せず、だけどそれなりに楽しい日々を送りたい)
「じゃあな」
まるで本当の別れのように言った。
レイトは覚悟を決めて、目を閉じエネルギーを集中させた。
今回の場合、ランドルに体を預けてもすぐに潰されて終わる。だから手と足は動くようにすることにした。相手の察知は五感を捨てて魔力に頼る。危ない橋だがそれ以外に道はない。
徐々に、忌々しいヌデオの姿が、風が通り過ぎる感触が、焚火のパチパチと燃える音が、服に染み付くミニゴブの血の臭いが、ぬくもりがレイトから消えていく。
最後に残る感覚は魔力と自分の居場所のみ。
(無理はしたくないが、ここは不都合な世界。無理して当たり前なんだよ)
ありがとうございます!
実はまだ続きます。今書いている最中ですが、多分あと二話続きます。
なぜなら分割計画を立てたからです。今までの私ならば一気に一万文字を投稿していましたが、とてもとても読みにくかったので少しずつわけることにしました。
今日中に完結させますのでお待ちください。