6 アノ冒険者たち
魔王の牢獄を囲む巨大な森の中では三人の冒険者が走っていた。
「はぁ、はぁ……」
「ぜーぜー」
「……(もう、無理)」
例の邪王龍(封印前)にボコボコにされたアノ冒険者たちである。
すでに邪王龍戦で体力も魔力も精神も浪費している上、各々の理由により長距離走が苦手な彼らはダンジョンを抜けても地獄を味わっていた。
それは灰と化した村を見つけてしまったから。冒険者の良心が働いてしまったのだ。
しかしもうひとつ問題があった。
この森はいわば魔物の住処。テリトリーに入ってしまったら即ボコられてしまう。
そのため、先頭は女格闘士。
瞬発力と勘だけは良い彼女は「なんとなく魔物が近くにいそうな気がするぅ」という予感を頼りに後ろの二人に道筋を開いていた。
生憎持久力はないため、徐々に減速していっているようにも見える。また、草むらだったり、木が倒れていたり、小さな沼があったりで走りにくそうだった。
次に賢者の少年。
彼の場合は邪王龍戦で大量の魔力を消費してしまったため、(現在の邪王龍ほどではないが)魔力不足に襲われていた。もし彼が万全の状態だったら空を一飛びで楽々移動できていただろうに……。
めまいはするし、真っ直ぐに走れないしの状態で女格闘士のシルエットを追うことしかできなかった。
最後に魔法使いの少女。
「ビジュアル大事」と言っていた彼女だったが、絶賛顔面崩壊中だった。無言ながらも顔をゆがめてなんとか前について行く。これは三流魔法使いにありがちな日々の運動不足を物語っていた。
数十分が経つとようやく目的地が見えた。
「もう少しだよぉ!」
うれしさのあまり加速する女格闘士。
「ちょっと……待って、ください。……あな、たはどこに、そんな元気が……」
「疲れすぎじゃないかな? 賢者せんせ」
魔法使いの少女が悟りを開いたかのように満面の笑みを向け少年を追い抜かして行った。
「あなたは一体誰ですか!? 魔法使いの子はこんなに良い笑顔ではあるはずがありません!!」
「魔女子ちゃんってさっきまでへとへとじゃなかったっけぇ?」
「あはは。私はいつも通ーゲホッゲホッ!」
「魔女子ちゃん!?」
急に魔法使いの少女は喘息を起こして立ち止まった。辛そうに喉に手を当てる魔女子。
女格闘士も彼女を心配して後ろを振り返った。しかし賢者の少年は呆れ目だった。
「聖なる泉の一滴を。<慈悲の涙>」
少年が回復魔法をかけると、徐々に発作は収まってきた。
「はぁ、ハズレのポーションを飲んだときによく起こる症状です。特に安物のポーションは硬水なので最悪窒息死もあり得ますから気を付けてください」
「うん。ありがとう。賢者せんせ」
さっきの少女とは違った素直な彼女の笑顔を見た少年は頬を赤らめた。
「うんうん。笑ってた方が可愛いねぇ。賢者くん?」
「なぜ僕に振るんですか!」
ふふふと笑う女格闘士。三人の中で最年長の彼女はある分野においては大先輩だった。
「そんなことより、あの村について考えましょう。とりあえず村の人たちを探して事情を聞きましょう」
「探すも何も、村に建物ひとつ残ってないんだから見たまんまでしょ?」
容赦なく事実を述べる魔法使いの少女。
「……そ、そうですね。」
魔法使いの少女の言葉はあまりにも重かった。それは「みんな死んだんじゃないの?」を示す。
鼻が曲がるほど強烈なこの臭いと地面に大量に付着しているこの液体は血だ。ここで多くの命が犠牲になったのだ。きっと死体も灰になったのだろう。
それを見ても賢者の少年にこの村から離れるという選択肢はなかった。
「それでも、調べることは大切です。何か気になったことはありませんか?」
「はい、賢者せんせ」
ぴょこと手を挙げたのは魔法使いの少女。
「さっきから思っていたんだけど、魔物の数が少ないの」
実際この森の中で魔物と一匹も遭遇しないなんてことはありえないことだ。魔法使いの少女はこの村の衰退と何か関係があるのではと考えた。
「そういえば魔物の足跡はこの村と逆方向についていたよぉ」
女格闘士はさらっと大事な情報を言った。少年は目を見張って喜んだ。
「あなたにしてはお手柄ですね。走りながらそこまで見ていたなんて」
「えへへぇ」
賢者の少年び誉められて嬉しそうな女格闘士。彼女のおかげで手がかりを探す手間が省けた。
「推理は僕に任せて下さい」
ここからは賢者の少年のターン。
今までの情報を頭の中に巡らせていくつもの可能性を考えては消してゆく。何度も行っているがまだまだ処理には時間がかかりそうだ。
少年は顎に手を当てながらあちこち歩き回っていた。
少年の邪魔をしないように魔法使いの少女と女格闘士は村に溢れている灰を集めていた。これが灰でなかったら仲良く砂遊びしているようにも見えなくない光景だった。
「それにしてもカタリちゃんは動画を私たちに依頼したままどこかに行っちゃうなんてねぇ。まぁ、私が持ってたランプ、もうなくしちゃったけどぉ……」
「私は持ってる」
「ホントにぃ!?」
魔法使いの少女はポケットから記録昌石を取り出した。いまだに石は赤く光り輝いていた。
「本体の石だけなら……」
「じゃあさぁ、私たちが集めた灰のお山の上においておこうよぉ。きっとカタリちゃんが帰ってきた時ぃ、ビックリするだろうなぁ」
「多分、もうカタリさんはー」
「生きてますよ」
強い意思を持ったその言葉の主は賢者の少年のものだった。賢者の少年は魔法使いの少女にその先の言葉を言わせなかった。絶対に言わせてはいけないのだ。
「わかりましたよ。この村で起こった出来事が」
「さすがぁ、賢者の名探偵!」
「期待してるよ。賢者探偵」
「勝手に名付けないでください。期待されるほどすごいものではありませんから」
ゴホンとせき込んで賢者の少年は言った。
「この村は魔王級の何者かによって滅ぼされました」
「「……へ? ええええぇぇぇ!!?」」
女子二人は驚きを隠せず大声を上げた。
「そ、それってヤバくないぃ!?」
「でも、ここは実力派の冒険依存者たちが作った集落。そんな人たちにトラブルが起こったとしてもすぐに収拾がつくはず」
「一部言い方にトゲがありましたよ。魔法使いさん……」
「ん~? な、なんのことかな~」
とぼける魔女子。思わずぽろっと「冒険依存者」と出てしまった。
「魔女子ちゃんの言いたいことはよぉくわかるよぉ。あの人たちは冒険に行ったらぁ、変態面でニヤニヤしながら帰って来てたしぃ」
「ですが、そんな人たちでも負けました」
少年が指差した地面を見ると、あるところを中心として地面が円状に割れていた。よく観察すると地面にはたくさんの細かい筋が入っていた。武器を振り下ろした時にできるものと似ていた。これがあの冒険依存者たちが奮闘した痕。
「僕たちがやるべきことはひとつ。王国に報告することです」
こんな魔王には勝ち目がないと割り切った。”強制転送”ありの魔王の牢獄のなかだったら話は別だが、ここは現実で死ぬことが大いにあり得る戦場だ。
女格闘士も魔法使いの少女も複雑な顔をしながら頷いてくれた。
「もしかしたらまだ近くにここを襲ったやつがいるかもでしょぉ?」
「はい。その可能性もあります。帰りは十分注意しましょう」
「その必要はないよぉ」
女格闘士は突然そんなことを言い出した。
「私は貴族なのぉ。ワープ魔道具なんて簡単にかえちゃうんだよぉ」
パチンとウィンクする女格闘士。
「へ?」
少年の心情は「このエレガントさが微塵もみられないこのひとが貴族!?」だった。
無言で口を開けている魔法使いの少女も同じ意見だろう。
「さてさてぇ、準備しますかぁ……」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここはワープ不可領域ですよ!?」
「この世界の文化ではねぇ。異世界の文化も合わせて作られたこのハイテク道具なら問題ないよぉ!」
腰かけてある小さなバッグからチョークと豆電球を取り出し、にこっと笑った。
(この人の家の力、規格外すぎる……)
「組み立て終わったよぉ! みんな乗ってぇ!」
チョークで書いた魔法陣の上に豆電球が置いてあった。どんな構造か全く理解できなかったが、少年と魔法使いの少女は魔法陣の上に乗った。
「出発の前にぃ、みんなのお名前聞きたいなあ」
実は今までずっとお互いに名前を知らないままだった。よくそれでパーティー組めていたなとツッコまれてもおかしくない。きっと王国に報告したら離れ離れに日常に戻っていくだろう。その時も一緒に戦ってきたことを忘れないようにという考えだろう。
「私のアドベンチャーネームはハナカ。本名は花野華麗だよぉ」
「え、意外」
「ちょっとぉ! 意外ってどういうことぉ魔女子ちゃん!」
女格闘士は格闘士という職業に似合わないキラキラネームを持っていた。少年は必死に笑いをこらえていた。幸いバレなかったようだ。命が無事で良かった。
「次、賢者せんせ」
「ぼ、僕ですか!?」
賢者の少年は恥ずかしそうにしていた。
「早くぅ、時間ないんだからぁ」
「わ、わかりましたよ! ハノです。本名は朝川波乃です」
「……女の子?」
「違いますよ!」
「だから嫌だったんですよ……」とグジグジしているハノ。
彼を放っておいて魔法使いの少女はさらっと言った。
「フェリン。羽笛鳴。アドネは友達が勝手につけた」
「アドネ?」
「アドベンチャーネームの略。冒険者に紹介する時いちいち面倒臭いから略した」
「なるほど。変わったアドネですね」
「友達が変わってるだけ」
相変わらず比較的不愛想だったがこれはこれでフェリンらしかった。
一通り自己紹介が終わったのでとうとう出発を心に決めた。
「よぉし! 準備はいいねぇ? 行くよぉ!」
ハナカが魔法陣を拳でたたくと、豆電球はピカッと眩く光り、三人は姿を消した。
……
「何ですか!? さっきの光は!」
その後、赤茶色の髪の少女―カタリは自分の故郷だった場所へ走ってやってきた。
しかし彼女が来た頃にはもうアノ冒険者たちはいなかった。
ただ気になるものがあった。
「これって私の記録晶石ですよね?」
いつの間にか一か所に集められていた灰の山のてっぺんにそれが埋まっていた。
記録晶石を大事そうに手に取った。手慣れた操作で魔力を送り込むと、石の中に映像が流れた。動画を見ていくうちに、彼女はとうとうアノことを知ってしまった。
「これは……!!」
石の中に映し出されたのは黒髪の少年。不敵な笑みを浮かべているこの少年こそが邪王龍の人間の姿だった。あっさりと倒されてしまう冒険者たち。最後に映っていたのは邪王龍の余裕そうな表情だった。
「グルルルォォォ!!」
遠くの方から聞こえてきた獣のような雄叫びに、カタリは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「タイムリミットが来てしまった!」
何かから必死に逃げるように腰を抜かしながら、なるべく隠れるところが多い茂みのある方へと走っていった。
ありがとうございます。
今回はバトルも文字数も少なめだったので、次回は気合い入れます。
次は12月1日投稿予定です。もしかしたらやっと物語が動く、かもです。