一瞬がくれるもの
この一瞬を切り取りたいと、そう強く願ったことはないだろうか。
例えば、季節の風光明媚の刹那の至り、最愛の人のふとした笑顔、一生の親友たちとの青春、我が子やペットとの感動の一幕、あるいは、ありふれた日常のくすっと笑える奇跡。
この景色を、閉じ込めたい。
この風景を、見返したい。
この世界を、何度も味わいたい。
しかし、得てして、そんな瞬間は見惚れている間に過ぎていく。
魅せられている間に、過去になっていく。
悔しいと、惜しいことをしたと、頭を抱えたくなるほどの衝動を持て余す。
けれども、不思議と、「まぁいいか」とも思う。
その神秘に出会えたことが嬉しいのだと。
そこに、写真で見ると安っぽく見えてしまうかもしれない、写真ではあの幻想世界は写しきれないだろうという、少しの言い訳を添えながら。
そんな一瞬は、色褪せない。
例え景色の細部が時間の濁流にさらわれてしまっても、その時の思いは、対象の絶対的な光は、決して薄れたり、消えたりはしない。
それらは自分の進んで行く道程を、後ろから柔らかく照らしてくれる。隣にそっと寄り添ってくれる。背中を優しく押してくれる。
そして、足に絡みつく陰鬱とした雰囲気を拭ってくれる。眼前にもやの様にかかる闇を吹き飛ばしてくれる。脂汗の滲む全身にのしかかる重圧を溶かしてくれる。
「ねぇ、立ち止まってどうしたのー?」
ハッと、我に返る。
「いや、大丈夫大丈夫。今行くー」
君の下に駆け寄る。君は、意地悪そうな笑みを浮かべ、こう言うんだ。
「もしかして、見惚れてたでしょー? もう一回、再現してあげよっかー?」
レンズ越しに君を見つめるなんて勿体無いさ。意地悪くされた仕返しに、気恥ずかしそうな台詞を返してみる。
僕も君も、くすくすと笑いが漏れる。
でも、本心でもあるんだ。
何か越しに君の笑顔を見て、少しでも曇って僕に届いたらどうするんだ。
切り取らずとも、さっきの笑顔は、瞳の裏にいつまでも浮かんでくることだろう。
そんな気がする。
いや、きっとそうに違いない。
絶対そうだ。
僕と君との、君がくれる、かけがえのない贈り物。
一生抱きしめて生きていきたい。
たとえ、僕の両手が贈り物でいっぱいになったって、何一つ落とすつもりはない。
いつか、君に言ってやるんだ。
こんなにも、君から幸せを貰ったよ、って。
そして、それ以上に、君に幸せをあげたい。
君が一瞬の取りこぼしを悔しがるような。
いや、もうお腹いっぱいだよって言わせるぐらいに。
その一瞬は幸せだけではなく、優しい決意すらも、僕にもたらした。