第五話 不穏な宴
「いやぁ、タナカ様はワシらの恩人じゃ。
ささ、遠慮はいりません。飲んで下され」
魔物騒動の夜。
村長の家は宴会場と化していた。
その中心にいるのはタナカ。
今朝、俺の畑のカミナリの跡に寝転がっていた異世界からの転生者。
そして今日、俺たち村の大人が総出でも相手にならなかった巨大生物を一撃で倒した英雄である。
「さ、さ、もう一杯」
『こりゃ参ったなぁ〜』
村の若い女たちが代わる代わるタナカに酒を注ぎ、タナカはそれを上機嫌で飲み干した。
そのにやけきった顔を見ていると無性に腹が立ってきて、俺は自分の盃を置いて外へ出た。
酒と熱気で火照っていた体には、夜の風が心地いい。
少し歩こうかと周りを見渡した時、村長の家の外に座り込む人影を見つけた。
「ガイさん」
そこに座っていたのは、今日一番に魔物を見つけ村に警告を発したガイさんだった。
ガイさんは、声をかけたのが俺だと分かると意外そうな顔をした。
「どうしたんだ?宴会を途中で抜けるなんてカインらしく無い」
「あまり、気分が良くなくて」
「タナカのことか?」
ガイさんは、俺が小さい頃からよく遊び相手になってくれていた。
この人に隠し事はできない。
「村のみんなは英雄だともてはやしてるけど、俺にはそうは思えない」
「それはどうして?タナカが異世界からやってきたからか?」
「それは関係ないです。
それよりも、聖騎士団と同じ力を持っていることが気になります」
タナカが魔物の攻撃を防いだのも、魔物を木っ端微塵に弾き飛ばしたのも、どちらもこの国を守る聖騎士団が対魔物戦闘に用いる技によく似ていたり
「聖騎士団は常人には耐えることができない厳しい修行に耐え、大いなる力を得ても揺るがない心を会得した上であの力を使っています。
けれど、タナカは違う」
タナカは言った。あの力は神から授かったのだと。
「努力なく手に入れた力を律せられるほど、人というのは強く無いと思うんです」
俺の話をガイさんは黙って聞いていた。
しばらくの沈黙のあと、ポツリとつぶやいた。
「それでも、今日ばかりは感謝をしないといけないだろう。
あの力をどうやって手に入れたかは知らないが、そのおかげでこの村が守られたのは事実だ」
ガイさんの言葉はもちろん正しい。
だけど、どうしても胸の奥の不快なざわめきが治ることはなかった。
「そんなことよりも、春の種植えが終われば、お前とリーナの結婚式だ。
お前はそっちの心配をしてろ」
ガイさんはそう言って俺の頭を乱暴に撫でた。
「もうすぐ結婚する男の頭をそんな子供みたいに撫でないでください」
「何一人前みたいな口を聞いてるんだ?
俺にとっちゃ、幾つになろうがカインは子供だぜ」
ガイさんの子供扱いは、やめてほしいと思う反面、どこか落ち着いた気分になる。
「タナカの事は、まぁ心配だが、今すぐどうこうなるってわけでも無いだろ?
そんなに心配する必要なんてないさ」
ガイさんはそう言って笑った。
俺もつられて笑うと、胸のモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。
しかし、事態はそう楽観的には進まなかった。
時間はその直後に起こった。
ガチャン!
村長の家の中から響いてきた食器が割れる音が、それの始まりの合図だった。