第一話 雷と異世界からの来訪者
俺の名前は、カイン。
カイン・フェルナード。
神聖アルベア皇国の片田舎イザカに住むごく普通の男子だ。
実家が農家だったから、村の学校にも初等部までしか通わず、十三歳の頃には鍬を握って畑に出ていた。
裕福な家庭に生まれて、街の高等学校まで勉強を続けられる友達を羨ましいと感じることもあったけれど、俺は頭の出来がいいわけでも無いので親にせがんでまで進学しようとは思わなかった。
それに、土をいじったり、家畜の世話をするのも嫌いじゃ無い。
少しずつ大きくなっていく作物を見るのは、大好きだ。
だから、そんな毎日は俺の中でかなり充実していた。
そんな生活が四年続いた。
毎日の畑仕事でそれなりに体も鍛えられ、収穫期に作物を狙って山から下りてくる魔物の退治も一通りこなせるようになった。
村の大人たちはまだ一人前とは認めてくれないけど、小さな畑を一人で任せてもらえるようにもなった。
この春には、幼馴染のリーナとの結婚も決まっている。
一七で結婚なんて、俺は早すぎると思うけど周りの大人たちが急かしてくるから仕方がない。
きっと俺は、このままリーナと結婚して二人か三人の子供が出来て、慎ましく幸せに生きていくんだ。
そう、思っていた。
あいつがやって来るまでは……。
あいつがやってきたのは、春の始まりを告げる嵐が吹いた夜のことだった。
その夜、大きな雷が俺の畑に落ちた。
春の嵐で落ちる雷は、その畑が豊作になる証。
だから、雷が落ちて焦げた土を村のみんなの畑に少しづつ分けて配るのが、この村のしきたりとなっていた。
だから、次の日と朝に俺は村の大人たちと一緒に雷が落ちた土を取りに出かけた。
そこで俺たちは、信じられないものを見つけた。
雷が落ちて黒焦げになった地面に、一人の男が倒れていたのだ。
『ここは、どこだ?』
俺たちが近づいた気配で気がついたのか、男が目を開いて言った。
てっきり雷に打たれて死んでいると思っていた俺たちは、そこでさらに驚いた。
『確か俺は、会社が嫌になって、それで電車に飛び込んで……
そうだ、神様とかいうやつが、間違えた?とかやり直せ?とかステータスが何とかって……』
男は、見たことのない格好をしていた。
黒い上着と同じ色のズボン。上着の下は、白い襟付きのシャツ。首にはなにやら長いスカーフともリボンともつかない布が垂れ下がっている。
デザインが風変わりなのに加え、その衣装の材質も奇妙だ。
洋服に使われる布といえば、ウールが一般的だ。
シルクなどのウール以外の高級な布を使うものもいるが、そんなのは王侯貴族か大商人くらいである。
しかし、男の服はそのどちらともつかない。
そういう高級な衣服を身にまとっている人から発せられるオーラが、男にはなかった。
風貌は、小柄だ痩せ型。背骨が猫背気味に曲がり、頭頂部が少し薄くなっている。
目の下には大きなくまがあり、頬には剃り残した髭が不格好に生えている。
顔立ちが村の大人たちと違うので年齢はよくわからないが、おそらく三十代半ばといったところか。
見れば見るほど胡散臭い男だった。
今思い返してみると、その時そのまま村から追い出していればその後の悲劇は免れたのかもしれない。
しかし、俺たちはそうはしなかった。
「おい、あんた大丈夫か?」
俺たちは、倒れていた男に手を差し伸べたのだ。
その行為は、短期的に見れば村を救う事になるのだが、長期的な目で見れば、村を破滅に追いやる悪魔を助けた事になってしまった。
当然、その時の俺たちは、まだこのあと起こる悲劇の事などつゆほども想像してはいなかった。