悪いな召喚勇者、この聖剣はオレ専用なんだ
俺の名はロイド。
レクサス村の出身だ。
レクサス村とは、この国の果てにある小さな村。
王都にある国土管理室の地図にも載っていないような小さな村だが、小さいのはその大きさだけ、レクサス村には大きな役目があった。
それは数百年に一度現れるという「異世界」からの「勇者」を迎えるものを輩出する、という役目であった。
俺の村では15歳になると、勇者の従卒になるものを選ぶ試練を受ける。
それに合格したものだけが、勇者の従卒となれるのだが、俺はその試験に見事合格した。
五人の若者の中から選ばれたわけであるが、光栄なことであった。
勇者の従卒の称号は、村でも一部のものしか持っていないし、俺の年代で持っているのは俺くらい。
それに前回、勇者が現れてから数百年が経過していた。
そろそろ次の勇者が召喚されるのでは、と村の大人は騒いでいた。
そんな中、十数年ぶりの合格者が出たのだから、俺は村の中でも特別な人間となった。
たったひとりの妹であるエレンは、「お兄様! すごいです!」と賞賛してくれた。
我が家系から勇者の従卒が出るなんて、初めてです。死んだお父さんとお母さんも喜んでくれます。
と一日中はしゃいでいた。
俺としては妹が喜んでくれることも嬉しいが、それよりも勇者の従者になったことによって生活が保障されるのが嬉しかった。
これで飢えずに済むし、それに妹を街の学校に通わせてやれるかもしれない。
妹は俺に似ず学者肌で頭も良い。
このまま学校に通わせれば、もしかしたら王立学院に合格し、末は女学者か、宮廷魔術師にもなれるかもしれない。
両親がいないこの家では俺が彼女の親代わりなのだ。
可愛い妹をどこまでも大切に、すこやかに育てたかった。
勇者の従者に選ばれた俺。
従者の心得は幼いころから大人たちに学んだ。
いわく、勇者様にその身を捧げるのがレクサスの村の従卒の仕事。
誰よりも忠義を尽くすのがこの村の習わし。
そう習っていたし、勇者とはこの世界を救う尊敬に値する人物と聞いていたので、なんら不満も疑問も抱いていなかった。
――勇者本人と会うまでは、だが。
数ヶ月後、村人の期待を背負い、召喚された勇者に会いに行った俺は、酷く落胆した。
異世界からやってきた勇者が想像した人物と違ったからだ。
異世界からやってきた勇者。
名をタツヤというらしい。
勇者と聞いていたから、さぞ、眉目秀麗な美丈夫、あるいは強壮な偉丈夫を想像していたが、目の前にいる勇者はひょろかった。
いや、ひょろいというか、小太りというか、まるで商人の駄目息子のように腹が出ていた。
それだけでなく、鼻や顔の作りが浅い。
顔全体が平たいのだ。
勇者いわく、ニホンという国ではそれが標準らしく、ニホンには平たい顔族しか住んでいないらしい。
まあいい。人は見た目ではない。ましてや勇者に必要なのは中身。
と思った俺は、勇者の実力を試そうと、木刀で勝負を挑むが、勇者は異常に弱かった。
なんでもニホンという国では剣を持たないらしい。
それどころか、人生で一度も戦ったことがないとか。
人を殴ったこともない、という話も聞く。
なんでもニホンではそれが標準らしいが、かといって魔法が得意なようでもなく、俺は困り果てる。
「いったい、このでくの坊をどうやって鍛えて魔王と戦わせればいいのだろう」
出会った直後から頭を悩ませる。
そもそも本当に彼は勇者なのだろうか。
それを確かめるために、勇者しか抜き放つことのできないと言われている聖剣を抜かせに行く。
東にある聖なる山には聖剣が突き刺さった岩があり、それを抜き放てるのは勇者のみと言われている。
正確には勇者以外のものが使用すると、魂を抜かれるらしいが、ともかく、彼が装備できるか試したかった。
東の山に行った結果、勇者は見事その剣を抜き放つ。
魂を抜かれることもなかった。
聖剣の巫女は驚いているようだが、それは俺もだった。
ただ、俺は驚くだけでなく、この駄目勇者に剣技を教え込み、魔王に対抗する実力を身につけさせなければならない。
剣を抜いただけで腰を痛めている彼を見ると、前途は多難に思えた。
俺は毎日のように彼に剣技を教える。
素振りを千回、稽古も欠かさない。
足腰を鍛えるために、毎日、山か森に入る。
すると子豚のような体型だった勇者に変化が見え始める。
あれほど出ていた腹が引っ込み、精悍な顔つきになる。
数十キロ歩いただけで「もう歩けないでござる~」と不平を漏らしていた彼が、「今ならば魔王を倒せるかも」と漏らすようになる。
魔王を倒すにはせめて稽古で俺から一本取れるまで成長してから言ってほしかったが、彼が成長しているのは事実。
それなりの腕前になったのはたしかなので、彼を王都に連れて行くと、王に「勇者」であると伝える。
勇者がこの世界に再臨したことを聞いた王は驚喜する。
この国は今、まさに魔王の侵略に苦しんでいたのだ。
王は全面的なバックアップをしてくれたが、なぜか、くれたのは「120G」だけだった。
なんでもっとくれないのだろう、と嘆くと、勇者が肩を叩く。
「ロイド殿、これはお約束ですよ」
と、なぜか得意げだ。
まあ、聖剣はすでにあるから良いが、もっと力を貸してくれればいいのに、と漏らすと、王は代わりに、「アイーダの酒場」を紹介してくれた。
なんでもそこにいけば、頼れる仲間を雇えるらしい。
俺たちはさっそく、アイーダの酒場に行くと、そこで仲間を雇う。
俺は戦士なので、「魔法使い」と「僧侶」を雇う。
勇者の懇願により、どちらも女となった。
彼女らは勇者を尊敬しているようで、その身を捧げると断言する。
その後、彼女らと旅をするが、彼女らは勇者が英雄であると信じ切っているようだ。
彼ならば魔王を楽勝で倒せると思い込んでいるようである。
ただ、俺はそれが幻想であると知っていた。
勇者の実力は三流。なんとか形にはなっているが、俺の協力がなければ一角兎一匹にも苦戦する。
しかし、そのことは悟られてはならない、そう思った。
もしも彼女らが勇者の実力を知れば、その尊敬の気持ちは消え去る。
彼女たちは勇者の人格に敬服しているわけではなく、救世主としての力に信服しているのだ。
俺は彼女たちにタツヤが「役立たずである」ことを悟られないように注意を払った。
タツヤがトロールに斬り掛かり、へなちょこの一撃を放てば、俺は彼女たちの見えないところから「魔法」を放ち、タツヤがトロールを一撃で倒したかのように見せかけた。
戦闘中、俺が考えた作戦をさも当然のようにタツヤが考えたふうに言わせる。
戦闘後、俺はタツヤを賞賛し、「勇者様の作戦がなければこの戦い負けていました」と頭を下げる。
なるべく、極力、勇者に戦わせないようにし、どうしても戦わせないと行けないときは、彼の手柄になるように演出する。
イチからジュウまで、勇者すごい、となるように計算する俺。
まるで王都の人気劇団の演出家になった気分だが、その甲斐あってか、パーティーのメンバーは皆、勇者を信頼するようになっていた。
そんな中、ある日、勇者は俺の元までやってきて尋ねてくる。
「あ、あの、ロイド殿、相談があるでござるよ」
タツヤは申し訳なさげに言う。
なんだろう、と人払いをすると、彼の話を聞く。
「あ、あの、まず最初に言うでござる。僕は異世界のニホンというところで、キモイオタクで回りに虐められていたでござる。そんな僕でもこの異世界にくればなんとかなる。格好よく活躍して女の子にモテモテ、と安易に思っていたでござる」
「勇者様、実際、勇者様はモテるではありませんか」
「えへへ、まあね。僧侶たんとはいい仲になりそうでござる。……でも、それはみんなロイド殿のお陰でござるよ」
事実そうなのかもしれない。
俺が裏からタツヤを最高の勇者として動かしているからこそ、人々の尊敬を集めることができるのかもしれない。
「それがなにか問題なのですか?」
「まさか、でも、ときに思うでござるよ。この賞賛は本来ロイド殿のものなんじゃないか、って」
「そんなことはありませんよ。俺は勇者の従者。あなたの下僕ですから」
「……下僕でありますか。僕はロイド殿のことを友達だと思っているのですが」
「友達ですか?」
「うい、でござる。ロイド殿とは苦楽をともにしてきましたからね。実際、女僧侶にもてるよりも、ロイド殿と友達になれたことのほうが嬉しいでござる。ニホンでは友達もいませんでしたからな」
「なるほど、そう言って頂けると嬉しいです」
「ですから、僕は本当にこれでいいか悩んでいるであります。本当は僕なんかよりもロイド殿のほうがずっとすごいのに、皆、それを知らないとは不公平なのです」
勇者は本当に悩んでいるようだ。
変わった男であるが、その配慮嬉しかった。
なので俺は笑顔を作ると言った。
「勇者様、いえ、タツヤ様、もしも俺のことを友人だと思ってくださるならば、魔王を倒したあとに俺のことを広めてください。従者ロイドは勇者の常に側にあり、勇者の活躍を支えたのはレクサス村の従者ロイドだと」
「……分かったでござる。きっと、伝えるであります。僕の活躍はロイド殿がいたからこそ! だと。常にその側にあり、陰ひなたなく支えてくれた! と。勇者タツヤの従者は、『異世界最強の従者だった』と」
勇者はそう結ぶと、女僧侶のところに向かったようだ。
なんでも今日、一緒に飲みに行く約束をしているらしい。
俺はそれを微笑ましく見送ると、自室に戻る。
妹への手紙を書く。
いや、手紙ではなく、遺言か。
最終決戦は迫っていた。ここは魔王城から目と鼻の先にある最後の街。
魔王との決戦の日は近かった。
ラストダンジョンの探索。
魔王の城は半ばダンジョンとかしており、魔王に挑む勇者の最後の試練となった。
ただ、その試練も俺たちは難なくこなす。
俺はいわずもがな、であったが、勇者の成長は著しく、彼はもはや立派な戦力であった。
「いくでござるー!」
というかけ声は格好悪かったが、それでも魔王城の雑魚どもをなぎ払う。
アイーダの酒場で仲間にした女僧侶、女魔法使いも、レベルアップしていた。
女僧侶の神聖魔法は、一瞬でアンデッドを浄化し、傷ついた仲間を救う。
女魔法使いの火球は、「それは『大火球』ではない、ただの『火球』だ」という台詞が似合うほどになっていた。
我がパーティーはもはやドラゴンでさえ余裕で倒せるまでになっていた。
その実力は、なんなく魔王の間まで到達できるほどであった。
もはやこのまま魔王も一撃か。そう思われたが、それは都合が良すぎるようだ。
この世界の魔王は案外強かった。
女僧侶の神聖魔法を難なく打ち消す。
女魔法使いの火球を右手だけで握りつぶす。
勇者の聖剣を指一本で遮る。
それくらいの強さを秘めていた。
これはやばい、と思った。
魔王に通用するのは、俺の剣技くらい。
ときおり、一撃は打ち込めるが、俺の鋼の剣ではどうにもならない。
ダメージを与えるたびに、その都度回復される。
こうなってくると勇者の弱さを隠せない。
本来の実力を衆目に晒してしまう。
逆に俺の強さが引き立つ。
女僧侶も、女魔法使いも、俺の実力に戸惑っているようだ。
「ロ、ロイドってこんなに強かったの?」
「これじゃ、まるでロイドが勇者みたい」
そんな言葉が聞こえてくるが、俺は勇者ではない。
やはり魔王を倒せるのは勇者のみなのだ。
それを証拠に魔王の殺意は勇者タツヤに向かっていた。
魔王は俺のちょっとした隙を突き、タツヤに攻撃する。
タツヤはその攻撃をまともに食らう。
「うぐぁぁあー! い、痛い!」
その一撃を食らったタツヤは悶え苦しむ。
ニホンという平和な国から来た男はそれで戦意を喪失してしまう。
「も、もう戦いたくないでござる。勇者なんて厭でござる!!」
その声は悲痛に満ちていた。
女僧侶と女魔法使いは、その情けない姿を見て彼を軽蔑したようだが、「友人」である俺は違った。
タツヤが離した聖剣を握りしめる。
それを見たタツヤは叫ぶ。
「あ、ロ、ロイド殿、それは駄目でござる、僕以外の人間が聖剣を使うと魂を吸われるでござるよ!」
「そんなことは分かっている。だが、この聖剣でなければ魔王は倒せない」
そう言い切るが、それでも勇者は俺を止める。
涙ながらに止めろと訴える。
俺はそんな友人にこう言った。
「悪いな召喚勇者、この聖剣はオレ専用なんだ」
そう言い残すと、俺は聖剣を魔王の心臓に突き立てた。
その瞬間、俺の心はうがたれる。
それが魂が砕けた瞬間であった。
聖剣に魂を抜かれた瞬間であった。
勇者タツヤはその光景を自分の目に焼き付けるとこう言った。
「あれが僕の友達でござる。あれがこの異世界最強の勇者の従者でござる!!」
タツヤは己の声が枯れるまでその言葉を言い続けた。
~一ヶ月後~
魔王を倒した勇者タツヤ。
彼は王から歓待を受け、自分の娘を嫁がせると言われたが、それは固辞する。
自分のようなオタクが、美人のお姫様と結婚するなど、これが最初で最後のチャンスかと思われたが、自分にはやることがあるのだ。
それを果たすために、タツヤは王から「転移装置」を借り受ける。
女僧侶は問うた。
「タツヤ、元の世界に帰るのね。ニホンという国に」
タツヤはこくりとうなずく。
「そうでござる、自分には使命があるでござる」
「使命?」
「そうであります。僕の使命は従者ロイドの活躍を後世に広めること。彼こそが真の勇者だったと世に伝えることであります」
「そんなことができるの?」
「できるであります。実はですね、ニホンという世界には『小説家になろう』という素晴らしいサイトがあるのですよ。僕はそこでこの異世界のことを書くのです。
ここで出会った仲間たち、
ここで繰り広げた冒険、
ここで出会った最高の友達のことを包み隠さず書くのでござる」
「――よく分からないけど、素敵ね。きっと素晴らしい物語を紡げるでしょう。それで、その小説のタイトルは?」
タツヤは微笑むと、
「悪いな召喚勇者、この聖剣はオレ専用なんだ」
でありますよ、と結び、転移装置に入った。
その姿は少しだけ凜々しく、少しだけ勇者に見えた。
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