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帰り方を忘れた日 知った日  作者: ザ・ヴィンチ
4/6

駄菓子屋で駄菓子を買った日

「ここ右よ」

「ここ?」

 俺たちは件の駄菓子屋というやつに向かって、並んで歩いていた。スーパーの裏にあると言っていたから、スーパーを目指して歩いていたわけだが……。

「こんなところから曲がるのか?」

「入り組んでるって言ったでしょ。ここから曲がんないと行けないようになってるの」

 一体どんな道なんだ、とため息をつく。

 彼女はというと、キョロキョロと周囲を忙しなく観察しているようだ。まさか、遠い昔に行った記憶しかないから道順の記憶が薄いの、なんて言い出すんじゃないかと気が気じゃなくなる。

「落ち着きがないな、どうした?」

 俺がずっと彼女を見ていると思われそうで嫌だったが、不安が先に立つのでそう問いかけた。

 彼女は視線と意識を風景に向けたまま答える。

「久しぶりなのよ、外に出たの。なんだか落ち着かなくて」

 久しぶり、とはどういうことなのだろう。こうして俺と一緒に外を歩いているのだから、あの部屋に縛られていたなんてことはないはずだが。

 それにわざわざ地面を歩いているのも気になる。部屋で話していた時はフワフワとずっと浮いていたのに。

「……そうか」

 色々詮索するのは、彼女が幽霊として実在しているのを確かめてからでいいだろう。今あれこれ聞く必要はない。

 それに、もし彼女が俺にしか見えていないのなら独り言の激しい、怪しいやつだと周りから見られてしまう。今歩いている道は人通りが多いわけじゃないが、念のため口数少なく歩く。

 俺が彼女に話しかけなくても、彼女は風景を見ながら「変わってない」とか「ここは変わった」とか小さい声で呟いていた。

 見た目はまだまだ子供、しかし話すとグッと大人びる印象があったのだが、ブツブツと呟く姿は無邪気で、初めて来る場所に静かに興奮する子供のようだ。けれど呟く言葉は昔を懐かしむ言葉ばかりで、その齟齬に不思議な心持ちがする。

「あ、ここ左ね」

 時間経過による風景の変化に夢中な彼女だったが、こうして時折方向を指示する。なんだか言葉の前に「そういえば」と付きそうな危うげな道案内に、俺の不安は増すばかりだった。

 だがそんな不安とは裏腹にしっかり駄菓子屋には向かっていたようで、もはや自分一人では帰ることが不可能なほど複雑に曲がった後にその建物は見えてきた。

「あの遠くに見えるのが駄菓子屋よ」

「あれか」

 詳しい外観の説明は不必要なくらい、駄菓子屋の見た目は周りから浮いていた。怒りそうだから口には出さないが、廃墟一歩手前といったような外観だ。

「なんか廃墟みたいね改めて見ると」

「言っちゃうのかよ」

 いい天気ね、ぐらいのライトさで廃墟みたいと言ってのけた。しかし勘違いしてはいけない。こういう場合、自分が言うからいいのであって、他人から貶されると怒るのが人間だ。安易に「そうだね」なんて言ったら呪われるのだ。

「いや、俺は趣があっていいと思う」

「なんかわざとらしいわね、呪うわよ」

「呪わないで」 

 どうやら無駄なこと言わないで黙っているのが得策らしい。

「あんな見た目でもちゃんと営業してるから安心して。たぶん、やってるから」

「頼むから自信持ってくれ。そこだけは」

 ここまで来て閉まってましたなんて困る、とはならない。彼女の道案内で、駄菓子屋とギリギリ読めるボロボロの看板がついてる建物まで来れたのだ。それだけで彼女が幻覚などではないと十分に証明された。

 しかし、俺は駄菓子というものを食べたことがない。部屋を出てすぐに、彼女には散々駄菓子の話をされて、俺はもう駄菓子を食べる準備が万端だ。今更食べられませんは困るのだ。

「近づけば近づくほど廃墟ね」

「頼む、頼むぞ!」

 頼むから営業していてくれと神に願う。生まれてこのかた神頼みは、今回が初めてだ。

 駄菓子屋の前に到着する。入り口の戸は開け放たれていた。

「入っていいのか?」

「いいのよ。駄菓子屋ってそういうもんなの」

 彼女がズンズン入っていく背中を追って、俺も駄菓子屋に入った。

 入ってすぐ感じたのは、木の匂いだった。そのあとに少しホコリの匂い。

 俺の親も祖父母もここみたいに古い家には住んではいないから不思議なのだが、落ち着く匂いだった。遺伝子にでも刻まれているのだろうか、なんて適当なことをが脳裏によぎる。

「こんにちわ、いらっしゃい」

「わっ」

 薄暗い店の中の一番奥、あがりになっているところにおばあちゃんがポツンと座っていた。

「こ、こんにちわ」

 驚いた俺は一瞬遅れて挨拶を返した。おばあちゃんは微笑みながら、物珍しそうに俺をみている。

「昔ここに来てた子かい? 記憶力だけは自信あるんだけど……」

 確かに、子供時代にここに来たことがある人じゃないとなかなか大人になってからくることはないだろう。だからおばあちゃんが勘違いするのも至極当然だ。

「あ、今日初めて来たんです。えと……、友達に教えてもらって」

 おばあちゃんは「ああやっぱり!」と自分の記憶力にまたさらに自信をつけた様子だ。

「わざわざこんなとこまで来るってことは、相当好きなんだね、駄菓子」

 ニコニコと輝く笑顔が心に痛い。だが、嘘をつくわけにもいくまいと正直に白状する。

「いやあの……、実は僕、駄菓子食べたことなくて……」

 おばあちゃんが笑顔のまま固まるのがわかる。

「ど、どんな子供だったんだい……」

 同じようなことを、隣の女の子から言われたのを思い出す。

 隣にちらっと目線をやると、うんうんと頷く彼女が見えた。

「まあ、色々みなさい。駄菓子は安いから、いろんなの買って食べてみな」

「はい」

 俺は端の棚から順々にみていくことにした。

 そこには摩訶不思議な光景が広がっていた。しばらく眺めていたが、お菓子ともオモチャともつかないようなラインナップが続く。中にはタバコのようなものや、ビールの元みたいなものも売っていた。

「ビールの元ってなんだよ……」

「水に混ぜてジュースにするのよ。それはあんまり美味しくない」

「うおう。急に出てきたな」

 横からにゅっと出てきた顔に少しびっくりする。

 そういえば、とおばあちゃんの方を見たが、耳が遠いようで聞こえていなかったようだ。ヒソヒソ話す分には問題ないだろう。

「美味しいの教えてくれよ。見た目からじゃ全く味が想像つかないもんばっかだ」

「ダメよ。そういう失敗や発見も醍醐味なんだから。とりあえず適当に買ってみなさい」

 彼女はニヤニヤしながらそういうが、本当に求めているのは俺のチャレンジ精神ではなく、失敗した時の渋い顔なのではないか。いや、絶対そうだろう。

「じゃあほとんどは俺が選ぶから、1、2個だけ教えてくれ」

「まあそれならいいわよ」

 彼女はそう言うと、トコトコと別の棚のところへ行ってしまった。

「そういえば、お友達って誰なの?」

 真剣に品物を選んでいると、後ろからおばあちゃんの声が聞こえてきた。

「あ、えっと」

 今更だが、まだ彼女の名前を聞いていなかった。それもこれも幻覚かどうか判断つきかねていたからだ。幻覚ではないとわかった今、彼女の名前を知っておくべきだろう。

 俺は彼女の方を見て、目で合図した。

「……風華」

 察した彼女は、ぶっきらぼうに自分の名前を言った。

「ふ、風華ちゃんです」

「ああ! 風華ちゃん! 懐かしいわねえ。ああ、あの子がねえ……」

 おばあちゃんは心底嬉しそうに笑っていた。なんとなく、気持ちがわかる気がする。時間が経っても覚えてくれているというのは、言い表せない嬉しさがある。

 そしてそれは、風華も同じだろう。

「あの子はね、あんまり頻繁には来なかったんだけどね、来るとよく私の話し相手になってくれたの。いっつも300円だけ握り締めて、駄菓子を買って、私にも分けてくれて、たわいも無い話を楽しそうに聞いてくれた。いつからか来なくなっちゃったんだけど、覚えててくれたんだねえ」

 さっき会ったばかりの風華と、今会ったばかりのおばあちゃんの話に、少しだけ目頭が熱くなる。風華、いい子じゃないか!

 ニヤニヤしながら風華の方を見ると、照れ臭そうに背を向けられてしまった。

 別に恥ずかしがるようなことでもないじゃないか、とまだまだ子供っぽいところがあることを再確認する。

 また駄菓子選びに集中しようとした時だった。

「風華ちゃん、元気にしてるの? また来てねって伝えてちょうだいね」

 息が詰まった。

 風華の方を見ることができない。

 俺は、なんて答えるべきなんだろうか。

「元気にしてるって言って」

 またぶっきらぼうな声が聞こえた。

 ハッとして風華の方を見ると、背を見せたままだった。

「……元気にしてますよ。伝えておきます」

 俺の返事を聞いて、おばあちゃんはまた嬉しそうに笑った。


 そのあと駄菓子を色々買って、駄菓子屋を後にした。

「結構買ったわね。帰りながら食べれば?」

「え、でも歩きながら食べるのは行儀が悪い……」

「いい子ちゃんか! いいから食べなさいって」

 駄菓子屋でのあのことは、話題に上がらなかった。いや、上げられなかった。彼女が話し出すならまだしも、俺からその話題を振るのは、どう考えても無理だ。

「あ、さっき私が選んだやつ、食べてみなさいよ」

「ああ、あのガムが3つ入ったやつ」

 彼女が選んだものの一つに、ぶどう味のガムが3つ入っている駄菓子があった。それを袋から探し出し、取り出す。

「それね、当たりハズレがあって、一つだけめちゃくちゃ酸っぱいのよ。まあ、あんたが全部食べるからハズレ確定なんだけど」

「嫌がらせじゃねえか」

 そんな仲間内でワイワイやるような駄菓子をなぜ選んだのか。ああ、嫌がらせか。自分で言ったばかりだった。

「お前も食え。お供え物だ」

 包装紙を破き、ガムが3つ並べられているケースを取り出す。そしてそのまま風華に差し出した。

「いや、意味わかんないから。お供えされても食べられるわけじゃないし」

「わかんないだろ。とりあえず手にとってみろって」

 ずいっとさらに風華に差し出す。

「あのね、お供え物なんて気持ちの行動なんだから……、掴めたんだけど!」

「マジかよ!」

 彼女の手には確かに丸いガムが持たれていた。

「お供えものって本当に食べれるんだ!」

「私も初めて知ったわよ! あれ、でも、そっちにもガムあるわよ」

「はい?」

 自分の手元を見ると、確かにガムは3つのままだ。風華が持っているガムを合わせると4つになる。

「……なんかわからないけど、お供え物の仕組みが解明したわね」

「そ、そうだな。こういう感じだったんだな、お供え物って」

 なかなか落ち着かない空気だが、改めてガムを食べることにした。なぜか俺は風華と同じガムを選んで口に運ぶ。同じタイミングで風華もガムを食べた。

「すっぱ!」

「すっぱ!」


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