File.2 天使の歩み
お屋敷の天使、シオン様がたっち出来るようになりました。
そして、いよいよ…
シオン様は奥様が腰かけて編み物をされているソファーの下まで這い這いで進むと、ソファーに手をかけてゆっくりとお立ちになりました。
三人掛けのソファーの中心に奥様が座られていましたので、奥様のところまではひじ掛けがございません。
どうされるかとハラハラしながら奥様と使用人一同、見守っておりました。
あ、ちなみにこの奥様はシオン様をお産みになった側室ではなく、正妻ですが大変シオン様を可愛がっておられます。
この奥様と旦那様の間には三人のお子様がいらっしゃいます。
ああ、シオン様以外の辺境伯家のご紹介がまだでございました。
旦那様のカールセン様。二十九歳。
金髪碧眼の大変な美丈夫でございます。
文武に長けた長身と苦み走った容貌に、一たび屋敷の外に出かけられたら辺境伯領の若いご婦人たちからの熱い視線が途切れることはありません。
奥様のセイレーネ様。二十四歳。
黒髪蒼眼の色白で三人のお子様がいらっしゃるとは思えないほど可愛らしい方です。
近隣のタクゲイル伯爵家の次女で、旦那さまとは王都の学園で出会い、お互い魅かれあったそうです。
長男のスオウ様。五歳。
旦那様似の金髪碧眼で、まだ幼いのにしっかりと弟妹の面倒をみるお兄ちゃん。
次男のセージ様。三歳。
旦那様の金髪に奥様の蒼眼。
スオウ様に比べればちょっとやんちゃなところはありますが、弟妹には優しいお兄ちゃん。
長女のサリア様。二歳。
奥様の黒髪に旦那様の碧眼。
まだまだ甘えん坊のおしゃまさん。
お三方とも可愛らしい方々で、こちらも将来が楽しみでございます。
奥様は編み物をシオン様がいらっしゃらないほうのソファーの上に置くと、シオン様に向けて両手を差し出しました。
「シオン、いらっしゃい」
ですが、決して奥様からはシオン様に近づきません。
溺愛していても、シオン様の行動の妨げになるようなことは、なさらないのです。
流石は奥様です。既に三人のお子様をお育てしているだけあります。
私でしたら、思わず抱き上げて頬ずりしてしまいます。
シオン様は幼いながらも緊張した面持ちでゆっくりと片足を前に出そうとなさっています。
何度か躊躇していましたが、とうとうその一歩を踏み出しました。
ゆっくり、ゆっくり、ヨタヨタしながらも歩き出しました。
背中の透明な羽がパタパタと揺れていることから、羽でバランスをとっているのかもしれません。
そして、とうとう奥様の手が届くところまでたどり着きました。
「おぉぉぉっ!」
「きゃーっ! シオン様がお歩きになったわー!」
固唾をのんで見守っていた使用人一同、拍手喝采感極まって涙ぐみました。
シオン様は奥様に褒めながら撫で撫でしてもらい、ご機嫌でした。
ああ、この瞬間を日記でしか残せないなんて、残念で仕方ありません。
仕事中でその瞬間を見逃した旦那様は大層悔しがりました。
もちろん再現して貰おうにも、既にシオン様はお休みになられておりました。