7 決断
夕食の後は部屋から出るなと言われたけど、何故でしょうか?まあいっか。特別行くところもないし。夜にうろうろするものじゃないし。
すると、どなたかお客が訪れました。
「はい」
扉を開ければ、あ、クルト様でした!
「こんばんは。クルト様」
「ああ」
部屋に通せばいつものように、かと思いましたが、長めのソファへ私の手を引いて行かれるのでそれに従い二人で腰かけました。
「話の途中であったからな」
「あ、そうでした」
「――実はな、私の正体を話しても驚かないでくれ」
「正体? あ、そういえば、クルト様のそのお名前は通り名でしたね」
「ああ――心穏やかにして聞いて欲しい。決してお前を騙すつもりも、蔑ろにするつもりもなかった。事情があったしな」
「ああ、はい。聖女召喚に関係ない、得体のしれない人間だから警戒して当然かと」
「お前は本当に理解が早いな」
「ありがとうございます。で、物語ではこういった場合、大抵王族だったぁとか、高位貴族だったぁとか言うんですよ――え……まさか……え……」
「お前の知識は時々厄介だな」
そう言いながら、私の目の前で初めてフードを外されました。
――――え?―――あれ?この御尊顔は⁇
自分が今どんな顔をしているのかわからずに凝視しています………え⁇
「私の本当の名はイーヴァル・ルナ・ブレンステット。この国の王太子だ」
「――――な!」
おおお⁉叫ぼうとした私の口をがしっ!と殿下の手が塞いできました!おまけに、なんかこの体勢!押し倒されていませんかぁぁ‼‼
「大声はマズい。お前の居場所が漏れたらことだ」
居場所がバレたら何がマズいの?口を塞がれているため、何事なんだと目をぱちぱちさせて問います。
「声を上げぬな?」
こくこくと頷きます。そしたら殿下がそっと手を放してくれました――が、体勢が変わらないのですが!殿下の御尊顔が近すぎるのですが‼
「実はな、あの聖女が企みを持ってお前を探している」
「は? 何故ですか?」
「お前を妬んでの所業だ。自分の望みが悉く断られたからだ」
「あぁ……逆恨みですか……」
「そうだ。最初、私の側妃を望んだが、私はあのような者は認めぬ。人を害そうと企み役目さえ拒否した者を誰が娶りたいと思うか。次に所望したのは、同行者の妻だった。だが、共にいた者達があれを妻に迎えるはずがない。分かり切ったことをぬかすあれが滑稽だったぞ」
「そ、そうですか。私も男だったら、あれは嫌ですね」
「そして、私がお前を側妃にすると貴族たちの前で公言したから逆上したようだ」
――ん?今何か重要な単語が聞こえたような?
体を起こされて、頬を包み込むように両の手を添えられ、殿下と視線を合わされます!
「理解したか? お前は、私の側妃だ。わかったか? 共に暮らそうと言ったら、お前は承諾したよな? だから、これからは王宮の側妃の間で暮らせ」
今再び、自分の置かれた状況に頭が混乱してきました‼
クルト様が殿下?え?殿下がクルト様?え?クルト様が――殿下だった⁈
側妃?あぁあ!もしかして、ルイーゼさんが言ってたのは‼
後は任せたって、この事だったの‼あの時私が知らなかったから、そそくさと逃げたんだ‼
え!貴族の前で公言した!え!どういうこと⁉側妃って、一夫多妻制ですよね‼
「落ち着いたか?」
は⁉殿下のご尊顔が近い!頭をぽんぽんされていました!
「え、その、側妃と言われてもっ、私の国は一夫一婦制でそういった考えがなく!」
「ハル。よく聞け。これはお前の運命だ。お前は本当に偶然巻き込まれて召喚されたと思うか? 私は言ったはずだ。お前の能力のお陰で事を成し得たと。お前がいなければ、我々はどうなっていたかわからないのだぞ? お前の能力が世界を救った。あれはただのお飾りの聖女で、お前が本物の聖女だ。誰もが思っている。それが、真実だ。だから、お前はお前の運命を受け入れろ。お前は自分で言っていただろう。この世界の常識を覚えると。それは即ち、この世界を受け入れるということだ。だから、国を忘れろとは言わぬ。私の国を受け入れてくれ。そして、私を受け入れてくれ」
殿下の指が、私の頬に這わされます。
「ハル、お前を愛している。ハル――」
もうどう表現していいかわからない感情が爆発して、とめどなく涙が流れて止まりません……。
「ハル、ハル、泣くな、ハル」
殿下の長い指が、優しく私の頬を拭ってくれます。
――私の運命――。
私は、殿下と出逢う運命だった?この世界に来て最初に出会ったのは殿下だった。他の誰でもない殿下に私の運命を知らされた。
「どうして……殿下が、私のところに……?」
「ああ、それはな。召喚の儀式の時、お前が傍に倒れているのに、あの者は心配もせずに私に話しかけてきたのだ。このような者が本当に聖女なのかと疑問に思ってな。お前の方が本物ではないかと期待を持って訪れたのだ。だが、結果はな。私は内心落胆していた。お前はすぐさまあの者を泣いていないのかと心配していたのにな」
「……あの子は、どんな境遇で育ってきたのか理解に苦しみます……」
「そうだな。通路でお前があの者に遭遇した時、私は陰にいた。あの者の態度に裏表があることは知っていた。妖魔も言っていたな」
「ですね」
「お前の同行の話が出た時、あの者に何か企みがあるのではと感づいてもいた。だから反対したが、お前の存在は軽視できないとの判断だった。お前が齎してくれた発明品の数々。使用人達の心を掴む人心掌握術。お前が語る物語から得られた知識を無視するには惜しかったからな。父上のお考えだった。お前を同行させ、その存在意義を見極めて来いと」
そうでしたか――。
「お前の影響はそれだけではない。魔法士達にも自信を持たせた。道具に対してのお前の言葉が魔法士達の心に響いたのだ。晩餐会会場にいた使用人達もお前をどれだけ慕っているか見せてやりたかった」
「晩餐会があったのですか」
「今夜に行われた。お前を連れて行かなかったのは、お前を守るためだ。そして、見事に自分で暴露していたぞ。あの光は自分じゃないと」
「は? 自分でボロを出したんですか? え、なんで?」
「神殿の聖女の座を用意していると伝えたら、行きたくないと叫んでな。自分はやっていない。お前が成したのだと。あの光が聖女の証明というならお前が神殿に行けともぬかしていたな」
「えぇ……どこまで身勝手な……」
「あの者は現実を甘く見ている。宰相がその現実をわからせた。役目を放り出した者を貴族達が娶るとも思えぬ。それには一から貴族教育を受けてからだと伝えたから選ぶ可能性は低い。あの者は、努力を嫌う人間に思えるからな。実際、学ばねば自分が恥をかくだけだ。そのような無知なる者を娶ったとて、その家が苦労するのは目に見えているしな。貴族達に面倒を見させるのも道理がない。それに、王宮にも残させぬ故、最後には神殿へ行くことを選ぶだろう」
でしょうねぇ……礼儀も知らない、無責任。身の回りの世話をさせようとしたくらいだから、人を見下しているし、してもらって当たり前的な発言だもんね……ないわぁ。
物語で読んだ、性悪貴族そのものじゃないか。
ないわぁ……。
「ハル」
「は」
「お前は……その一人で考え込む癖はどうにかならぬか……私が目の前にいるのに、よく集中できるな……」
「あ、あは?」
ジト目の美形の迫力は凄いです!深いため息をつかれましたよ……。
「ハル」
「はい」
「側妃の話、わかったな?」
「はい……よろしくお願いします」
「ああ」
は、初めてのちゅうなんですが!なのに、濃厚すぎる‼
「ハル――愛している。ほら、お前も言ってくれ」
「あ、あぅ、あい、愛してますっ」
「くくっ。いつもははっきり言うお前がどうした? ん?」
「ぅぅっ……こういうの慣れてないんですってばっ」
「そうか。これからたっぷり時間がある。私に慣れてもらわぬとな」
んなぁぁ‼なんかエロ過ぎるんですがぁ‼
「それと、これからは、ヴァルと呼んでくれ」
「は、はい」
くぅぅ!何か恥ずかしい!愛称呼ぶの恥ずかしい!
「明日には側妃の間に移るからな。早い方がいい。それと、もう誰が来ても扉は開けるな。万が一を考えてだ。ここへ通じる通路に騎士がいるから簡単には通れぬ故、安心して眠れ」
「はい。わかりました」
またも、あつぅ~いちゅうをした後、ヴァル様はお帰りになりました。
うわぁぁ!何という事でしょう!こんな展開になろうとは!本当に!
――事実は小説より奇なりですね‼
私は、今日までの旅の事とかクルト様に扮していたヴァル様とのやり取りとかを思い出して、顔を赤くしたり青くしたりとなかなか寝付けずにいましたが、疲れには勝てなかった私は、いつの間にか眠りについていました――。