5 決戦
とうとう決戦の時が来てしまいました。四頭立ての馬車から馬を外し、殿下、ヴォルター様、ロドルフ様がそれぞれ騎乗されました。
「あの。粂さんもつれていきましょう。ここに一人で残すのは危ないですよね?」
準備をしていると、そんなことを聖女が言い出しました。皆の手が一瞬止まったのは気のせいでしょうか?
「ね。危ないですよね?」
――この聖女、何を考えているのかさっぱり分かりません。
「――ああ、そうだな」
殿下の同意に聖女が喜んでいます。いやだから、貴女はどういうつもり?まあ、覚悟は決めていましたけどね。
聖女が殿下の馬へ近づいていくと。
「ヴォル。聖女殿を乗せてやれ。其方が一番馬の扱に慣れているだろう」
「了解しました。聖女殿、こちらへぞうぞ」
ヴォルター様が手を差し伸べると、ちょっと不服そうだった聖女が嬉しそうに手を取って騎乗していきます。
えっと、そしたらラウル様に乗せてもらおうかなと近づこうとしたら。
「其方はここに乗れ――いいな」
すんごい威圧付きで、殿下がご自分の馬を指差しておられますが‼
「ハル殿。殿下のご命令通りに」
ロドルフ様の援護射撃に打ち砕かれました……。
絶対あの聖女の目が怖い事になているはず!ヴォルター様の後ろから絶対睨んでいるはずです!今まで距離を置いて注意してきたのに、どうして今になって‼
心内で愚痴りながら殿下の馬に近づいて、伸ばされた手を取って鐙に足を掛けて乗ろうとしたら、な~んでか前に乗せられたんですが?
「鞍をちゃんと掴んでいろ」
「あ、はい」
「背中を預けないと落馬する」
「あ、はい」
――すんごいプレッシャーなんですが‼‼
そんなこんなでも馬は歩き出し、先頭にヴォルター様。その斜め背後にエルンスト様とラウル様が、その少し後方から殿下とロドルフ様が続きます。
殿下の前……緊張で竦みあがっています……昨日の罰ですか?お仕置きですかぁ‼
森の樹々を縫うように暫く馬を進めていた時です。馬がぶるっと鼻を鳴らしました。動物の勘も頼りになりますよね。
「右に敵です――」
「「了解」」「え? どうしたの?」
聖女、邪魔だから黙っててくれないでしょうか。貴女の役目は、敵を倒した後だから。
それぞれが馬から降り立ち、手際よく馬を樹に繋いで迎撃態勢を取ります。
魔物が十数匹現れました。
「急所は主に、左前脚付け根付近です――他は仕留めます」
敵がぐるぐると喉を鳴らして威嚇している隙に、急所の場所が異なっている魔物に杭を打ち込みました。私の杭は、敵のすぐ近くに出現するので、避ける暇を与えないのです。
ばたばたと五匹がその場に倒れこみます。
敵を撹乱するために、ラウル様が地面を隆起させて土地人形を作りだしました。警戒を土人形に向けている間にエルンスト様が光魔法を展開して動きを鈍らせ、各自が動かれていきます。さすが連携が取れているというか、手際よく仕留められました。
「聖女殿。浄化を」
「はい」
ほへ~。やっぱり、聖女の光魔法は凄いですね。一度で広範囲の敵全部を浄化してしまいました。
それからも警戒を怠らず、順調に進めていきます。
最終決戦の場へ辿り着きました――。
うわぁ……見た目から禍々しい雰囲気です。鬱蒼と茂った樹々が開けたかと思うと、まだ昼間なのに辺りはより一層暗いのです。濃霧のように視界ゼロ。太陽の光さえも遮ってしまうこの一帯は、誰が見ても禍々しい瘴気が漂っています。
この先に何があるのか……。
これ、本当に入っていくの?嫌だなぁぁ……。
「……怖そうな場所ですね……」
聖女のぽつりと零した言葉に、もう誰も反応しません。分かりきっているので、皆さんは気が立っているのですよ。おこちゃまは、いつまで経っても暢気ですねぇ。
聖女を最後尾に、先頭はいつだってヴォルター様で、その背後に殿下と私。それからロドルフ様とエルンスト様とラウル様が続き、聖女の前に壁ができている状態で前進します。私の一撃必殺は視界が開けていないと効果がありませんからね。
歩を進める度に、瘴気が濃くなっている気がします。
「恐らく、この奥です――前方から聞こえてきます」
――あぁ、やっぱりいましたねぇ。妖魔さんたちが……。
ショボい妖魔は子熊のようなものでしたが、今目の前にいるのはいろんなサイズの、イボガエルにトカゲ、コウモリ、蛇、大蜘蛛らに羽って……。
その背後には、二足歩行の胴体にヤギみたいな頭を持つ、他より大きなラスボス級妖魔がいるんです。
妖魔の奥に鎮座するのは、なんともこれまた禍々しい漆黒の繭のようなものが見えます。大きさにして、某アトラクション施設の入場口にある地球儀程度。
「ほう。とうとうここまで到達したか、人間ども――」
うっ!何これ!鼓膜を震わす美声が、ぞわぞわと背筋を痺れさせます!思わず首を掻きむしって正気を取り戻しました。外見は動物なのに、ギャップが……。
「――其方らが妖魔か。そして、背後のそれが、其方らの源か?」
「いかにも。随分と――」
ボス級妖魔と殿下の会話中に、秘かに右の掌を前方に向けます。そして――。
「「ぐあぁっっ⁉」」「「げふっっ‼」」「「がはっっ‼」」
それぞれに呻き声が上がりました。隙ありだ!会話をぼけっと見ているのが悪い!追撃にもう二発‼
すると、妖魔たちが地に突っ伏しました。
「ふ、ふはははは!」
一匹残ったラスボスが笑いだしました。
「これは見ものだ。一瞬で仕留めたか。面白いぞ。そこの者、気に入った。名は何と申す。其方が聖女という者か?」
ん?明らかに私を見てます、よね……。
「聖女は私よ!」
最後尾に隠れていたのか知らないが、私の背後からそんな声が飛び出しました。
「――其方はつまらぬな。たかだかそこの者らが倒した骸を始末していただけであろう」
「な、何でそれをっ」
「我に見えぬものなどない――面白い者たちが召喚されてから全てを見通していた。そこの者の甘美なるは、そこの騎士の娘に向ける嫉妬の感情のみ。面白かったぞ。人間というのはこうも裏表がある生き物かとな」
うはぁぁ……図星を突いてきますねぇ……ラスボス妖魔さん……。
うっ……いや~んな寒気がしたのは、気にしないったら気にしない‼
「声は聞こえずとも、其方の目が雄弁に語っていた。その目は反抗か? それとも羞恥か? ふははは!」
えげつない精神攻撃ですよ……あ、やっぱダメか……。
試しに攻撃してみましたが、跳ね返されました……というか、ラスボスさんの弱点が分からないのですよ。他の妖魔たちと同じところを攻撃してみたんですけどね。
「駄目でした……」
「「了解――」」
「聖女――早く浄化せよ」
「は、はい…」
殿下は振り向きもせずに聖女に指示します。倒れた妖魔たちの体が消え去りましたが、ラスボスはびくともしていない?判別がつきませんね。
で、さっきから気になっている物体があるんですが。
「騎士の娘」
げ!お鉢が回ってきた!
「名を教えよ」
「――他の妖魔が、操ってやったのにと暴露していましたが?」
「ふははは! あの時は、そんなことを聞き出していたか。あれを殺った時の其方の手腕。我は気に入ってな。どうやってあれを誘導した」
「あのショボい妖魔さんですか? あっちに何かあると思わせたら、勝手に振り返っただけですよ。見事に引っかかってくれただけです」
「ふははは! 其方は策士だな!」
「もしかして、退屈だから話をしているだけですか? あの妖魔さん、退屈だから動物を魔物に変えて襲わせていると言ってましたけど」
「ああ、そうだ。我らは退屈なのだ。人間界に君臨したところで同じこと。どこにいても退屈なのだ。だが、其方は面白い。我の退屈凌ぎに丁度良かった」
「まさか! お花摘みに行ってるのも覗いたんじゃないわよね‼」
私の大声に、妖魔の笑い声が被さってきました!
「ふははは! 言うに事欠いて気にするところがそこか‼」
五月蠅い!このヤロォォ!!
私はさっきから気になっている箇所へ、氷の杭を怒り任せに打ち込みました!
すると、妖魔の動きが止まりましたよ‼
「え! ほんとにそこが急所⁉」
繭が鎮座する台座の一部が光っていたのですよ!
すかさずラウル様が魔法攻撃を仕掛け、エルンスト様が光属性の槍のようなものを打ち込んだのです。
するとどうでしょう!妖魔がふらふらと落下していきます!
追撃だあ!覗き見なんぞ許さん‼
「ぐあぁぁ⁉……騎士の、娘……我の、をも……聞き出して、いたのか……」
「勘」
「……くっ……」
「何をしている聖女。浄化せぬか!」
「はいっ……」
最後の妖魔が白い光に包まれて浄化されていきます。いつもながら、浄化速度が違いますね。
ん?
おおお⁉妖魔が消え去るとともに!禍々しい繭も消えていきます!もしかして、ラスボスは化身だったってことぉぉ‼‼
一層広がった浄化の光がこの辺りを包み込むと、全てが完全に消え去りました。
んがぁ!
何あれ⁉すんごいどでかいクリスタルのような塊が目の前に聳え立っています!先が尖った複雑な形をしていますが、太陽の光がきんらきんらと反射して、とても幻想的なのです!そして、その周り一帯にラクラミオアラが咲き誇っているのです!
でもです――。
悲しい声が……苦しそうな声が……痛そうな声が、そのクリスタルから聞こえてくるのですよ。これだったのか。沢山の声が聞こえるのに、妖魔以外の敵が出て来ないから不思議に思っていたのです。
「――これは一体」
「殿下。あまり近づかれない方が」
ヴォルター様が殿下を庇われます。
「綺麗ですね。こんなの見たことない」
綺麗だけじゃないんだよ。貴女の出番なんだよ。
「――そこから、あの声が聞こえるんです」
「何? それは真か?」
「はい。声の数にしては、敵の数が変だと思っていました。正体はこれですね……」
「聖女。浄化を」
「え、なんで! そんなのわからないでしょう! どうして危険なところに私が行くの!」
――碌でもないですね。自分が使命を受け入れたんでしょう?どうして最後まで全うしようとしない。
「それに、さっきまでで魔力が少なくなって!」
え?そうなの?私も結構攻撃したけど、そんなこと感じないけどな?
――もう面倒くさい。一か八かやってしまえ。
私はつかつかと巨大クリスタルに歩み寄り、躊躇いもせずに両手を添えて女神の息吹を展開しました。
――ああ……もう痛くないよ。頑張ったね。ゆっくりお休み。
徐々に、徐々に呻き声が安らかなため息に変わり――最後の声が途絶えると、私は目を開いて手を外しました。
「凄い。まるで光が世界中を包むような勢いで四方に飛んでいきましたよ、ハル殿」
あれ?皆さんが、四方八方を見て惚けていますが?何があったのですか!え!私も見たかった!耳を傾けてたから目を瞑ってた!勿体ないぃぃ‼
あ、あれ……うぅ……力が抜けていきます……まさか、これが魔力の使い過ぎ?初めてだからわからない……。
「ハル! どうした⁉」
……殿下が体を支えてくれます……。
「魔力を、使い過ぎたようです……」
「はぁぁ……ならいい。何かがお前を害したかと思ったぞ……」
「すみませ~ん……声が止まるまで夢中になっていたら……」
「もう喋るな。しっかり掴まっていろ。馬まで運ぶから」
ん?何が起こっている?ん?お姫様抱っこされてない?本物の王子様にお姫様抱っこ……なんか笑えるんですが。
あぁ……疲れて、眠くなってきましたぁ……。
「おいこら、まだ寝るな! もうすぐだ! 起きろ!」
「ぅゅ……ねむ、いぃ……」
「だから寝るな!」
「ぅゅさいぃ……」
「お前は酔っ払いか! 起きろと言っている! ほら、掴まれ!」
目を必死にこじ開けて、誰かに支えられながら鐙に足を掛けてお馬さんに抱えあげられると――。
空に浮かぶ白月を見たのを最後に、私の意識はくったりと落ちていきました――。
+++
『よく眠っていますね』
『――ロドルフ――其方の目、何が言いたい』
『照れ隠しに威圧しなくても』
『五月蠅い』
『彼女をどうなさるおつもりで?』
『――』
+++