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4 遭遇


 本日は大神殿に立ち寄り、いよいよ例の村へ向かうことになります。馬車の荷台や馬車の上部に括りつけているのは食料や野宿用品で、これからはそれで食事を摂って進んでいくそうです。最初の休憩で食料を見たら――ほぉお。携帯食料という袋詰めにされた食べ物でした。調理いらずで助かりますね。味も悪くないんです。


 こういう時間の時は、極力聖女の視界に入らない場所に陣取って休憩しています。何故なら、何を考えているのか……私に見せつけるかのように皆に話しかけて、恰も自分の所有物の様な振る舞いに見えるのは――気の所為じゃないと思うんですよねぇ……。

 こんな時は、関わらない方が身のためです。気づかないフリが一番。

 クルト様も言っていましたね。あの子は旅行気分だと。あの子は幼いと。大人の余裕で相手にしないが得策です。



 さて、第一次トイレタイムがやってきました。

 一番近くにいたラウル様に断りを入れて……文明日本が恋しいかな……。

 皆さんからちょっと離れた木陰に隠れて、あとは野となれ山となれと。


 ん?

 ――まずい――本当に私は運が悪いようです……。

 明らかに『普通ではない生き物』が目の前に現れました。

 ここから叫んで聞こえるか?助けが駆けつけるまでに持ちこたえられるか?あの生き物の走るスピードは?

 予測不能で無理だと判断――ならば、やっぱり自分の身は自分で――。

 震えそうになる手を叱咤し、体の前に手を掲げます。

 魔物が牙をむいてきました‼

 無詠唱で可能になった《氷の杭》を展開!

 その杭に試してみる予定だった魔法を纏わせ――魔物に放ちました!派手な攻撃ができないのをカバーするために、私は早さを特訓したんです!

「ギャンっ‼」

 魔物は、断末魔を上げてその場に倒れこみました。一撃が効いたようです。ほっとしている時間はありません。《女神の息吹》という光属性の聖魔法で浄化が必要なのです。

 限られた人しか使えないらしいのですが、こっそり練習してみたら、私も狭い範囲なら展開できることが分かったのです。

 魔物に向かって魔法を行使します。するとどうでしょう。まるで砂が風に吹かれてさらさらと流れ落ちるように、黒い粒になって徐々にその姿を消していきます。

 ふと思い立ち、その魔物に触れてみました。

 おお!浄化のスピードが上がりました!狙い通り!”手当”って、腹痛の子どもに手を当てて慰めるあれです。それが通用するか試してみたらビンゴ‼

「ゆっくりお休み。もう痛くないから……」

 完全に消え去ると、何とも言えない焦燥感に駆られてきました……。



「何かあったのか? 遅いようだが」


 びくうっっと肩を揺らして振り向けば――え、殿下ですか。え、殿下が探しに来たんですか――――すみません‼

「あ、いえ、何も。申し訳ありませんっ。手間取りましたっ」

「――ならばよい。行くぞ」

「はい」

 あれ?何故動かれないのでしょうか?

「――其方は、私を恨んでいるか?」

 は?

「殿下は、何か心当たりがおありなのですか?」

「いいや。ない――」

「はい。むしろ感謝しています。お礼が遅れましたが、勉強する時間と部屋をいただきありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて顔を上げれば――あれ?瞑目して何か考えている雰囲気です。

「行こう」

「はい」

 踵を返して皆のもとへ向かわれます。


 ――恨む、か。もしかして、この旅に同行させたことを気にしているのかな?でも仕方ないよね。聖女が言うこと聞かないなら。殿下も自ら来られるんだし、聖女の機嫌を損ねたくないんでしょうから。どう足掻いても、あの聖女の力が必要なんですからね。

 部屋の恩と同行の文句は相殺ですよ。だから恨みなんてありません。それぞれ、いろんな事情があると思うのですよ――それがどんなに理不尽でも――。


 殿下の背中を追いながら、私はさっきの魔物の事を報告した方がいいのか凄く迷います。だって……最終地点に着いたら馬車に残りたい……討伐できるのなら来いと言われるかもしれない……でも、報告を渋ったことで、ここら一体地域の対策が遅れたら?

「――あの、殿下っ」

 私は、自分の事だけを考えてはいけないと決断しました。

「何だ」

「報告が遅れて申し訳ありません――先程、魔物と思われる生き物と遭遇しました」

「何? それを一人で討伐したのか?」

「はい。実は浄化の方法も聞いていて、試したらうまくいきましたので問題ありませんが、ここまで魔物が進行していることをお知らせしなければ、対策が遅れると思いましたので」

「わかった。警戒態勢を敷こう。よくやった」

「はい」

 急ぎ足で戻られると、ロドルフ様と何か打ち合わせをされていて、呼ばれたラウル様が手を掲げると、何かが出来上がったと思ったら!その足に何か結び終わると、空に浮かんで、どこかへと飛び立って行きましたよ‼

 何それ!すんごい興味ある!

「ラウル様、さっきのは何ですか?」

 同じことを思ったのか、聖女が先に尋ねました。

「具現魔法だ。鳥を模せば、空を飛んで相手へ届けてくれる」

「すご~い! 私もあんなのできるんですか!」

「君は無理だ。光と補助魔法しか使えないから」

 え?どういうこと?私、基本だけど『全属性』使えますが?


 ――これって絶対あの子に言わない方がいいですね。さっき討伐したことも言わない方がいいですね。うん!絶対禁句だ‼

 もしかしたら、器用貧乏だから基本魔法だけしか使えないのかもしれません。聖女は光に特化しているから、凄い範囲の浄化ができるんでしょうね。その可能性が高いですね。



 いよいよ大神殿に到着しました。事情を聴けば、魔物が出現して以来、村からの花の奉納が途絶えてしまっているそうなのです。

 ここで、討伐成功祈願が行われました。その祈りの儀は、なんとも神秘的な儀式でした。

 それに、この神殿自体がとても荘厳なのです。精緻な彫刻が施され、圧倒されるほかありませんでした。とても美しいとされる女神の姿を模ったらしいその像が祀られた祭壇は、圧巻の一言です。地球でも見るようなステンドグラスも見事で、神話をモチーフに作られているそうです。


 ――月の女神ルシーンよ。この世界の万物を育む神よ。水で大地を潤わせ、風が種を運び、大地には実りを与え、火によって生活の営みを支え、この世界に降り注ぐ光は万物の指針となり、万物が癒しとなる闇を齎し給え――。


 魔法が存在し、魔物まで出現する摩訶不思議な世界。クルト様から習った通り、この世界は女神より支えられているのだと改めて実感しました。ファンタジーの一言では片づけられない現実の世界なのだと――。



 大神殿での休憩が終わり、一路村へ馬車を走らせます。一時間程走ったでしょうか。視界の先から、人の悲鳴のようなものが聞こえました!村は目と鼻の先の距離!魔物が出現したに違いありません!

 馬車の両脇からエルンスト様とラウル様が馬で駆け抜け、村へと急行します。前方では悲鳴に駆け付けた騎士様たちが応戦し始めているのが見えました。敵は痛覚があるのか分からないほど、騎士様の剣を受けても魔物は倒れないのです。

 どういうこと?あの時、一撃で倒れたのに?

 馬上からエルンスト様が光魔法を展開。魔物の動きが鈍りました。それに気づいた騎士様たちがその場から退くと、続けてラウル様が《砂鉄の槍》で攻撃。

 さすが魔導師様!

 今度は、串刺しになって完全に足止めされた魔物に向かって、エルンスト様が《女神の息吹》を展開。

 さすが大神官様!三匹同時に浄化されました。歓声が上がっています。

 私たちが乗る馬車も、その現場に到着しました。


「村の状況は」

「は! 魔物が多数出現しておりますが、幸い怪我程度に留まり死者は出ておりません。しかし、倒しても倒しても、敵は時間が経過するとまた起き上がって人や家畜を襲ってくるのです、殿下」

「やはり光魔法による浄化が必要のようですね。文献に間違いはありませんでした」

「ああ。今倒れている魔物の数は」

「三十匹ほどです。一か所に集めていますが、いつまた起き上がってくるか。縄で括りつけても歯が立たないのです。すでに縄も底をつき、追加物資を要請しておりました」

「相分かった。聖女殿を連れて浄化に行く。案内せよ」

「は!」

「イーヴァル様。出番ですね」

「おお! 貴女様が聖女様ですか! お待ちしていました!」

 騎士様一人の声がどんどん伝染し、聖女を心待ちにしていた村の人たちも集まってきています。


 ――そんな事より、怪我人が気になりますね。私の基本魔法がどこまで通用するかわかりませんが、使える力は使わないと。

 殿下とヴォルター様と数名の騎士様らがその現場へ向かうのを見送り、私は村の人に声を掛けてみました。

「あの」

「あ、はい。騎士様、何でございましょう? あれ? 女性の騎士様ですか?」

「ああ、はい。ちょっと訳ありで。それで、怪我人の方はどれほどの傷を?」

「はい……女の子なんですが、足の数か所を引っかかれたり、噛みつかれた跡が……」

「ハル殿」

「はい。あ、エルンスト様。怪我人の方に治癒魔法を施せないかと」

「貴女は治癒も?」

「基本魔法ですが、覚えることができました。どれくらい通用するかはわからないのですが」

「そ、それならあの子を何とか治してもらえませんかっ。あの子は、もうすぐ村のもんと結婚する予定だったのに……ショックで、伏せちまっているんです……」

 でしょうね……女の子だから……。

「私も行きましょう」

 さすが神官様!

 ロドルフ様は、騎士様から情報収集をされており、ラウル様は馬車の番に残り、村の人の案内で、エルンスト様と二人でその子の所へ向かいました。

 その子の家に着くと、浮かない顔だったご両親も神官様の姿を目にすると、希望の光を得たように目に生気が戻ってきていました。そうか、制服ってそれだけで威力が発揮されるんですね。その職業の象徴ですからね。

 だけど、神官様が男だとわかると、女の子は入室を拒んだのです。傷ついた姿を見られたくない気持ちは、女の私なら痛いほどわかりますよ……。

「でしたら、私が入っても?」

「え、あれ? 女性の騎士様、でございましたか。え、しかし……」

「期待はなさらないで欲しいのですが、私も少し治癒ができます。少しでも癒えれば、お嬢さんも前向きに治療を受けてくれるかと」

「ええ、それはいい方法ですね」

 女の子も最初、女性の騎士様と疑っていましたが、疑心暗鬼でも治りたいという意思の方が強いのか、入室を許可してくれたのです。

「失礼しますね」

 本当に女性だったことに驚いているのか、ベッドの上で布団にくるまりながら吃驚した顔でこちらを見ていました。

「提案があるの」

「はい」

「私で完全に癒せなかったら、その後神官様に診てもらってもいいかな? きっと貴女の力になってくれるはずだから」

「はい……ありがとうございます……」

 女の子の瞳に涙が滲んできました。

「じゃあ、患部を見せてくれる?」

「はい」

 抵抗などせず、素直に布団から足を出してくれました――患部は、魔物の禍々しい闇の気が影響しているのか、普通の怪我とは思えない黒っぽい痣のようなものが、まるで蔦が伸びるように蔓延っていました。

 私が最大限使える《女神の息吹》を展開して、彼女の患部に手を添えてみます。

 おお!思った通り黒っぽい痣が消え去っていきます!やっぱり闇の影響でしたね!彼女から喜びの声が上がりました。

 次に、残った傷跡に治癒魔法の基本《癒し手》を展開してみます。考えていたことを実践してみようと思います。それは、繰り返してみるんです。一度で治せないなら、少しずつ回数を繰り返してみたらどうかと。ラウル様に相談したところ、その考えは有効だろうと言ってくれていましたから。

 少しずつ、少しずつ。

「ごめんね。私の力はこれくらいまでみたい。神官様を呼んでも大丈夫?」

「はい! ありがとうございますっ。本当にありがとうございます!」

「うん。じゃあ、呼んでくるからね」

 輝くような笑顔が眩しく、役に立てたことが私も嬉しくて、二人で微笑みあいました。エルンスト様を呼べば、さすが、上位の治癒魔法を施せば、彼女の傷が綺麗に消え去りました!

 駆けつけてきた婚約者のご家族と、少女のご家族総出で感謝されながら見送られました。


「エルンスト様」

「はい、何です?」

「どうやら魔物から傷を受けると、闇の影響で通常では考えられない患部になっていて、黒っぽい痣が蔦のように蔓延っていました。もしやと思って女神の息吹を施したら、その痣は消え去ったのです」

「なるほど――そして、貴女は女神の息吹も使えるのですね」

「自分の身を守れるならと練習しました。一匹程度を浄化するくらいですが」

「そうですか。昼間、貴女が一人で討伐したと殿下から聞いていましたが、どうやって?」

「そうだな。私も聞きたい」

 私たちの会話が聞こえていたラウル様が質問されました。

「あ、はい。これです」

 氷の杭を展開しました。大きさは、指先から手首くらいの長さです。

「これに女神の息吹を纏わせて打ち込んでみました。魔物の動きが止まったので、あとは浄化しただけです。あ、それと、掌を相手に当てると浄化速度が上がりました」

「速度が上がった?」

「はい。あちらの世界で『テアテ』という言葉があるんですが、親が子どもの腹痛に文字通り掌を患部に当てて慰めると、子どもの腹痛が軽減するという心理効果があるんです。もしかしたら、通用するかなぁと試してみたら正解でした」

「興味深い試みだな」

「ええ、そうですね。神官たちも、その方法を用いれば癒しの効果が上がるやもしれませんね」

 エルンスト様もラウル様も顎に手を当てて何かお考えのようですね。お役に立てたら幸いですが。

 ふと、林の方が気になりました。

 よかった。ゆっくりお休み、もう痛くないよ――。



 +++

『おお! これは凄い! 一度に魔物が消え去ったぞ!』

『聖女様! お見事です!』

『聖女様! 助かりました! さすが聖女様!』

『えへへ。これくらいのこと何ともありませんよ。イーヴァル様、ヴォルター様、私の力見てくれました!』

『ああ、これからも頼んだぞ』

『はい!』

(うふふふ。これが私の力! 皆が私に感謝するの!)

 +++



「よし。このまま問題の森の近くまで進むぞ」

「日が暮れる前に、敵の本拠地近くまで向かうが得策ですね」

「「「了解」」」「はい」

 私は少し離れた場所でその合図を聞いていました。あの聖女の警戒も怠れません。今日の昼間、殿下が私を探しに来た後、お三方が話しているのをいいことに、こちらを物凄い目で睨みつけていましたからね……何なんでしょうね、あれ。そんなに気に入らないなら、連れてこなければよかったのにと思うのですよ。


 計画通り村を発ち、聖なる地を目指します。案の定、この先は一筋縄ではいかなくなりました。魔物の襲撃が始まったのです。ラウル様、エルンスト様のお二人がいれば危なげなく進めましたけどね。

 そして、なんとか件の森近くまで予定通り到着することができました。それと同時に不穏な瘴気を肌で感じることができます。その場所は、明らかにひんやりとしているんです。


「今夜はここで野営するぞ。明日は決戦になることは必至。見張りは十分体力に配慮してくれ」

「了解」

 思い思いの場所に野営の準備を進めていると、聖女が近寄ってきました。

「粂さん」

「はい?」

「洗濯してほしいの。昨日から着たまんまなんだもん」

「ええ。いいわ」

「あっちでいい?」

「ここでいいわよ」

 誰が貴女と二人になりますかってんだ。

「ここで?」

「ええ。じっとしててね」

 《洗滌》を展開。

「冷たっ!」

「だったら、ちょっと待って」

 火属性を加えて水を温め、再度彼女の体に《洗滌》を織り込んだ温水の塊を纏わせました。顔以外のところを全部くるんで入浴アンド洗濯の完了!火と風をミックスして、温風で乾かしてあげました。

「ふ~ん」

 何というか、お礼もなしに馬車に乗り込んでいきましたよ……。

 気を取り直して、ついでに自分も。騎士セットのブーツが蒸れるんですよ。

 よお~っし!全部丸ごと温水洗い!らっくちんらっくちん!少し残った水気を温風でちょちょいのちょいっと!

「ふむふむ。それは便利だな。是非私もお願いしよう」

「え、ヴォルター様もですか?」

「ええ⁈ 男は駄目ぇ?」

 なんですか、そのくねくねした動きは……。

「構いませんよ。じっとしててくださいね」

「了解! さ、どんと来なさい!」

 ムードメーカな方ですね。ヴォルター様も完了すると、さっぱり~と喜んでくれました。きっと足が蒸れたんだと思います。

 気持ちが分かります。ええ、分かりますとも!


「私も頼もうか」

 は?――殿下もですか?

「ああ、殿下。さっぱりしますよ。ほら、ハル殿。ちゃっちゃとやっちゃえ」

「――ヴォル――”やっちゃえ”が、”殺っちゃえ”に聞こえたが?」

「いえいえいえ。そんなことは微塵もありませんよ。ええ。微塵も」

「その口元でですか? ふよふよしてますけど? ヴォルター様……」

「気のせいさ!」

 両手を上げて降参の意を示して離れていかれました。逃げたよ……。

「では頼む」

「はい」

 畏れ多くも殿下にビビりながら魔法を展開し、馬車を陣取っている聖女に気付かれる前に終わらせました。

「助かった」

「お役に立てたら幸いです」

 後のお三方に聞けば、皆さんが是非と言われたので、かの店の”喜んで!”を思い出しながら終わらせました。

 皆さんの入浴アンド洗濯が終わると、思い思いの場所に簡易ベッドを敷いて、見張りを交代で眠り始めました。


 うとうとと意識が落ちようとしたとき――あの”声”が――。


 微睡から引き摺り出した意識でもう一度耳を澄ましてみます。間違いないです。私が起き上がると、近くで見張りをしていたロドルフ様が視線を向けてこられました。

「(どうかしたのか?)」

「(えっと。お花摘みに行きたいので)」

 こちらの世界は、トイレに行きたいときの女性はそう言うらしいんですよ。

「(気を付けて行ってきなさい。何かあれば直ぐに叫ぶんだよ)」

「(はい)」

 皆を起こさないように手短に話を終わらせ――私は、声がする方へ向かいました。森の中へと分け入っていきます。

 暗い森の中を掌に光を灯して二百メートルくらい進んだでしょうか。その声の主たちがこちらを睨んで威嚇しています。魔物が三匹――。

「大丈夫だよ。今助けるから」

 手を掲げると、魔物が身構えてこちらに襲ってこようと重心を落としましたが、私の展開した《聖魔法混合・氷の杭》が動きを封じました。やっぱり、この攻撃は有効のようです。すぐさま地に伏した魔物に近づき《女神の息吹》で手当します。三匹とも無事に浄化できました。大小さまざまな大きさの魔物たちでしたね……。


「へ~。貴様が聖女というものなのか?」


 ぞくっと身を震わせ――声がした右手側に視線を送りました。光を膨らませ、相手の顔を確認しました、ら⁉

「え! 何⁉」

 ぞっと足元から悪寒が這い登ってきます!だって!だって!あんな姿の生き物見たことありません!角!おまけにコウモリみたいな羽が生えてる⁉

 ぱたぱた羽をばたつかせて宙に浮いてるんですが!人間の赤ちゃんくらいの大きさなんですが⁉

「ま、まさか――魔物の仲間?」

「そうだと言ったら? ま、正確に言えば、妖魔だけどな」

 逃げたくても、足が竦んで動けません!でもです!

「な、なら! 聞きたいことがある!」

「我が素直に教えるとでも?」

 だからと引き下がるか!こうなったら火事場の馬鹿力だ!

「もしかして、人間を襲ってくる魔物は、もといた動物を魔物に変えているんじゃないの!」

「へ~。そんなことまで分かるのか、聖女とやらは。ふ~ん、興味深いな」

「やっぱり! 何てことすんのよ! あんなに痛がることするなんて!」

「くははは! 貴様、気に入った。名前は何という」

 誰が素直に答えるかぁぁ!物語であるだろう!名前を言ったら操られるのなんのというオカルトチックなやつが‼

「誰が教えるか!」

「へ~。貴様、我に名前を教えれば操られると知っていたか」

 ん?この妖魔、ぺらぺら話すよね。あんまり知能高くないのかな?

「で! あんたたち妖魔は、なんで人間を襲うわけ!」

「ああ。そりゃあ、退屈だからさ」

「退屈ですって?」

「ああ。な~んにもすることがないからな」

「じゃあ、本でも読めばいいでしょう! 言葉が話せるなら、文字も読めるんじゃないの⁈」

「はあ? 本とは何だ?」

 ――この妖魔、外見はキモかわいいけど、話すとショボい。ってか、もう話すのやめよう。

「ん? あれ?」

「あ? どうした」

 敵の注意が逸れたところを!隙ありだ‼

「ぐあぁっっ⁉」

「他所見するからだ!」

「き、貴様……よくもっ……」

「追撃‼」

「あがぁっ!ぐっ!……――」

 妖魔が落下して、どっと地に倒れこみました。

「動物たちの恨みを思い知れ! 《女神の息吹》!」

 頭や足先や羽の先から、さらさらと黒い粒になって消え始めます。断末魔ももがく声も聞こえないので、この浄化を受けている時は苦しくないのでしょうかね。

 立て続けに女神の息吹を当てる箇所を分散して浄化していきます。連発が効いて幸いですよ!

「――もう、悪さしないで。動物たちを苦しめないで」

 腕も消え去ったので、近寄って手当をしようとしたら――。


『《女神の息吹》』


 エルンスト様の声が聞こえてきました。妖魔の体を包み込み、すべてが浄化されました。

「はぁぁ……無事でよかったですよ……」

「其方は、何を一人で無茶をしている!」

「ハル殿。何かあったら叫ぶように言っただろう」

「もう、ハル殿! 君は無茶しすぎだ!」

「――貴女は……私はそんな事の為に教えたんじゃないんだがな……」

 あは……皆さん勢揃いですよ……。

「いえ、あの、その……足が竦んで動けなかったので……話をしたらですね、ショボかったので、助けを求めるより、ですね……早いかなぁと……」

 視線を下げながらそう言い募ると……ええ……殿下に怒られました。

 馬鹿者‼と……はい……。

「もう、お前は一人になるな! 何回心配させたら気が済むのだ!」

「は、はい……え、でも……お花摘み……」

「誰か連れていけ!」

「い、嫌ですよ! そんなのできるわけありませんよ! 何を破廉恥なことを!」

 あれ?――今……殿下に……口答えを‼‼

 パニックを起こした私の行動は、思わず掌の明かりを消して、奇声を発して近くの木の陰に逃げ込んでいました……。

 いやぁ!すみません!すみません!口答えしてすみません‼

 ぶるぶると震えていると、ヴォルター様のいつもの笑い声が聞こえてきます。光が再びぽわっと灯ると、木陰からエルンスト様のお顔が見えました。

「あはははは! は、破廉恥っ、ぶふっ、ぶはははは!」

 ひぃぃ~~!傷を抉るなぁぁ!ヴォルター様‼

「――ヴォル――其方一度殺してやろうか」

「いえいえいえ。ぶふっ! いえいえ、滅相もありませんっ、ぶふっ!」

 あぁあぁ……いつもの殿下あ~んどヴォルター様の漫才が聞こえてきます!

 周りの方たちも笑いを我慢していたのか、誰かがまた吹き出すと、どっと笑いが起こったのです。

「ぶふっ! うさぎちゃん、出ておいで。殿下は怒ってないから。破廉恥って言われて落ち込んでるだけだから! ね!」

 ヴォルター様って、怖いもの知らずですねぇ……。

 そろおぉっと木陰から顔を出してみると、皆さん肩を震わせていらっしゃいます。

「ああ、いたいた! うさぎちゃん、こっちおいで。ぶふっ!」

 とうとう殿下がヴォルター様の頭をはたかれましたよ。殿下の視線がヴォルター様へ向かっているうちに、がさこそと一番近いラウル様の陰に隠れるように合流しました……。


「ハル殿。先程、魔物と話していたようだが、どういった内容で?」

 ラウル様の隣にいたロドルフ様が問いかけてこられました。

「あ、はい。襲って来る魔物は、元は普通の動物で、操られて魔物に変えられていたんです。痛がっていたから聞いてみたら、ポロっと答えていました。それと、名前を知られると操られるから気を付けた方がいいです。名乗らなかったら、さっきの妖魔がそうだとぺらぺら喋っていました。で、妖魔が人間を襲うのは暇だからと」

 ん?あれ?

「――どこをどう問いただしたらいいのか……頭が痛いね……」

 ロドルフ様が頭を抱えています。あれ?他の皆さんの目が据わっていませんか?

 そしたら、一斉にため息をつかれるし……。

「其方は……何を相手に暢気に話しておるのだ」

「そうだよ、うさぎちゃん……しっかり助けを呼ぶ時間あったじゃないか……」

「ハル殿。何故、動物が変えられていると分かったので? それに、痛がっているとはどういうことでしょう?」

 あ、しまった……つい、ぽろっと私も吐露していました。動揺が抜けてなかったようですね……。

「いやぁ~、あのぉ~、何と言いますか……それはですね……」

「隠さず話せ」

「……はい……」

 殿下の威圧が凄いです……。

「それは、魔物の声が聞こえるのです」

「声が? うさぎちゃんに聞こえるの?」

「はい。あの村へ近づく度に声が強くなってきました。様々な動物の唸り声なんですが、痛いと聞こえなくもなく、浄化をしたらその声が止むんです。小さな声でふっと安堵のため息のような声を最期に止むんです。最初に遭遇した魔物は気のせいかなと思ったんですけど、村で浄化された時、大量の声が止んだので確信しました。近くに魔物が現れると聞こえ出すみたいで」

「それはまた、我々に有利な能力だね」

「確かにな。其方がいれば危険が減る」

「――しかし、ひとつ解せないことがある。貴女はどうして一人で相手を仕留めることができる」

 ラウル様の指摘に答えるしかありません。この世界の人たちは皆見えているのかと聞こえるのかと思ってましたが、そうではないようです。

「それはですね――この世界へ来て目が覚めたらですね、人の体の急所である心臓付近が光って見えたのです」

「何?」

「最初、なんで光るのかなと思ってたんですけど、それが普通なのかなと思って言わなかったんですが、光る場所が急所だと確信したのは最初の魔物です。その部分がそうなのか試すために氷の杭を打ち込んだら、ぴたりと動きが止まりました。さっきの妖魔は、追撃にもう一発打ち込んだら動きが止まったんです」

 エルンスト様とラウル様が顔を見合わせていらっしゃいます。

「これはまた、とんだ能力をお持ちのようだ――」

 ロドルフ様が顎に手を当てて、私を値踏みするような目で見ていらっしゃいます。

「ええ、そうですね。手違いで召喚したかと思っていましたが、これはとてもそうとは言い切れませんね」

「ああ。能力だけではない。貴女の知識も相当我々の手助けになっている」

「くくっ。うさぎちゃんを連れてきて正解だったかな? 誰かさんが一番反対していたけど」

「――兎に角! 其方は一人になるな! いいな!」

「はい……」

 殿下の鶴の一声でその場から撤収し、明日に備えてそれぞれ眠りについていきました。


 ――これで、最後まで同行することが……決まってしまったようです……。

 あぁ、取り敢えず、おやすみなさい――――。





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