1 ここは何処ですか⁉
世の不条理な現象に遭遇しました――。
目の前の女子高校生がスマホを鞄から取り出そうとした弾みで落としたペンケースらしきものを拾い上げ、肩をとんとんしたら振り向いてくれました。
落としたでしょう?と右手に持つケースを差し出した時――。
ぴかっ!
ん?
突然足元が光ったかと思った瞬間、ぐわんとめまいがして意識が途切れたのです。
で……全く分からない状況に放り出されていました……。
目が覚めた私の最初の一言――。
「ここは何処ですか⁉」
え?
「ここは、何処、ですか――」
私は頭がおかしくなったのでしょうか?え?私は国籍日本人ですよね?頭の中は日本語話~てますよ~ね、あはん?
「なのに、口から出る言葉は何語ですか⁉ その意味が分かるのがまた恐ろしい‼」
決して私の頭がおかしいのではないはずです!この状況が恐ろしいです‼
「何ここ! ヨーロッパのどこのお城ですか! 誰かいませんか‼」
ちょー豪華そうなベッドに寝かされていて、すんごく怖いんですが!誰が何のために誘拐させた⁉
「目が覚めたようだな――――其方は、何故そのような所にいる」
豪華なカーテンの陰に隠れて、子犬よろしく震えていますが、何かっ⁉
おろおろうろうろ室内を探索して、一番落ち着ける場所だったのですが、何かっ⁉
突然現れたフードを目深に被った男性と思われる人物に慄いていますが、何かっ⁉
「言葉が分からないのか?」
「分かりますっ、分かりますが、ここは何処のテーマパークですか! どうして私がこんなところにいるのでしょう⁉ もしよろしければ教えていただけませんか!」
これは新手の詐欺誘拐⁉私は、しがない芸大生ですが‼ただの一般人ですが‼金持ちでも何でもありませんが‼
「落ち着け」
「突然知らない場所にいて落ち着けますか!」
「まあ、そう怖がるな。誰も取って食ったりしない」
「そういうのが、悪の常套句なんですよっ」
「くくっ。其方は警戒心が強く、賢いようだな」
「誰でもそうなると思いますが? いえいえ、すみません。教えを乞う方に威嚇して申し訳ありません。質問に答えていただけますか?」
「そこから動かぬのだな。まあいい。其方は、”巻き添えを食っただけだ”」
「はい?」
「ここは、ブレンステット国という。異世界より聖女召喚を行った際に、其方は巻き込まれた。本来の聖女の名は『ヒメカ・ミソノー』というらしい。ちなみに俺は、クルトという。其方の名は?」
「粂葉瑠です」
「クメハル?」
「ああ、いいえ。ハル・クメです」
「そうか。ハルか」
「――少し、頭の整理をさせていただけますか?」
承諾を貰おうが貰うまいが、クルトと名乗った男性から視線を外して、思考の海へダイブしました。
――えっとぉ?何を仰っているのやら?今、異世界って言ったよね?召喚とか言ってなかった?それも聖女召喚?その召喚に巻き込まれただって?ブレなんちゃらなんて国知らないし⁇
へぁ?
ん?私は――巻き込まれた?ファンタジー小説であるような召喚に?
「はあ⁉ 召喚って、突然誘拐してきたのと同じでしょう! もしかして、私の近くにいたあの子の事!」
「誘拐と申すか」
「当り前じゃない! 本人の意思も確認しないで掻っ攫ってくるのが誘拐のすることでしょう! 聖女って、もしかして、魔物とかと戦えって言うんじゃないでしょうね⁉」
「――――何故、そのことを知っている」
「はあ? そんなものよく物語にあるでしょう! まさか、本当に巻き添え食らって異世界に連れてこられたの⁉ いやまさかそんな。え、頭おかしくないはずなのに、この事実を認めるのが怖い! もしかして、元の世界に帰れないって言いませんよね!」
「ほう。話が早くて助かるな。ああ、其方が言う通り帰れない」
「馬鹿ぁ! すぐに認めるなぁ! 希望を打ち砕くなぁ! 人でなしぃぃ! あの子は何処にいるの! 泣いてないでしょうね‼」
「ああ。其方と違って落ち着いているし、自分の使命を受け入れて優雅にお茶をしていたが?」
――は?
「え? 怖がってないの?」
「ああ。あちらは目覚めたまま召喚され、直ぐに現実を受け入れていたが?」
――まさか……ゲーム感覚でいるんじゃないの?それってヤバくない?
高校生だから――そんな、いくらなんでも……うわぁ……もしかして、小説みたいに自分がヒロイン!みたいな痛い子なの⁉普通の感覚は私が正しいと思うのよ!異世界なんかに突然連れてこられたら、パニック起こすのが普通でしょう?これは夢でも小説でもなく現実なのよ。駄目だ、頭混乱して――。
ん?
「ひっ!」
思索に耽っていたのが仇となり、いつの間にかずるずると腰が抜けてその場に座り込んでしまっていた私の目の前に、フードの男性が見降ろしていたので恐怖に慄いたんです、がぁ!
「まあ、其方の反応が普通であろうな。俺だって、突然見も知らない場所へ連れていかれたらそうなるだろうな」
「ですよねぇ――だからって! 見降ろされると怖いんですが! そのフードが怪しくて怖いんですが!」
「慣れてくれ。これは俺の普通だから」
「そ、そうですか。それは申し訳ありません――で、用無しの私はどうしたらいいのでしょう? タダ飯食べれるとは思っていません。ええ。これでも成人の大人です。自分の衣食住は自分で賄えと仰るのでしょう?」
「其方はいくつなのだ?」
「女性に年齢を聞きますか。この世界はそれが普通ですか。そうですか。私は今年、二十二歳になりますが」
「そうなのか。もっと若いと思っていたが」
「――何か複雑ですが、外国の方から見れば、私の国ニホンジンは幼く見えるそうですよ」
「ほう。俺は、ちなみに二十四だ」
「――顔の半分も見えない方の年齢を聞いてもピンときませんが」
「くくっ。確かにそうだな。面白いな、其方は――それで、自分で賄うにも何をしたらいいのか分からないのだろう? 其方は何をしたい」
決まっています!
「この世界の事を教えてください。無知は悲劇のもとですからね。右も左もわからない私がここから出たら、即飢え死にすると確信できますよ」
「其方は本当に賢いようだな」
「お褒めの言葉をありがとうございます。それと、この国の最高権力者は国王陛下ですよね? 伝えていただけませんか。間違えて連れてきた責任とって、ここを出るとき当面の生活の保障をお願いしますと! 無一文で出されても死にますから!」
「ああ、わかった。掛け合ってみよう」
「ありがとうございます! 怪しい方から救世主に思えてきたクルト様!」
「くくっ。救世主か。まあ、悪くないな」
「で、学ぶ間は何処に住めばよろしいのでしょうか?」
「ここは気に入らないのか?」
「――ここでよろしいので?」
「ああ。そう取り計らえと王太子殿下が仰せだ」
「なんと有り難い! よく庶民のお気持ちをお分かりの王太子様ですね! 素晴らしいお方ですね! 是非お礼をお伝えください! 一生懸命覚えて、早くお荷物状態から独立しますので!」
「くははは! 其方は本当に面白いな! ああ、わかった。伝えておこう。それで、其方は自分の運命を受け入れたのか?」
「――簡単にいくと思います? 貴方が部屋を出たらじっくり自分の運命を呪ってわんわん泣くかもしれませんね。王族の方々は謝罪なんてしないんでしょう? 間違いなんて認められないって何かに書いてありましたし。だからこの部屋に泊まれて、学ぶ時間を貰えたんでしょう? いいですよ、別にそれで。生活を保障してもらえるならそれで手を打ちます。無碍に放り出していたなら――どうにかする前に死んでたでしょうけど、魔物の肩を持って怨嗟の言葉くらい吐いていたかもしれませんが、誠意を見せていただいたと受け入れますよ」
ん?
頭を撫でていらっしゃる?
――言いましたよね……二十二歳の大人だと。
「……お願いですから……少し、一人にさせ、て、もらえませんか……」
「泣くな」
「泣くって、言ったでしょうっ……私だって……私だって、あっちでの生活があったのに」
「誰かが待っていたのか?」
「いいえ……両親には病気で先立たれて……身内は他に、知らない、天涯孤独だったけど……これから恋をして……新しい、家族を作る、ところだったもの……」
頭なんか撫でてないで、一人にしてくれませんか!気が利かない人だね!八つ当たりしてやろうか‼
私は四つん這いになってごそごそと場所を移動し、男性とは反対側のベッドの脇に隠れるようにして陣取りました。無言の抵抗を示してみます。
――怒りと不安と寂しさと困惑と……いろんな感情が綯交ぜになって涙が止まりません。誰憚ることなく泣いていたら。
お腹すきました……腹の虫は、現実的です……。
「くはははは!」
な⁉
驚いて振り返ってみれば!フード男が喉を震わせていました!それも、しっかり寛いでま~すみたいにベッドの端に腰かけてなんて!
「腹が減ったようだな。ん?」
「まだいたのですか。体は大人でも、心は乙女のお腹の音を聞いて笑うんですね。この世界の人は――」
涙に濡れ、真っ赤であろう目で睨みつけても、ずびずびと垂れそうになる鼻水を啜っているので迫力に欠けますが。
「いやまあ、他の者は笑わないだろうな」
「あんたがおかしいのか! 失礼な! ここは聞き流すところでしょう! あんたが常識を勉強しなさいよ!」
おおいに八つ当たりと分かっていますが!羞恥も合わさって、気持ちの落としどころが分からないんですよ!
「くくっ。それだけ元気があれば大丈夫だな。絶望してここから飛び降りて命を絶たれても寝覚めが悪い」
「――そんな勇気ありませんよ」
「ああ、そうだな。其方はそのようなことはしないな。他者をすぐに心配するような人間だからな」
「よく分かりませんが、ありがとうございます?」
「疑問形か?」
「――お腹が空きました。食べ物を頂けたら幸いです」
「ああ。準備しよう。入用があれば、これから来る者に頼めばいい」
「はい。勉強もその方に頼めばいいのですか?」
「いいや、それは俺が。其方の食事が終わったころにまた来る」
「はい」
フード男性ことクルト様が退室したら、また、呪われた運命という現実がずっしりと圧し掛かってきました……一人になると、余計に心細い……。
じわりと、また涙が滲んできたとき、ノック音が。
返答すると――おや?おやおや?
「失礼いたします」
「はい」
入室してこられた方をじっくり観察してしまいました。
「まあっ、いかがなさいました? 目元が腫れておられますが……」
うぅ……優しいメイドさんの心遣いが、胸に染みて……。
「ちょっと自分の不運に泣いていました……」
「……はい。伺っております。月並みですが、大変でございましたね……」
「ありがとうございます。ひと泣きしたら、いくらか落ち着いてきました」
「ようございました。すぐに食事の用意をいたしますので」
「ありがとうございます。それで、貴女はメイドさんなんですか?」
「はい、王宮メイドでございます」
「ほわぁ~。可愛いメイド服ですねぇ~」
「はい?」
「ああ、お気になさらずに。可愛いデザインの洋服に興味がありまして」
「ふふ。これが可愛いかどうかは分かりかねますが、この仕事に誇りを持っております」
「へ~。そんな仕事に就けるなんて、人生を謳歌されていますね」
「ありがとうございます」
「あ、私はハル・クメと申します」
「私はリンジーと申します。王宮内では名が通称となっていますので、ファミリーネームは名乗りません」
「教えてくれてありがとうございます」
話をしながらも、リンジーさんは手際よく食事の用意をしてくれました。
「どうぞ、準備ができました。他にご入用がございましたらなんでもお申し付けください」
「あ、じゃあ、早速申し訳ないのですが、この王宮にいても目立たない服をお借りできますか? 聖女でもないのに、こんな服を着ていると変でしょうから」
「畏まりました。手配いたします」
「あの」
「はい」
「私は庶民ですから、敬語とか必要ありません。常識を勉強したらここを出ていく身ですから」
「お気遣いありがとうございます。ですが、これが私の普通なのです。お慣れくださいませ」
「は、はい。慣れることにします」
「ふふ」
私が簡易テーブルに着席すると、リンジーさんは品よく綺麗なお辞儀をして退室していきました。目の前には、パンやらスープやら洋食系が並んでいます。食べ物が口に合わなかったら最悪ですが。
「んぐ。おお、美味しいい。よかった。飯マズなら更に呪いの運命を恨んだけどね」
これが独り言と分かっていても止められません。
まあ、腹が減っては戦はできぬと言いますし、食べれるときはしっかり食べておきましょう。