マルゴッドの街へ
ある城でのやり取りを追記しました(2017/2/10追記)
アルラの村を出てから数日後が立っていた。
天気は快晴、のどかな平野がどこまでも続く。
その中を骨でできた竜、スケリトルドラゴンが曳行する馬車が一台あった。
「平和だな」
幸太郎は村を出てからのことを思い出す。
幸太郎は村を出てまずは南に向かい、その後分かれ道で西に進むことにした。
東にはスタットの街があり、そこが最寄りだと村長に教えられたが、そこに素直に行くのは気が引けたのだ。
その代わり少し遠いが、西の方にマルゴッドの街があるとカシラに教えられたのでそちらに向かうことにした。
またスタットの街は弱い魔物しか住んでおらず比較的平和だが規模として小さい。
今自分たちがいる国はイリス王国と呼ばれている。
王家が政治を行って貴族達を取りまとめ、貴族は王家から領土の統治を委託されて統治を行っている封建国家だ。
マルゴッドの街はイリス王国における交易拠点の一つである。
マルゴッドの北には王都イリスがあり、南へと続く交易路の中継拠点として栄えている。
「規模の大きい街なら、フレイムタイガーやホーンラビットも目立たないかもしれないし」
また城塞都市とも呼ばれるそこは多くの人と情報が行き交う。
そういう点も選んだ理由の一つである。
懸念点としては、更に西の方には今戦争中の魔族達が住む魔王国が存在すること。
そこに若干近づいてしまうことだが、その間には更に街が複数あるそうなので、問題ないと幸太郎は判断した。
そうして幸太郎達は西へとひたすら進む。
馬車を引くのはスケリトルドラゴンと言われるドラゴンのアンデッドだ。
それが馬車を弾きながらゆっくりと歩いている。
その馬車の中にいるのは3人
一人は御者兼案内役の元盗賊のカシラ。
一人はビーイングでもあるスナイパーエルフのエル。
そしてもう一人は日本から転移してきた青年の幸太郎。
その馬車に並行して、ビーイングのフレイムタイガーが歩いている。
さらに周りにはホーンラビットが数十匹、草むらや木々に紛れる様に並走していた。
虎は時々、草原に入ると獲物を仕留めて戻ってくる。
フレイムタイガーは幸太郎に「見て見て」と言わんばかりに獲物を見せてくる。
咥えていたのは、蛇の尻尾を生やした特徴的な鶏冠を持つ鶏だった。
多分コカトリスだと思う。
多分というのはフレイムタイガーの熱でこんがり焼けていたからだ。
かろうじて蛇の尻尾と鶏冠をみてそう判別できた。
(コカトリスって...)
コカトリス
ビーイング
アタック200
ディフェンス100
マナコスト2
一撃
由来は石化能力を持つ魔獣であるためか、攻撃時に相手のディフェンスの値に関わらず必ず殺す、一撃という危険な効果を持っている。
場に出されたら、スペルで倒すか、低コストビーイングで処理しないと、高コストビーイングにカミカゼされる厄介な相手なのだが、この世界は高コストビーイングの方が基本的に先制できるので、カモであった。
(1対1なら高コストビーイングは低コストビーイングに対して自動先制が付いている様なものだよねこれ?効果として先制持ちのビーイングがいたらどういう結果になるんだろう?)
エルによって解体されたコカトリスの肉は普通に鶏肉だった。
エル自身は肉はあまり食べないが森の狩人として、捌き方は心得ているとのこと。
また草原から森を通った時は、今度は熊の死体を加えて引きずってきていた。
サンベア
ビーイング
アタック200
ディフェンス200
マナコスト2
サージェントと同じくらい強い熊のビーイングがフレイムタイガーに為す術もなくやられていた。
(カシラって熊並みに強いの?さすがは山賊…)
「あー今はおなかいっぱいだから、フレイムタイガーが食べなよ」
フレイムタイガーはその場でサンベアを食べ始める。
熊肉にはあまり食べる気になれなかった。
平らげたらすぐに馬車を追っかけてくるだろう。
「本当に平和だ。あの村はなんだかんだと気が休まらなかったし今が一番この世界に来てから平和なんじゃないかな。いや本当に」
「何よりでございます」
エルが幸太郎に同意する。
エルは幸太郎が今どういう状況に置かれているのかおおむね理解しているらしい。
時々首をかしげるが問いかけることはあまりない。
美人だからそう言う様も絵になるが、文字通り絵を見てるみたいで、どこか現実感がないと幸太郎は思う。
時々カシラが怪訝そうな顔でこちらをみるが、あれは奴隷なので幸太郎は無視していた。
村長を撒くための材料に使わせてもらったが、カシラとその仲間が行った所業を幸太郎が許しているわけでは決していないからだ。
(殺すのはあれとしても罪を償わせるぐらいのことはさせないとな)
やがて一行は小さな森を抜けて、再び平原に出る。
「しかしそろそろ次の街に着く頃だと思うけど、まだ草原が続いてるんだよな」
幸太郎の見渡す限り草原がどこまでも続いている。
昨日からずっとこの景色ばかりであり、幸太郎はこれが永遠に続くのでは?と怖いことを考えてしまう。
「いえご主人様、そろそろ次の街が見えて来ました」
「え?どこ?」
エルが指差した先を見ると、初めは何もないと思った所に近づくにつれてわずかに尖塔のようなものが見えてきた。
あれがおそらくはマルゴッドの街なのだろう。
「あれに気づいたの?すごい視力だね」
眼鏡、真実写しという文字を解読したり視力を向上させたりするアーティファクト、をかけることでようやく幸太郎もそれを視認することができたくらい、それは微かにしか見えなかった。
「狙撃手は目が命ですので」
「なるほど、でもそろそろご主人様はやめようよ…それでトラブルに巻き込まれたんだからさ」
と幸太郎は懇願する。
「いえ、そんな不敬はできません」
と断るのがいつもの流れだった。
「じゃあせめて名前で呼んでよエル」
「…様をつけることを許していただけるのであれば」
「ってやっぱ無理か…え?」
また断られると思っていた幸太郎はエルの譲歩に驚く。
相変わらず様付けだが、ご主人様よりはるかにマシに思えた。
「うん、それでいい!というかエルには名前で呼んでほしい!」
今まですげなく断られていただけにここで畳み掛けねば!と幸太郎はエルに詰め寄る。
エルは目を見開いて、それから顔を逸らす。
「ああ、ごめん!」
勢いよく詰め寄りすぎて顔をそらされたのだと思い幸太郎は後ずさる。
エルは強いとは言っても女性。いきなり男に詰め寄られたら怖いのだろう。
「い、いえ…では失礼して…幸太郎様」
そして普段から忠義を大事にするエルにしては珍しく顔を逸らしたまま幸太郎の名を呼ぶ。
「うん!」
幸太郎はエルがようやく呼び方を変えてくれた喜びで思わずガッツポーズをした。
(これで余計なトラブルが少しは減る!)
そしてエルは向き直り幸太郎を見る。
エルの肌は驚くほど白いが、今その頰は心なしか赤くなっていた。
ただ幸太郎は、馬車の中が薄暗いこともあり、それに気づくことはなかった。
「幸太郎様」
「はい!」
「幸太郎様」
「うん」
「幸太郎様」
「はい」
「幸太郎様」
「うん?」
「幸太郎様」
「はい?」
「幸太郎様」
「うん…」
「幸太郎様」
「はい…っていつまでやんのこれ?」
とうとう堪えきれずに幸太郎はエルに突っ込む。
「も、申し訳ありません」
普段冷静なエルには珍しくわたわたしながら、幸太郎に謝罪する。
(そんなにこの呼び方を気に入ったのかな?この調子で今度は様付けを外してもらわないとな)
そう幸太郎は考える側で、エルは幸太郎に聞こえないくらい小さく幸太郎の名前を呼び続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やがて一行はマルゴッドの街に到着する。
話に聞いてた通り、マルゴッドの街はその周囲を壁に囲まれた城塞都市であった。
そのため、街に入るためには各所にある門を通る必要があった。
街の門の前には、他のところから来たのだろう行商人や旅人らしき姿がちらほらと見かけられた。
中には鎧をまとった傭兵のような者の姿も見受けられる。
その中の何人かはスケリトルドラゴンに驚き、それをカシラが手綱を引いていることを知ってホッとする。
そして誰もが馬車の上で弓を構えて警戒しているエルの美貌に見とれていた。
そして近くで見ようとして、側に炎をおさえたフレイムタイガーがいるのを見て近づくのを諦める。
そんな感じのやりとりが何度か続いて、ようやく幸太郎達は門の前に辿り着いた。
ちなみにホーンラビットは数匹を除いて、草原に放っている。
人間を見かけたらすぐ逃げるように指示してある。
さすがにあの数を街に入れるのは問題があると幸太郎は考えたためだ。
今馬車にいるのは数匹のみであった。
「そこの…馬車?止まれ!」
衛兵が声を張り上げる。
疑問符が含まれるのは馬車を引いているのが馬ではなくスケリトルドラゴンだからだろう。
(この場合なんて言うんだろうな。竜車、あるいは骨竜車?)
「これより先はマルゴッド伯爵の治める街となる。身分証またはそれに類する物はあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか。見た所魔物使いのようだが…身分証がないと言うことは、異国の者か」
「はい。日本というところから来ました」
「日本?聞いたことがない国だな」
「そう思います。はるか東の島国ですので」
「身分証がないのであれば、様々な検査を受けてもらわねばならんので、すまんが、こちらに来てくれるか?っとその前に、そこの魔物を拘束させてもらう。おとなしくしているからないとは思うが、暴れられたら困るからな」
「はいわかりました」
衛兵からロープを渡されて幸太郎とエルはビーイング達を紐でつないで柱に括りつけておく。
正直、ホーンラビットやスケリトルドラゴンはともかく、フレイムタイガーにはなんの意味もないのだが、街人や衛兵を安心させるためには仕方ない。
「終わりました」
「よし、では3人とも詰所まで来てくれ」
幸太郎とエルとカシラは詰所に案内される。
中は机と椅子が置かれており、幸太郎が真ん中に座り、二人が両端に座る形になる。
衛兵が対面に座り入国審査が始まる。
「まずはこの街に来た目的を聞きたい」
「はい。この街には冒険者登録するために来ました」
冒険者とは、未開地域の探索や開拓、そしてそれに伴う驚異の排除を主任務とするフリーの傭兵のことである。
この世界は魔物がはびこり危険なため冒険者は皆が剣や魔法で武装している。
「なるほど確かにあのような魔物を従えているのだ。相当腕が立つのだろう。それにそちらの持つその弓も立派な物だ」
衛兵はそういってエルをジロジロみるが、それは弓を見ているというよりエルを見ているようだった。
その視線にエルから微かな怒気が流れ出す、ような気がした。
(ちょっとやめてよ!衛兵相手に剣を向けたら普通にお縄だからね?)
テーブルの陰で、幸太郎は宥めるようにエルの背中に手を回す。
「!?」
エルは驚き、しかしすぐに平静になる。
それを確認して幸太郎は手を離した。
エルはなぜか残念そうな顔をしていた。
「ふむ。であれば、保証金と入街税を支払ってもらおう。保証金は証文を渡すので街を出るときには返還される。だが、街で問題を起こした場合はそれは保障されない。わかるな?」
幸太郎はうなずく。
つまり大金を預かることで信用を担保するわけだ。
「保証金は金貨10枚だ。魔物の持ち込みもあるしそれくらいになる。払えるか?」
「はい。大丈夫です」
幸太郎は内心ホッとする。
その額なら盗賊の宝から捻出できそうだからだ。
「入街税は金貨一枚だ」
「はい…え?今なんと」
「入街税は金貨一枚だ」
幸太郎は話が違うと思った。
村長から聞いた入街税は確か銀貨一枚だ。
「あの、近くの村で聞いていた話と違うのですが?」
「不満か?不満なら入らなければよかろう?」
幸太郎は抗議するが衛兵は取り合うつもりはないようだった。
「だが、まあ今からいう独り言が叶ったら銀貨一枚を金貨一枚と見間違えるかもしれないがな」
そういってニヤリと笑う衛兵を見て、幸太郎は衛兵がぼったくろうとしてることを確信した。
(日本じゃありえない事だ。だけど海外じゃいまだにまかり通っている事だし、仕方ないのか…)
「ああ、お姉さんとデートしたいなぁ」
「お断りします」
衛兵はエル直々に速攻で袖にされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
衛兵が崩れた所に金貨11枚を置いて、証文を受け取って出てくる。
あれ以上揉めたらエルが剣を抜きかねなかったというのもある。
(まあよく考えたらぼったくられたのは確かだけど、盗賊退治の泡銭だし、街にさえ入れればどうでもいいか)
西門を抜けて街の中に入る。
そこに広がっていたのはレンガでできた観光地でしか見られないような欧米風の街並みだった。
街の入り口は、焦点が立ち並び、威勢のいい声が聞こえてくる。
街を歩く人も、人間がほとんどだが、中には獣人みたいな風貌の人間も見受けられた。
また道を歩く人も普通の街人のような人の隣で、魔法使いのような格好をした女性が談笑していたり、重装備の鎧に身を包んだ男が、逆に驚くほど軽装で、腰に短剣をぶら下げた男に声をかけたりしている。
ファンタジーな人々が中世ヨーロッパのような町並みを歩き回る。
そんな光景を目にして、幸太郎は改めてここがファンタジーな世界だと思い知った。
「しかも、ちらほらビーイングがいるんだよな」
リザレでは、人型ビーイングは決して珍しい存在ではない。
「進撃の巨神」でソルジャーなどの軍隊系ビーイングが大量導入されたり、「森王外乱」でエルフや獣人系ビーイングが大量導入されたりしている。
だから行き交う人々を見ていると、そんな見たことあるような風貌をした人がちらほらと見受けられたりするのだ。
大抵は1コストや2コストの人型ビーイングだったりするのだが、時折高コストビーイングと似たような姿の人を見つけそうになり、
「ってあれヨボヨボの爺さんじゃねーか、セージじゃねーのかよ」
と司祭服なのか軍服なのかよくわからない服を着たじーさんの後ろ姿を見て勘違いしたりする。
もしかしたら見た目だけで、実際の強さはビーイングと違う人間も普通にいそうではあった。
街の入り口から焦点が軒を連ねていた通りを抜けると、広場らしき場所にたどり着く。
西街区広場と呼ばれているそこは、馬車がぐるりと回って、様々な方向へいくことができるようになっており、またその中心は公園があってそこは街の人が思い思いに休息をとっていた。
時折、スケリトルドラゴンを見て子供達が目を輝かせながら近くで見ている。
広場の周りは、強いていうなら洋風建築のような建物が立ち並んでおり、異国情緒満載の景色がどこまでも続いていた。
「うーんしかし、ファンタジーなところを除けば普通に観光名所に来た気分だ。今度街を観光してみようかな」
「その時は、お供いたします」
そんな景色を横目に、幸太郎達は宿屋街の方を目指していった。
宿屋街は街の南の方にあった。
南門と北門の間が最も往来が激しくうるさい。
その東寄りの道沿いに中央市場もあったりして賑わっているが、東門と南門の間のこのあたりは住宅地に近く比較的静かで、かつ中央市場にも程よく近いことから商人や冒険者が泊まる宿が集中して集まり宿屋街になったようだ。
宿屋街では、複数の宿が軒を連ねており、手前の方が安宿、奥の方が高級宿になっていた。
馬小屋がある宿という条件で何軒か宿を巡りようやくスケリトルドラゴンやフレイムタイガーを係留できる宿を見つける。
「魔物使い…ですか。保証金を払っていただけるなら…」
やはり魔物は街の人にとってはあまり歓迎できるものではないらしい。
一応魔物使いというのがいる事は知られているらしいから宿泊拒否される事はなかったが、同じく保証金を預からせろということになった。
「わかりました…」
返って来るとはいえ自由に使える金が減ったのは痛い。
スケリトルドラゴンとフレイムタイガーは、馬小屋に置かせてもらう。
馬車を所定の場所に置いて、馬車の紐を外す作業を行う。
「とりあえずスケリトルドラゴンとフレイムタイガーは馬小屋で待機ね」
そういうと二匹は馬小屋の方に向かっていく。
「ってでかいんだよなスケリトルドラゴン。馬小屋には入らないよ」
荷物を降ろした後、そのことに気づいて、幸太郎は馬小屋に向かう。
スケリトルドラゴンは解体されて、スッポリと収まっていた。
「す、スケリトルドラゴン!?」
だが幸太郎が呼びかけると、むくりと頭を起こして、馬小屋から出てくる。
そうすると、骨が次々と浮かび上がり、尻尾が馬小屋から出るころには、解体されていたはずのスケリトルドラゴンが再構成されていた。
「あ、ごめんね起こしちゃって。てっきり通りすがりの司祭に浄化されたのかと。もう戻っていいよ」
そんな事もあると聞いてしまい焦ってしまった。
そういうとスケリトルドラゴンは無言で馬小屋に戻っていく。
途端に、全身が崩れるように解体されていき、またスッポリと収まっていた。
知らない人が見たら馬小屋にドラゴンの骨が収納されていると思う光景だった。
「うん、ここはやっぱりファンタジーだ。何があってもおかしくないな」
アンデッドは生物ではない。
そんな現実をまざまざと見せつけられた不可思議な光景だったが、幸太郎は無理やり納得することにした。
フレイムタイガーはその辺で寝転がっていた。
ホーンラビットは、宿の人の許可をもらって部屋に押し込めることにした。
「部屋が汚れていたら、追加料金請求しますがそれでよければ」
「はい。大丈夫です」
ホーンラビットは幸太郎の命令には従順に従うのでそれは問題なかった。
試しに、指定した場所でトイレするように伝えると、器用にトイレを済ますのだ。
人間用のトイレに。
「うん、問題ないな」
そうして、無事宿屋のチェックインをすることができた。
部屋で荷物を降ろした幸太郎は、ベットに倒れこむ。
「あーやっと落ち着ける」
ちなみにこの部屋は、幸太郎一人で使っている。
3部屋借りたので、3人部屋に泊まるより高くついた。
エルが護衛の観点から二人部屋にするべきだと強硬に主張したが(カシラが一人部屋なのは当然である)、それは幸太郎がホーンラビットを部屋に常駐させることで渋々納得させた。
エルみたいな美人とずっと一緒にいたら幸太郎の心臓に悪いというものある。
(宿の部屋で一緒とか間違いがあったら申し訳ないし…)
幸太郎はこっちの都合で召喚したのに甲斐甲斐しく、ずっと気を張って護衛してくれているエルに感謝しており、そんな恩を仇で返すようなことはしたくないと考えていた。
コンコン
「はい?」
「幸太郎様、私です。エルです。入っていいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
扉をあけてエルが部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「これからの予定を伺いたく。どうなさいますか?」
「あ、そうだね。忘れてたよ。前も言った通り冒険者組合に向かおうか」
「かしこまりました」
休憩もソコソコに幸太郎はエルとカシラを連れて宿を出る。
宿の人に冒険者組合の場所を教えてもらい幸太郎達は再び広場に戻り、今度は街の中心に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この世界のある場所にそれはあった。
それは見るものが見れば惚れ惚れするほどの荘厳な城であり、別のものが見れば近づくことすら叶わぬ恐るべき要塞であり、また別のものから見たらはいれば二度と出られない恐怖の館であった。
そんな場所を収める主人は、執務室で資料を眺めたあと部下の一人を呼び出した。
やがてその部下が扉をノックする。
「はいれ」
「失礼します」
そういって入ってきた部下に主人はこう告げる。
「まずいことになった」
部下は絶対の主人が告げた一言に顔を引きつらせる。
万の軍勢が攻めてこようが、手練れの暗殺者が命を狙おうが動揺したことのない主人のことである。
この人がまずいと言うことはそれは世界を揺るがしかねないような重大なことに違いない。
部下は主人の説明を静聴する。
聞いているうちにそれがどれほどまずいことが部下は理解する。
「貴様には、これに対処を行ってもらいたい」
「はっ」
部下に拒否権はないが、あったとしてもこれを謹んで受けただろう。
「これは重大な任務だ。もしかしたら命の危険もあるかもしれない」
「はっ。この命に変えましても任務を遂行いたします」
「うむ。だが軽々と命を失うような真似はよせ。貴様は大切な部下だ。失うのは惜しい」
「もったいのうございます」
主人たる絶対者は、部下にもそうやって愛情を持って接してもらえる。
そのことに歓喜した部下は改めて、主人に絶対の忠誠を誓う。
「全ては魔王様のために」