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新たな旅立ち、あるいは夜逃げ

 やがて日が沈む頃に一団は幸太郎が泊まった村にたどり着く。

 この村ゆかりのものは出迎えに来た村人の中に駆け込み、抱き合って泣く姿が目に入った。

 感動の再会に自然と幸太郎も涙ぐんでしまうが、それは村長の顔を見た途端にすっと引く。


「おお術士様よくぞご無事で、実は山賊が西の森にいるという話を聞き心配していたところでした。まさか山賊のカシラを捕らえるばかりでなく、攫われた娘たちまで助けて戻られるとは感謝いたします」


 と白々しく声をかけてくる。

 その笑顔には含みがあった。例えるなら「計画通り」と言った類の悪い笑みと言ったところだろうか。

 幸太郎はもし村長が最初にだました事をわびようとしたならば結果的には無事だったしまあ許そうかと考えていた。

 だけどこういう態度を取られてしまうと憤りを感じてしまう。


(まだだませると思われているのか?)


 とはいえ幸太郎は事勿れ主義だ。

 ここで怒りをあらわにしてもメリットは何もない。

 逆に変な恨みを買って今後の行動に差しさわりが出る可能性もある。

 ここは怒りをおさえて大人の対応をしようと考える。

 そうすることで友好的な関係を築くためにと言い訳して。


「いえ当たり前のことをしたまでですよ」


 努めて笑顔で幸太郎はそう告げる。


「さすがは術士様。高貴なるものの義務を見事に体現された…」


 だがその目論見は早くも崩れ去る。


「それ以上喋るな俗物が」

「ヒィ」


 エルフが村長に剣を突きつけていた。


「村長に何をするか!」


 村人たちは今までフードを被った人物を怪しみながらもおとなしくしていたので無視していたが、こうなると無視するわけにもいかない。

 慌てて何人かが剣を抜く。

 スナイパーエルフはフードを脱いでその美貌をあらわにした。


「え、エルフ!?」

「なんと美しい…」


 それを見た村の男たちはそのエルフの美貌に目を奪われる。


「愚物どもが」


 そんな美女に絶対零度の瞳で罵倒された男たちがもだえていた。

 美女というのは何やっても得だなと幸太郎は思う。


「じゃなくて!ええと、何やってんの?」

「申し訳ありませんご主人様。どうしても我慢できませんでした。罰は如何様にでも」


 そう言ってスナイパーエルフは剣を納めて、幸太郎の前にひざまずく。


「エルフを従えるだと!」

「そんなまさか」


 それを見た村の男たちもまた幸太郎の予想どおりにはげしく動揺する。


「まさか無理やり?」

「バカ言うな、あいつらは望まぬ相手に従うくらいなら死を選ぶやつらだぞ」

(どれだけエルフって従いにくい種族なんだよ…)


 幸太郎はエルフについて思いをはせる。エルフのプライドの高さは相当有名なようだった。


「ま、まさかあなた様は…」


 一方、剣を突きつけられたはずの村長は他の村人よりもさらに動揺していた。

 動揺しすぎて、顔が赤くなったり青くなったり面白いくらいに色が変化していた。


「王家所縁の方で御座いましたか!」


 そう言って村長は、その場で見事な土下座を見せた。


「え?村長、何を」

「何をやっとるか!この方は王家所縁の方ぞ、皆頭を下げんか!」


 そう言って土下座する村長の剣幕に、村の人も慌てて土下座する。


「ははぁ!!!」


 その場にいた全員が土下座するのを見て、幸太郎はもうどうしょうもなく勘違いされてしまったことを悟る。


「もうどうしたらいいのこれ…」


 多分どうしようもなかった。


 村長はわりと領主に顔が利くようだ。

 それなりに領主ともいい付き合いをしており、その関係で王都に行ったこともあるらしい。

 そこで村長は王に仕えるエルフの話を聞き、実際にそのエルフを見たそうだ。

 そしてそのエルフはスナイパーエルフとそっくりとのこと。

 村長が幸太郎を王族所縁のものと勘違いしたのはそう言う経緯だった。

 さらに言うとこの辺にはそのエルフ以外はいないらしい。

 つまりこの辺でエルフと言ったら王に仕えるエルフをさしても過言ではなかった。


(そりゃ皆んなエルフを見たら動揺するわけだ)


 村長も異国から事故で飛んできた放浪貴族程度なら領主の後ろ盾もあるから最悪なんとかなると思ったのだろう。

 だが、それが王族が従えているエルフらしき人物を連れてきたとしたら話は違ってくる。

 つまりこの道楽貴族の正体は王族所縁の人物であり、地方領主なんて鶴の一声でどうとでもできる権力を持っている人物だと村長の脳内権力者ランキングで格上げされたのだ。

 村長の態度の豹変はそれを裏付けるものだった。

 あからさまに謝罪が必死だった。


「本当に申し訳ありません」


 そう言って隙あらば土下座してくるのだ。

 正に相手によって態度を変える典型だった。

 いやそれは最初からわかっていたが、こうまであからさまだともう幸太郎の村長に対する好感度はゼロを下回ってマイナスに突入している。


「……」


 取り敢えず無視することが定番になっていた。

 部屋に入ると、ベッドに腰掛ける。

 幸太郎はため息をつく。


「どうしてこうなった…」


 幸太郎はなるべくトラブルを避けるように努めてきたはずだ。

 だが村長に裏切られ、山賊達と戦う羽目になり、その過程で呼び出したスナイパーエルフによって今度は王族と勘違いされる。

 幸太郎が否定しても、誰も信じちゃくれない。


「わかってますよ。お忍びということですね?」


 と村人たちは都合よく、幸太郎にとっては都合悪く解釈するのだ。


「本当に王族じゃないんだよ…」


 王族の身分詐称は普通に死刑だ。


「相手の一方的な勘違いで死刑とか最悪だ」


 それはあり得ないことだろうか?

 いやあると思ったほうがいい。


「この村にはもうこれ以上居られないな。明日には盗品の返還交渉も終わるしさっさと出て行くべきか」


 ちなみにスナイパーエルフは盗品交渉を行うために出払っている。

 最初は幸太郎も同席してたが、スナイパーエルフの交渉が巧みなので任せてもいいと判断した。

 なので部屋にはホーンラビットが数匹、護衛として待機している。

 外には村においてたスケリトルドラゴンが既に立派な遊具と化しており、最近は子供達に派手にデコレーションされてた。

 フレイムタイガーも外にいて寝ているがみんな恐れて近寄ってこない。

 あとは残りのホーンラビットが外で草を食べたり見回りをしてたりして、定期的に家の中の個体と交代していた。

 幸太郎はその一匹を持ち上げる。

 股間には立派なタマタマが付いていた。


「オスか」


 ホーンラビットには性別があるらしい。

 性別はランダムに決まる様で、オスメスが半々くらいいた。

 いずれ繁殖するのか、その個体は従うのかも試さないといけないなと思う。

 そいつを下ろして、幸太郎はベッドに寝転がる。

 間もなく眠気がやってきて、幸太郎の意識は闇の中に沈んでいった。


「ご主人様、起きてくださいませ」


 誰かに揺すられて幸太郎は覚醒する。

 目を開けると目の前にスナイパーエルフの顔が迫っていた。


「…念のため聞くけど何しています?」

「ご主人様を起こしてました」


 そういってスナイパーエルフは体を起こす。

 あくまでも真顔なので多分本当にそうなのだろうが、美人に間近に顔を近づけられるのは精神衛生上本当に良くない。

 無駄にドキドキするのだ。

 別に好きでもないのに美人というだけで興奮してしまう男の性に内心ガックリしながらも幸太郎も体を起こす。

 外は既に深夜のようで、部屋の中は薄暗い。

 ただ外から月の光が部屋の明かりとして差し込んでいたので全く見えないというわけではない。

 この世界では、地球よりだいぶ大きい月の明かりのおかげで、森に入らなければ、夜でも移動に支障はない。

 魔物がはびこるこの世界での救いの一つであった。


「準備は?」

「完了しております」

「そうか。ならもうこの村に用はないね」


 というかさっさと出たい。

 ここにいたら次はどんなトラブルに巻き込まれるかわかったものではないからだ。

 幸太郎は部屋の窓を開ける。

 窓といっても普段は木の板で閉じられた物で、上部に蝶番が付いており、開ける場合は押し開けてつっかえ棒を付ける。

 そこを開けるとそこから幸太郎は飛び降りる。


「ご主人様!?」


 スナイパーエルフは慌てて窓に駆け寄る。

 一応この部屋は二階にあり、スナイパーエルフはともかく幸太郎は落ちたらケガをするかもしれない。

 そこでスナイパーエルフが見たのは、幸太郎がすぐ下にあった白い何かに乗っている光景だった。

 いや、その白い何かはスケリトルドラゴンの頭部だった。

 スケリトルドラゴンが窓のすぐ下に頭を差し出しており、幸太郎はそこに着地したのでケガをすることはなかった。

 スケリトルドラゴンが幸太郎をゆっくりと地面に下ろす。

 地面に降りた幸太郎はスケリトルドラゴンをねぎらうように頭をたたく。

 そのスケリトルドラゴンは子供達によって飾り付けられて、いまやよくわからないオプジェ担っていた。

 肋骨に花の輪が飾られて、尻尾にはリボンがついてある。

 端的に言って骨のドラゴンにそんなのがついているのはかなりアホな格好だが、これはこれで他の人に対する緊張をほぐす道具になるかもしれない。


「フレイムタイガーにもリボンつけてみるか、いや燃えてしまうから無理か」


(でもホーンラビットは大丈夫そうだから町に着いたら購入して角につけてみようかな)


 魔物に対する地元住民の偏見を緩和するためにそんなことを考えて見る。


「ご主人様、驚かせないでください」


 そこにスナイパーエルフが二階からそのまま飛び降りてくる。


「ごめんごめん」


 そういえばいってなかったと幸太郎は謝る。

 既にスケリトルドラゴンを始め、呼び出しているビーイングにはそれぞれ指示を実行中だった。

 スケリトルドラゴンもただここに呼び出した訳ではない。

 スケリトルドラゴンの目的は、今回の戦利品を運搬してもらうことも含まれていた。


「今回手に入れた馬車が早速役立つ訳だ」


 そう今回盗賊を退治したことで手に入れた馬車を連結してスケリトルドラゴンに運搬させようというのだ。

 スケリトルドラゴンは疲れを知らないし下手な馬より力がある。

 だから幸太郎はスケリトルドラゴンに馬車を運搬させることを思いついた。

 そこに今回の戦利品のうち、返還交渉で返さなかった品物を複数詰め込んである。

 空いたスペースに、幸太郎やスナイパーエルフ、そして一部のビーイングを詰め込む予定だった。

 さすがに連結作業はホーンラビットやフレイムタイガーにはできないし、スケリトルドラゴン自身でやるのも難しいので、幸太郎とスナイパーエルフの2人でエッチラホッチラと連結していく。

 スケリトルドラゴンの巨体のため、難航したが、無事馬車を連結することができた。


「返還交渉である程度まとまった金もできたし、まあ不幸中の幸い?だったのかな」


 幸太郎は、腰にくくりつけた財布をたたく。

 やはりお金はないよりある方がいい。

 物々交換できるだけの物資もあるし、これなら村長の口利きなしでも次の町に入るのは容易だろうと思えた。


「では行きますか?」


 そういって馬車に乗り込んだ幸太郎はビーイングたちに指示する。

 スケリトルドラゴンはゆっくりと動き出し、スナイパーエルフも警戒のため弓を構えながら外から追随する。

 だが、当然このまま何もなしに村を出られる訳がない。


「術士様!お待ちくだされ、こんな夜更けにどこへ行かれるのですか!?」


 村長が慌てて外から出てくる。


「おや、村長ではありませんか」


(面倒なのがきた)


 幸太郎はそれが予定調和のように馬車から顔を出して話しかける。

 幸太郎はなるべく騒ぎを大きくしないために出立を夜中と決めていたが、それは別にコソコソ出るという意味ではなかった。

 というか無理だと思っていた。

 何しろさっきからこちらを監視する人が何人か潜伏している。

 それは盗賊を退治してからつけられていた村の監視役達だ。

 それの一人が村長に知らせたのだろう。


「で、要件はなんですか?引き止めるつもりならおあいにく様ですが」

「いえ、引き留めるなど…ですがせめてどこの町に行くのか教えてくだされば、紹介状をお書きします」


(嘘じゃないかな?多分引き止められるなら引き止めたいはず)


 村長も引き止めるのは無理と思っているのだろう。

 その気なら監視役をけしかけているはずだ。

 それがないということは、村長もそれが無理と判断しているということだ。


(ま、それを警戒してホーンラビットを各所に配置してるけどね)


 幸太郎も今までの経験からさすがにこの村との付き合い方がわかってきた。

 だまされるのが嫌ならだまされないように準備を整えておくべきだと。

 多分これは他のどこでも通用する考えだろう。


「いえ、紹介状など。村長もご存じかもしれませんが、これはお忍びの旅ですので…ご遠慮いたします」


(紹介状なんていらんよ。何書かれるからわかったものじゃない)


 ウソだ。

 王族でも貴族でもない幸太郎がお忍びな訳がない。

 だが勘違いしている村長からすれば、これは一番説得力のある断り方だ。と幸太郎は思っている。


 そして断ったのはこの村長には一度だまされているから以外にも理由がある。

 まず、紹介状を書いてもらったとして、それにどんなこと書かれるかわかったものではない。

 基本そういうのは封をして責任者に渡すのが普通だ。

 そして紹介状を書いてもらうためには当然街を教える必要がある。

 そうすれば早馬で村長はそこの領主に有る事ない事言いふらすだろう。

 自分には身分不確かな者を領主に紹介したのだと恩を着せて、領主には腕の立つ術師(しかも王族の可能性のある)を紹介したと恩を売る算段かもしれない。

 それくらいのことは普通にしそうな気がした。


(盗賊退治ですら、いまだに領主とどういうやりとりしたか教えてこないので、自分の手柄にしている節があるし)


「ではせめて朝までお待ちを。道中は危険も御座います。明日の朝になれば村の者も町に行く用事がありますので」


(いやそんなのいないでしょう?)


 幸太郎は断言できる。

 そんな用事のやつはいない。

 いるなら昨日のうちに頼まれていた可能性が高い。

 用事があるとしたら幸太郎の監視だろう。


「山賊は退治しましたが他に何か危険が?」

「魔物!魔物がいますぞ!」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私には頼もしい仲間が居ますので」


 そういってエルを指差し、どこからかやってきたフレイムタイガーをポンとたたく。


「で、ですが、やはり案内役がいないと危険かと思われます。術士様は遠方から来られたのでこの地理に詳しくないのでは?」

「ああ、それは問題ありません。案内役を見つけましたので…おい」

「へい、大将」


 そう言って出てきたのは盗賊のカシラと呼ばれてた男だった。

 ヒゲを切らせ、髪を整え、体を洗わせて、服を新調し、身なりをさっぱりとさせている。

 長時間の拘束で今は少し痩せていた。


「な、お、おまえ!脱走を」

「いえいえ、村長。これは私の所有物ですよ。死刑囚は奴隷にできると聞きましたので、私が引き受けることにしました」

「へい。大将のために心を入れ替えて奉仕いたしやす」


 この世界では、殺人や強盗は基本的に即刻死刑だが、奴隷になれば執行猶予が付く。


「そんな!一体誰の許可があって…」

「許可?村長は何か勘違いをしてらっしゃる。この盗賊は私が捕縛したので私に管理権があります。これは決して村長の所有物ではありませんよ?」


 そう、確かに当初はカシラを村に預けたが、それでも幸太郎はカシラの身柄を引き渡したと明言してなかった。

 何しろ、預けたのはフレイムタイガーだ。そして幸太郎もその後すっかりそれを忘れてたのだ。

 だからそれを明言していない以上、正確にはまだ幸太郎に管理権がある。

 これは助けた村娘、しかも複数から聞いたことなのでまず間違いない。

 村娘は、村に住む者としてこの事をよく熟知していた。

 罪を犯した村娘は、この管理権のせいで捕まったものに酷い目に会うから、熟知していないと危険という側面もある。


「で、ですが、このものは村の牢に…」

「それは牢を借りていただけですね。ああ、賃料は牢番に支払い済みですので。こちら証文です」

「あいつめ、勝手な事を…」


 そう言って村長は苦々しげに証文を眺める。

 村長に相談せず安易にお金を受け取り牢から出した男は後で折半をくらいそうだったがさすがにそこまで面倒は見きれない。


 ふと、心のどこかでこういう声を聞いた。


(面倒だな…殺すか)


 幸太郎の手札の中にはビーイングを消滅させるスペルがある。

 村人にスペルが聞くのは実証済み。

 おそらくは問題なく効果を発揮するだろう。

 あるいはこの村全部を一人も逃すことなく消滅させられる可能性のあるスペルも。


(それを実験がてら使うのはどうだ?)


 そう何かが語りかけて来た。

 そして幸太郎は激しい頭痛に襲われる。


(って何をバカなことを考えているんだ!そんなことして何になる?)


 そんな恐ろしい考えが浮かんだ。

 まるで自分の考えのように。

 そしてふと手を見る。

 そこにはカードが握られていて、使用する寸前であった。

 慌ててカードを投げ捨てる。


「どうされました?」


 急に挙動不審になった幸太郎に村長が声をかけてくる。


「あ、いえ、虫がいたもので。それでももし一緒に同行されるというのであれば、条件があります」

「そ、それは」


 その一言に一筋の光明を見たのか村長が顔を上げて聞きに来る。


「いえ、私を護衛として雇うのであれば話は別ですね。私を雇いませんか?」

「!?なるほど、術士様であれば、凄腕の護衛を雇うのと変わりませんな。して護衛料はいかが程で?言い値で支払いますぞ」

「そうですか?では金貨300枚で」


 村長は口をあんぐりと開けた。

 この世界に一般的に流通している貨幣として銅貨、銀貨、金貨がある。

 他にも発行した国によってバリエーションがあったり、もっと貴重な白金貨もあるが、それは一般に流通していない。

 レートは銅貨10枚で銀貨1枚になり、銀貨10枚で金貨1枚になる。

 一般的な村人の稼ぎは大体1日で銀貨2枚程度と言われており、一カ月で金貨6枚程度だ。

 金貨300枚とはこの村の人々全てが一カ月かけてようやく稼げる額であり、おいそれと出せる金額ではない。


「無理であれば仕方ありませんね」


 幸太郎はそう言って話を打ち切る。

 これはつまり「もうおまえついてくんな」という最終勧告だからだ。


「ああ、そうそう、もし後で偶然ついてこられたなんて事になったら…この金額の倍を支払っていただきますよ。タダ乗りはいけない事ですからね」


 そう言って幸太郎は、茂みの一つに目を凝らす。


「うわ!」


 そこから男の声がして、すぐにホーンラビットが飛び出して来る。


「え?」

「ひぃ!」


 他の茂みからも男たちの声が聞こえる。

 どらもホーンラビットに踏みつけられた尾行者達だ。男たちは駆け足で逃げていった。

 これで村長に尾行者は把握しているぞと脅しをかける。

 村長は口をパクパクさせたまま動かない。

 それはさっきの金額と尾行がバレてたことの衝撃からではない。

 幸太郎のいる馬車の周囲にぞろぞろとホーンラビットが集まってきたからだ。

 その総計は約30匹程。


「ああ、これは護衛です。この先はホーンラビットの群生地があるそうなので、村の方が襲われないようについでにホーンラビットを狩ってこようかと思います。ただ、そうなると群れから逸れたホーンラビットが村の方に行くかもしれません。本当に気をつけた方がいいですよ?」


 その暗に含ませた意味に村長はガクガクと頭を振る。

 付いてきたらホーンラビットを差しむけるとそう明言したに等しい。

 幸太郎はそれに満足して、スケリトルドラゴンに動き出すよう指示を加えた。

 そうして幸太郎はろくな思い出のない村を堂々と後にした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ああああ!!!!」


 村を出てからしばらくして幸太郎は頭を抱えて叫び出した。

 それに御者台にいた案内役のカシラはビクッとして中を見るために振り返り、それをスナイパーエルフに睨まれて慌てて前を向いていた。


「あんなやり方ってないわー」


 幸太郎が嘆いてたのはさっきの村長とのやりとりだ。


「あんなの暴力を背景にした唯の脅しじゃん!あんなことされたら誰だって引くしかないじゃん!もっと平和的にできなかったのか俺!」

「落ち着いてくださいご主人様。あそこはああする以外に方法はなかったと思います」

「え?それマジで言ってる??あんなの何回もできるものじゃないよ?あれがうまく言ったのは、ビーイングが大量にいたのと、俺が王族だって勝手に勘違いしていたからだよ?そうじゃなきゃあんなこと言っても絶対適当に言いくるめられたに決まってるから!」


 幸太郎は話がうまかったからあの場を切り抜けられたとは全く思っていない。

 あれは脅しが入っていてかつ、意図して傲慢に振る舞ったから何とか切り抜けられたのだ。


「王族相手なら村長も強気に出られないし、ビーイングに敵わないのは分かり切ってるから、村長はあそこで俺たちになにもせずに行かせざるを得なかっただけだよ。つまり、ビーイングが相手の誤解かどちらかがなかったら確実に言いくるめられたね!」

「そうでしょうか?わりといい感じで話を運べてたと思ったのですが?」

「いや、あんな話し方でやり込めるならクレーマーももっと幅を利かせてるよ。そもそも自分は説得に自信なんてないからね?そんなこと全然したことないから!」


 幸太郎の話の運びは強引だった所がかなりある。

 特に重要犯罪人の勝手な身請けは多分王族って誤解がないと村長はもっと強気に出ていろいろ非難されていたと思う。

 それを村長がしなかったのは王族の機嫌を損ねたくなかったからだろうし、ビーイングを見せつけて脅してなければ勝手に監視をついて来させてたと思う。


「慣れないことするもんじゃないよ。疲れた。自分より3倍ぐらい年上の人と会話とか交渉とか腹の探り合いとか土台無理なんだよ。こういうの経験がものを言うんだから」


 それは幸太郎が幾度も年上に言いくるめられた経験からなる実感だった。

 だから幸太郎は会話で、ましてや交渉で勝てたとは思っていない。


「まあ、でも仕方ないか。そうでもしないと無理やりついてきただろうし?どこかでボロが出てただろうし?それしか手段なかったわけだし?」


 そう言って幸太郎は自分を納得させる。

 とりあえずこれで、幸太郎が金に汚く、暴力も辞さない男だということは村長に知らしめることができたから、スナイパーエルフの言う善人であることで発生する余計なトラブルは減るだろうと思われた。


「どうしたって人の口は閉じられないし?村長顔が広そうだし?これが結果的にトラブルを遠ざけれくれることを祈るよ…」


 そう言って幸太郎はため息をつく。

 それは普段の自分と違う自分を演じたことによる精神的な疲れからくるものだった。


「もう疲れた。しばらく寝ようかね」


 そういえば夜中だったのだ。

 幸太郎は睡魔が襲ってくるのを感じた。


 そして妙な疲労感も襲ってくる。

 まるで何か深い葛藤をした時のような精神的疲労だ。


(この世界に来てから疲れているんだろうか?前の世界じゃありえなかった考えが浮かぶなんて)


「そういえばご主人様。アレを奴隷として身請けしたと言うことですが本当に良かったのでしょうか?裏切る危険性が高いと思います。もちろんその場合は容赦なく撃ちますが、リスクは減らしたほうがいいのでは?」


 そう言ってスナイパーエルフがカシラを見る。

 カシラの体が異常に揺れているのは、路面が悪いだけではなさそうな感じだ。


「いやそれは大丈夫。彼は信頼できるよ」


 そう幸太郎は断言する。


「ご主人様がそういうなら信じたい所ですが、ご主人様がそう判断される根拠をお聞かせ願えないでしょうか?」


 だがスナイパーエルフはそれを信じきれない。

 幸太郎の身の安全が第一なのだから当たり前といえば当たり前な態度に幸太郎は苦笑する。


「まあそうだろうね。自分もカシラは信用していないよ。自分が信頼しているのはカシラの中にいる彼だから。出ておいで」


 そういうとカシラの体の震えが止まり、頭がガクッと下がる。

 そして背中から、黒い悪魔が上半身を出すように姿を現した。


「お呼びでしょうかご主人様」


 マイニー

 ビーイング

 アタック200

 ディフェンス200

 マナコスト2

 ビーイングの攻撃の対象にならない。


 カシラの背中からでてきたのは悪魔系ビーイングのマイニーだった。

 心の中に潜むという彼は、幸太郎が召喚した際にカシラに取り付いていた。


「このマイニーが付いているから。万が一カシラが裏切っても全く問題ないよ。その時はカシラは死ぬだけだから」


 マイニーは取り付くことで相手の攻撃の対象にならず、しかもカシラを一撃で殺せるから、取り憑かせるにはピッタリだった。

 しかもマイニーによってカシラの行動は筒抜けだから、裏切りの兆候もすぐにわかる。


「カシラは一生裏切れないよ。マイニーが憑いている限りね」

「なるほど安心いたしました。万事抜かりないとはさすがはご主人様」


 マイニーとスナイパーエルフが互いにうすうすして、マイニーは再びカシラの中に戻っていく。

 カシラは目を覚まして、再び何事もなかったかのようにスケリトルドラゴンの手綱を握り始めた。

 マイニーが現れている間のことはその自覚がない様子だった。

 ちなみにスケリトルドラゴンは知能も高いので、本来手綱は必要ない。

 カシラの役割は案内役としてのスケリトルドラゴンの誘導であった。


「まあそういうわけだから、そろそろ寝るね。おやすみエル」


 エルというのはスナイパーエルフの名前である。

 スナイパーエルフだと長くて呼びにくいので、幸太郎はそう呼ぶことに決めた。


「はい。おやすみなさいませご主人様」


 幸太郎の漠然とした考えはエルとの会話によって掻き消えていた。


「名前、頂けました」


 幸太郎が寝た後、スナイパーエルフは拳をぐっと握っていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「行ってしまわれましたね」

「ああ…」


 幸太郎を見送ってうな垂れていた村長の前に村長の息子がやってくる。


「せっかくの金ヅルが逃げてしまいおったわ…」

「うすうすダメじゃないかと思ってましたよ。うちの村一番乗り器量よしのライラを当ててもダメでしたからね」

「だから山賊にけしかけて見たらまさかエルフを連れて戻ってくるとはな」

「ああ、確かにあのエルフは物凄い美人でしたね。あんなのが側にいたらライラに靡かないのも納得ですわ」


 村長の息子は苦笑する。

 村一番の美人と評判のライラはそれ故にチヤホヤされて、少々歪んでいたが、幸太郎に袖にされて、さらにエルフに美人さで負けてプライドを木っ端微塵に砕かれた。

 これで多少はあの高慢ちきもマシになるだろうと村長の息子は思っていた。


「おまえはアホか。そんな単純な話じゃないわい」

「あの術士様が王家所縁のものだって話ですか?それ今も疑問に思っているんですが、本当に王家に仕えているあの伝説のエルフ本人なのですか?他人の空似では?」

「そんなわけなかろう、わしは領主様と直にあのエルフを見たことがあるのだぞ!あの美貌を忘れることなぞあり得ん!」


 村長は力強く断言する。

 村長の息子もそれには同意せざるを得ない。

 確かにあの美貌は簡単に忘れるのは難しいくらい衝撃的だった。


「でもあの術士様は黒目黒髪ですよ?本人の言う通り遠い異国から事故で飛ばされてきたのでは?」

「いや、王家の中にはまれに黒目黒髪のものが生まれることがある」

「まさか!?それはおとぎ話の話ではないのですか?」

「うむ。わしも術士様がエルフを連れてくるまではそう思っていた。だが、わしは王都に行って王立図書館で本を読んだこともある。はるか昔に初代魔王の魔の手から人々を救い、イリス王国建国の祖となった王は黒目黒髪だった。そして王族からは時代の節目節目で災いが起こるときは、必ず黒目黒髪のものが産まれて、その災いを鎮める役目をおってきたのだ」

「まさか勇者は実在したとでも言うのですか父上!?」

「その可能性は高い。聞くところによれば癒しの術で村娘たちを一瞬で完治したと聞く、さらに数多の魔物を支配下に置くその支配力。あれこそ伝説とされる勇者の力そのものではなかろうか?」


 そうそれはこの世界においてはどれも規格外のでき事なのだ。

 村長の息子もそれを聞いて緊張から唾を飲み込む。


「過去に勇者と関わった村は未曽有の繁栄を遂げているのだ!なんとしても勇者とのつなぎを維持しなくては!」


 そうして村長は周辺の領主に手紙を書くため家に急いで戻って行った。

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