山賊との戦い2
山賊を倒し、生き残ったカシラを相手に幸太郎は実験を開始した。
この世界のルールとリザレのルールの差異を調べる実験を。
1体ならカシラが勝った。
一撃で勝負はついた。余裕がそこにはあった。
2体も勝てた。
だが、2体を同時にするのはキツかったようで、慎重に立ち回って一撃を貰わないように戦っていた。疲労してたので少し休憩させた。
3体も勝った。
慎重に立ち回ってたが、かなりキツかったらしく、一撃をもらっていた。勝てたが半殺しに近かったので、回復スペルをかけてあげた。
4体で戦う前にカシラは命乞いを始めた。
ホーンラビット4体なんて勝てるわけないだろ!と泣き叫んでいた、
幸太郎が聞いてもいないアジトの場所や宝の場所や設置された罠や残存勢力をペラペラと話したので、幸太郎はそれに耳を傾けて笑顔で戦闘を指示した。
4体全てに気を使って戦うのは無茶だったらしい。
善戦したようだが、どのホーンラビットにも有効打を与えることができないまま、串刺しにされてた。
ギリギリ生きてたので回復スペルをかけてあげた。
今度は本気のフレイムタイガーと戦わせた。
当然命ごいは無視する。
結果はフレイムタイガーの圧勝だった。
頭はおそらく軍隊系ビーイングにおける「サージェント」並みの強さなんだろう。
サージェント
ビーイング
アタック200
ディフェンス200
マナコスト2
元傭兵のカシラの階級も軍曹だったそうなので間違いない。
そのクラスだとホーンラビット一体は余裕だ。
この世界は相互破壊ルールはないので、先に倒したら当然ダメージは0だ。
だから、100/100のビーイングも二体まではさばき切れるのだろう。
先に倒せばいいからだ。
だが三体になればさばききれなくなってダメージを負うようになる。
4体だとほとんどさばききれずに普通にダメージを喰らって負けた。
死ななかったのは運がよかったからだろうか?
いや、この世界ではアタックとディフェンスの合計が総合的な戦闘力として解釈されているのかもしれない。
想定では2体の時点で相打ちと思ったが、そうでなかった。
無力になったカシラをホーンラビット数体で軽く突かせて涙目にしている間に、ホーンラビット4体とフレイムタイガーに模擬戦をさせたが、フレイムタイガーが圧勝してた。
というかホーンラビットの数を増やしても、フレイムタイガーはかなり余裕で勝っていた。
ホーンラビット8体でもフレイムタイガーが勝っていた。
どうやら戦闘力の差は単純な足し算引き算ではなく、指数関数的な差として現れているようだった
力関係を表すとこんな感じだろうか?
100×3<200<100×4<100×8<400
そんな力関係になるだろうと推測された。
ただ立ち回り次第ではそうならない可能性もある。
初めから囲まれていたり、背後からホーンラビット4体の奇襲を受けたらフレイムタイガーでも撃破される可能性があると思った方がいい。
「もういっそ、一思いに殺してくだせえ…」
カシラはついに戦う気力をなくした。
幸太郎はどうしようか悩む。
おそらくこの男は裁判なりなんなりに掛けられたら十分死刑になるだろう犯罪を犯しているはずだ。
村長の話を信じるならあの村だけでも何人かは山賊の出没地域で行方不明になっているのだから。
だが、命の危機が迫っているならともかく、既に降参して戦意もない相手を殺す事はさすがにできなかった。
現代日本に生きてきた幸太郎は殺し合いとは無縁の生活を送ってきたのだ。
正直生死の境を切り抜けた今でもいっぱいいっぱいなのだ。
「フレイムタイガー、この男を村長のところまで運んで」
だから村長に丸投げすることにした。
山賊退治を強制されたのだ。
後始末を任せてもバチは当たらないだろう。
「グル?」
フレイムタイガーが「まだ山賊いるみたいだけど大丈夫か?」と心配するような声を出した。
「後は残党だけだからホーンラビットがこれだけいれば多分大丈夫…」
仮に予想以上の勢力だとしても、最悪新たに別のビーイングを召喚すればいいと思っている。
ただそろそろ魔物以外の人型ビーイングも候補に入れるべきかもしれない。
というかもうこれ以上命の危険は犯したくない。
「いや、やはりビジュアライズ…具現化…うん。召喚しておこうか」
そう念には念を入れて。
それに今後の活動にも関わるから仕方ないとはいえ、ホーンラビットを何匹か犠牲にしてしまったのは少し胸が痛んだ。正直もともとはカードだったビーイングをどう扱うかはいまだに悩みどころだが、それでも無意味に死なせるような事はあまりしたくない。
最初からいたフレイムタイガーとホーンラビットの2匹はこれでも結構愛着が湧いてきていたりしているのだ。
なので幸太郎は森での活動にあたり最適そうなビーイングを召喚する。
選んだカードは人型ビーイングの中でも古今東西の作品で有名な種族、エルフのカードだ。
スナイパーエルフ
ビーイング
アタック600
ディフェンス200
マナコスト4
カードが光の粒となって弾けて、スナイパーエルフが召喚された。
そのエルフの容姿は美麗の一言。
長い金髪はまるで金のカーテンのようであり、その隙間から覗かせる耳は当然、長く伸びている。
顔は透き通るように白く、皮鎧からもそのすらりと細く均整の取れたスタイルを否応なく感じさせられる。まさに妖精というにふさわしい美貌を備えていた。
そんな美女は背中に大きな弓を背負っており、腰には矢筒と剣を差している。
スナイパーエルフが虚空から現れたのを見て、カシラはあぜんと眺めている。
「え?エルフ!?」
それはいきなり現れたことに対する驚きか。
それともエルフであることの驚きか。
あるいは両方か。
「お呼びでしょうかご主人様」
スナイパーエルフは、幸太郎を見つめてその場にひざまずいて臣下の礼を取る。
それを見たカシラの顔は面白いほどに青ざめる。
「エルフを従える…?そんな、まさか…」
「エルフを従えてたらなにか問題?」
その反応をみてさすがに無視できなくなった。
というかこの反応からして村に連れて行った時にどうなるかというのがすごく気になった。
「いえ、あの、それはもちろん問題ございません!」
カシラは慌ててそういうが、聞きたいのはそういうことじゃない。
「違う。エルフを従えることの意味を聞いている。答えてくれないか?」
カシラはそれを聞いて「何言っているんだコイツ?」みたいな顔をした。
おそらくこの世界では常識みたいなことを聞いたのだろう。
だがあいにく、幸太郎はこの世界の常識なんて知らないのだ。
「喋る気がないと見える」
「ガルルル!」
無言でフレイムタイガーに目をやり、フレイムタイガーが吠えながらゆっくりとカシラに近づく。
「ヒィィ!いえ、エルフは気高い種族。貴族と言えども従える事は容易ではございません!それを従えるという事は、エルフに認められる資格だけでなく、従いたいと思わせられる素質をお持ちだという事!」
それを聞いて意味がわかった。
つまりエルフを従えるのはかなり高いステータスなのだ。
カシラがなんか慣れない敬語になっているのも、幸太郎をどこかの貴族の息子ではなく、もっと上の貴族だと思ったからなのだろう。
いや、もしかしたらさらにその上かと思ったのかもしれない。
「…その資格や素質は?」
「す、すみやせん。そこまではわかりません…ほ、本当です」
フレイムタイガーに舌で舐められて震えるカシラの話を聞きながら、幸太郎は考える。
エルフを従えられるのは一握り。
つまり高いステータスだ。
権力者ならエルフを従えるのは夢の一つだろう。
その権力者の前にエルフを従える人物が現れたらどうなるか?
良くて部下としての勧誘、悪くてエルフを従える方法の拷問だろう。
(うわ、また早まったかもしれない…)
幸太郎は頭を抱えそうになる。
(いや、カシラが知らないだけで、エルフを欲しがる権力者は資格や素質の詳細を知っているかもしれない。それを知るため拷問というのは行き過ぎかも知れない。うんきっとそうだ)
楽観は良くないと分かっているが、そうでもないとやってられなかった。
次にエルフは当然資格や素質を知っているだろう。
何しろ見極める側だ。
だから拷問される心配はない。
だが資格や素質がないのに従えていることを怪しまれる可能性はある。
それらを勘案すると、最良の解決策はとりあえず主従関係でないふりをすることになる。
顔が青を超えて白くなって死人みたいなカシラの首根っこをフレイムタイガーが加えて連行していく。
それを見送って、あらためてスナイパーエルフの質問に答える。
「今から山賊のアジトに乗り込む。君にはその援護を頼みたい」
「承知しました。我が主人よ」
そういって美貌のエルフは優雅に頭を下げる。
「う、うん。よろしく」
幸太郎から見てもスナイパーエルフはものすごい美人であり、所作も気品にあふれている。現実世界にいたら間違いなく高嶺の花だったろう。
(でもビーイングなんだよなこれ…)
それは幸太郎の思い込みかもしれないが、スナイパーエルフの美はなんというか作り物の美のそれに近いように思えた。
あまりに美しすぎて現実味がないのだ。
「あと一応今後人前でいるときは、ひざまずいたりとか敬語使ったりとかご主人様とか呼ぶのはやめてね?」
「そんなわけには参りません。私はあくまでご主人様の忠実な僕。その本文は忠誠を尽くすことにあります。敬語を使わないなど」
だが、スナイパーエルフは幸太郎の願いを一蹴する。
そこにはスナイパーエルフなりのこだわりがあるようだった。
「いや、あのそれはうれしいんだけど、人前だといろいろトラブルになりそうだからフリでいいんだよ?ね?」
「フリとはいえご主人様に不敬な態度を取るなど我慢なりませぬ」
(うわなにこのスナイパーエルフ無駄に気位高い!しかも都合悪い方向に!)
従うにも気位というかこだわりを忘れないスナイパーエルフの説得は大変困難だった。
「ああ、うん。わかった。ならば人前ではあまりしゃべらないで。その時は僕が話すから」
「仰せのままに」
そういってエルフは臣下の礼を取る。
(しゃべらなくてもそんな態度とられたら主従関係であることモロバレやんけ)
ああもうやなるようになれと幸太郎は諦めの境地に至った。
カシラの情報通り、山賊のアジトは森の奥の洞窟の中にあった。
洞窟の入り口には見張りであろう山賊が2人いる。
幸太郎とスナイパーエルフは遠く離れた森の中でその山賊を観察していた。
ホーンラビット達は小柄な体を生かして洞窟に近付けさせている。
「あれ狙撃できる?」
「お任せあれ」
そういうとスナイパーエルフは弓を構えて矢を引きしぼる。
距離にして数百メートル。
普通に考えたら、矢での狙撃は困難な距離だろう。
だが、スナイパーエルフは迷わず矢を放ち、すぐさま次の矢を抜いてまた放った。
矢は狙い違わず、山賊の眉間に飛び、その頭を貫くどころが吹き飛ばした。
「げ」
スプラッタな光景に幸太郎が嫌な声を上げる。
隣にいた別の山賊が驚きへたり込む前に次の矢が到達して、今度は山賊の胸に大きな風穴が開く。
どう見ても即死だった。
「…なんで弓矢なのにあんな大砲でもぶっぱなされたみたいな風穴空くんでしょうか?」
幸太郎は恐る恐る隣のスナイパーエルフに問いかける。
「魔力をまとわせてますので、威力と飛距離が格段に上がるのです」
とスナイパーエルフは自慢気だ。
確かにあの攻撃力は600にふさわしかった。
フレイムタイガーもあれには耐えられないだろう。
何しろ遠くからでもはっきり見える程度の風穴が空くのだ。
近距離なら一体どれほどの威力になるか想像もつかない。
(リザレなら攻撃力無駄に高くても、低コストの餌食になるから、高コストへのトレードくらいしか使い道ないんだけど、リアルに遠距離から一方的に攻撃できるなら、これ普通に高コストビーイング狩りまくれるな)
そして、ホーンラビット達が無傷で洞窟に辿り着いて続々侵入を果たす。
「敵襲!敵襲!」
「ホーンラビットの集団だああ!」
「ばかな!奴らは群れることはないぞ」
「そのありえないことが起きているんだ!」
「死ね、死ねえ!」
「カシラ、カシラはまだ帰ってこないのか!!」
「た、助けて!」
「ああ神よ…」
そんな山賊たちの愉快な声が聞こえていたが、やがて静かになった。
「楽しそうですね」
「え?」
「いえ、ご主人様の顔が笑顔になっているので」
「そう?内心うわあって思ってたんだけど」
(顔が引きつっていたのが笑っているように見えたんだろうか?)
「…失礼しました。勘違いだったようです」
ホーンラビット達が洞窟を出てくる。
ビーイングが倒されると墓地のカウントが増えるが、今回は墓地のカウントは増えていなかった。
血まみれになったホーンラビット達の一部を川に洗いに行かせて何匹かは警戒で外に立たせる。水洗い組が戻ってきたら交代するように伝えて、幸太郎はスナイパーエルフと一緒に洞窟の中に入る。
中に入ると目に付いたのは、ホーンラビットに刺し殺された男の死体だった。
死んだばかりなので腐敗臭こそないが、長い事風呂に入ってない男の汗のキツくなったような不快な匂いと、恐怖で失禁したのだろう尿の臭いと、血の匂いがミックスされたなんともいえない匂いが洞窟に充満していた。
「この臭いはさすがにきついな」
幸太郎は鼻を押さえながら洞窟を進む。
ちなみにスナイパーエルフは、洞窟内では弓を使えないため、剣を抜いて幸太郎の前を進むが、空いた片手でどこから出したのかハンカチを使って鼻を押さえていた。
「臭いです…不快です…」
そういって不快感を隠そうともしてないが、幸太郎に使えることにこだわりと誇りを持っている彼女に付いてこないという選択肢はないようだった。
女性をこんな場所に連れてくることに幸太郎は申し訳なさを感じるが、自分1人だと不測の事態で対応できない。
(仕方ないんだ。カシラの情報が正しかったなら連れてこない選択肢はない)
そうして幸太郎は、ある部屋の前にたどり着く。
そこはひときわ頑丈な鉄格子で囲われた部屋だった。
中にはボロ布をまとった人々がうずくまっている。
(予想はしてたが、これは酷い…)
そこにいたのはすべて女性、それも若い女性ばかりだった。中には子供と思われる年齢の女性すらいる。
彼女たちは、所々に殴られた後や血の跡が付いており、明らかにここで暴行を伴う行為を強要されていた事がうかがえた。
幸太郎は基本的に事なかれ主義である。
平和である事が一番であり、争いは決して好まない。
しかし勝負が嫌いというわけではなく、カードゲームで争うことは健全で素晴らしいことだと思っている。
それは相手も自分も対等な立場で持てる力の全てを発揮して戦う事ができるからであり、そしてなにより後腐れがないからだった。
時にはカード運で負けることもある。
それで負けて悔しがる事があってもそれを恨むことはまずない事が、幸太郎がカードゲームにのめり込む理由だった。
だが逆にこういう一方的に弱者を痛めつける行為は嫌いだった。
ただ幸太郎は自分がその弱者であることをよく理解しており、例えそれが理不尽でも耐えるしかない時があることも深く理解していた。
そして幸太郎は幸か不幸かその弱者を助ける機会が訪れたと理解していた。
カシラから宝の情報と共に女を捕まえて囲っているという話を聞いて、もしかしたら自分が死ぬリスクがあるとわかっていても、助ける力があるならば、助けたいと思ってしまったのだ。
この不意に与えられた意味不明で分不相応で理不尽な力を正しく使うなら今がその時だと思ったのだ。
癒しの光
スペル
マナコスト5
場の全ての味方ビーイングを400回復する
コストの割に効果の高いレアスペルを幸太郎は躊躇なく使う。
現れた光は、幸太郎が助けたいと思った女性達を味方と判定して癒していく。
ついでにスナイパーエルフも効果に入っていた様だ。
スナイパーエルフも光に包まれている。
もしかしたら外のホーンラビットやフレイムタイガーも効果範囲に含まれているかもしれない。
(後で村の人に話を聞けば範囲指定の法則がわかるかもしれない。少なくとも仮説は立てれそうだ)
疲労と怪我で動けなかった女性達は、自分たちの傷が癒されたことに一体何が起こったのかと驚いているようだった。
鉄格子の扉をカシラから手に入れていた鍵で開ける。
「だ、大丈夫ですか?」
牢屋の中に入り、幸太郎は女性達に声をかける。
それで、ようやく助けが来たことを理解した女性達は、安堵から大声で泣き始める。
「あ、あの落ち着いてください…」
幸太郎は泣いた女性を慰めるすべなんて知らない。
ただ、おどおどするしかできなかった。
山賊の略奪品が保管されてある宝物庫には、商人から奪ったのであろう衣服の山も無造作に保管されていた。
それらを拝借して、女性達に服を着させる。
ここでようやくスナイパーエルフを連れてきた意味が出てくる。
被害にあった女性達の相手や世話などだ。
これは男である幸太郎にはできない仕事だった。
特に山賊達に酷い目にあったならなおさら。
だからスナイパーエルフに命じて着替えやもろもろを手伝わせた。
ついでに、その中にフードのついたローブがあったのでスナイパーエルフにフードを被らせる。
今後スナイパーエルフを連れて村に戻ったらまたエルフを見たと騒ぎになる。
エルフであることの発覚を防いで余計な波風を立たせないための幸太郎なりの対策だった。
「助けていただいてありがとうございます。あの先ほどの光は一体なんなのでしょうか?あの光を浴びたら急に怪我や病気が治ったのですが」
落ち着いた女性達から礼を言われる中、1人の女性がそんなことを聞いてくる。
「あれは…癒しの魔法です」
幸太郎は正直に話した。
この世界では術士は貴重だ。
回復の術を使えるものはさらに貴重だ。
それは村で見た文献に嫌という程に載っていた。
今の幸太郎にとって回復の術を使える事を喧伝するのはリスクでしかなかったが、だからと言って下手にごまかすことも難しい。
みんなが幸太郎をじっと見ている。なんとなくだが女性達は理解していて、ただ確認したいために聞いている気配があった。
それに村で既に回復スペルを使える事を見せていたので遅かれ早かれという思いもあった。
「山賊を倒す力をお持ちだけでなく癒しの術をもつ術士様が助けに来てくれるなんて、ああ神よ感謝します。術士様にも深く感謝を」
そういって女性達は祈るようにひざまずく。
「いいいええそんな、助けるのは当然ですから!」
女性達から真摯な感謝の念を受けて、幸太郎は再び激しく動揺する。
彼女たちは地獄から救われたのだから感謝するのは当たり前だが、幸太郎はこんなに感謝されるのは生まれて初めてだった。
「と、とにかくこんな場所にいつまでもいないで外に出ましょう!」
ごまかすように幸太郎は外に出る事を促す。
途中、宝物庫を通った時にある女性が幸太郎に声をかけて来た。
「あの術師様。宝物庫のものは運び出さないのでしょうか?」
「え?なんで?」
幸太郎は真顔で問い返すと、逆に聞いた女性は困惑したような顔になる。
「あの、盗賊を討伐したものは、盗賊の所有物に対する所有権を持つと聞いています。そうでないと誰も盗賊退治などしたがらないので」
それは幸太郎にも納得いく話だった。
本来なら盗賊は幸太郎の手に余る相手。
ビーイングが居ても退治しようなんて思いもしなかった。
そういう権利がないなら命の危険を冒してまで盗賊を退治する人はいないだろう。
「いやでも盗品を自分のものにするのは…」
幸太郎は現代的な常識から盗品を自分のものにすることに抵抗を感じる。
平和な日本では盗みは勿論、盗品を扱うことも良くない行為とされているからだ。
「ご主人様少しいいでしょうか?」
そこにスナイパーエルフが声をかける。
今までしゃべらなかったエルフが開口一番幸太郎を主人と呼んだことに村娘たちはカシラと同様に大きな驚きを示し、慌てて幸太郎はスナイパーエルフを少し離れたところに連れていく。
「なんてご主人様っていうの?お願いだから人前ではその呼び方やめてよ…トラブルよんじゃうから!」
「そんなことよりご主人様。盗品をご主人様のものにすべきです。そうでないと彼女たちが真の意味で救われません」
「え?」
「宝物庫の中には、囚われた女性らしき自分と男の人が描かれた絵が入った額縁がありました。あと結婚指輪と思わしきペアのリングも。そういえば女性の中には子連れの母親もいましたね」
「…あ」
幸太郎は基本的な事を見落としていた。
彼女たちはなぜ囚われていたのか?
彼女たちだけが山賊に襲われて攫われたわけではない。
山賊が荷物を奪う過程で一緒にいたから攫われたのだ。
そして女性だから彼女たちは生かされた。
使い道があるから。
なら男性の方は?
中には最愛の人もいたのではないだろうか?
それらを奪われた彼女たちの悲しみはいか程のものか。
そしてそんな彼らの所有物はつまり彼らの遺品や形見の品であり、彼女たちの思い出の品でもある。
「もしご主人様が盗賊の盗品の所有権を主張しなければ、盗品はおそらく権力者に接収されるでしょう。その権力者は果たして寛容に盗品を元の持ち主を返却するでしょうか?」
そんなわけない事は幸太郎にもわかった。
この世界は厳しい。
魔物が跋扈して戦争も起きている。
誰も彼もが生きるのに必死な世界だ。
だから誰も彼もが誰かをだましたり殺したりしようとしている。
自分が生き残るために。
日本とは何もかもが違う世界だ。
そんな世界で、日本のように盗人が捕まったからといって盗品が帰ってくるなんて事を期待するのは虫のいい話だ。
「ご主人様にその気があるなら、ご主人様が盗品を回収して後から彼女たちに返すのがよろしいかと思います」
「なるほどそれは確かに。よし!なら回収して全部彼女たちに渡そう」
「お待ちを!それはいけません」
駆け出そうとした幸太郎をスナイパーエルフは慌てて止める。
「それは絶対にしてはいけません!」
「え?」
スナイパーエルフの強い口調に幸太郎は面食らう。
「いいですかご主人様?あくまで盗品の所有権は幸太郎様にあるのです。彼女たちにはありません。彼女たちは形見を取り戻すためにご主人様と交渉する義務があるのです。ご主人様の無償の奉仕の精神は崇高で気高いものですが、人間というのはご主人様を除いて愚かで疑り深い生き物です。無償で返す。しかも取られてないものまで。なんていったらどうも思われると思いますか?」
「そんなの何か裏があるのではと…ああ」
幸太郎は理解した。
この世界ではだまされることも多いだろう。
幸太郎ですら来てすぐにだまされた位だ。
「はい。そう思われて素直に受け取ることができないかと。それにご主人様はトラブルはなるべく避けたいとお考えですよね?」
「ああ、うん。トラブルは避けたい。特に右も左も分からないような時には」
というかこの世界に来てからトラブルに巻き込まれっぱなしなのだ。
リザレプレイヤーとしてもその場しのぎ的なアンコントローラブルな状況は極めて気持ち悪い。
そういう状況は負ける確率が高いからだ。
そんな状況でたまに当たりを引いて逆転するのもまた醍醐味ではあるが、この世界の負けイコール死なので、そんなリスキーなプレイはしたくない。
「であればなおさら無償の奉仕は控えられる事をおすすめします。ご主人様の崇高なる無償の奉仕の精神を、資産や権力に裏打ちされた余裕と勘違いしたごみ虫にたかられることにもなりかねません」
それはすごく説得力のあるセリフだった。
実際今までの行動を勘違いされて、村人からすごいたかられている感じがしてたのだ。
「でもキミ、無償の奉仕を称賛する割には抑えろなんていうんだね」
「ご主人様の安全が第一です」
本当によくできたエルフだった。
幸太郎にはもったいないとすら思える。
「つまりお金に困っているようなふりをしておく事はトラブル防止に良いということか」
「はい。そうする事で、ある程度はご主人様をだまそうとする人は減るかと」
実際は、金に困った人をターゲットにする詐欺も勿論ある。
だがその手の詐欺はお金に困ってなければ引っかることはあまりない。
お金を餌に被害者を釣るのだから、釣り餌に引っかからなければ被害に遭う道理はない。
そして誤った情報を与える事は詐欺師撃退の面からも重要に思えた。
「となると彼女たちにはちゃんと交渉した上で妥協点を見つけて返してあげるのが一番か」
「はい。場合によっては取り立てる気のない借用書を作ってそれで契約としても良いでしょう。大事なのはとにかく、お金に余裕があるわけではない事を示す事なので」
「なるほどね」
「ただ彼女たちの態度からないとは思いますが、通常の値引き交渉を超える範囲でご主人様をだまして形見を奪い取ろうとした時は、返すのをやめたほうがよいかと」
「え?なんで?」
「だまされたという事実が、だまそうとする人を呼ぶからです」
「普通はだまされたなら警戒するだろうから、騙そうとする人は近づかないと思うけど…」
「ご主人様の春の陽気のような朗らかな人柄には心温まる思いですが、だます人は逆に一度だまされた人は何度もだませると思って近づいてくるものなのです」
「そうなのか…あれ、なんか暗に能天気だって言われた気が…」
「ともかく!わざとだまされることも良くないとご理解くださいませ」
「あ、うん、はい」
こうしてスナイパーエルフの提案を元に幸太郎は山賊の財宝を回収することになった。
山賊は、奪った荷馬車と馬を保管して飼育していたのでそれを使って積荷として積んでいく。
量が量のため、それを女性達にも手伝ってもらう。
女性達は率先して手伝ってくれた。
スナイパーエルフがよく手伝ってくれた人には返還交渉で優遇すると宣言したのも関係しているのだろう。
皆、形見や大事なものと思われる品を手にとって眺めたあと名残惜しそうに馬車に積んでいく。
ちなみに洞窟の外にはすっかり水洗いを終えたホーンラビットが十数匹ほど待機しており、女性たちを恐怖させた。
幸太郎がホーンラビットは自分の支配下だと説明して、実際にホーンラビットに命令してちょっとした曲芸をやらせたら、彼女たちの尊敬の視線がさらに強くなった。
そして複数の馬車を中心とした一団は、複数のホーンラビットには守られながら村へと向かう。