山賊との戦い
翌朝、ぐっすり眠った幸太郎はホーンラビットを引き連れて台所に向かう。
「おはようございます。術士様。昨日はお楽しみ…ではなかったようですね」
幸太郎が1人で来ており、ライラが沈んだ顔で座っている所から昨日何があったのかを村長は察したようだった。
ちなみにライラは本当に家を追い出されていたらしい。
いわくこの村の有力者の1人でもある地主の父親から「術士様の寵愛を何としてももぎ取ってこい」と締め出されたそうだ。
おかげで昨日は村長の奥さんの部屋に泊めてもらったそうだ。
ライラが恨みがましい顔でこちらを見てくるが幸太郎はあさっての方向を向いてごまかした。
ライラにその気がないなら恨みがましい顔なんて見せずにホッとした顔を見せているだろうことは幸太郎も何となく察していた。
だがあっていきなりそういう関係になるのは健全ではないと幸太郎は思っていたし、仮にそうなった場合、ライラの父親からどんな要求をされるかわかったものではない。
と幸太郎は昨日の自己判断を弁護していた。
(いやもったいないなんて思ってないよ?本当だよ?)
と誰に向けてるかわからない弁明をしながら、朝食をごちそうになると村長が声をかけて来た。
「さて術士様、本日はどうされる予定ですか?」
「そうですね…今日は少し森を散策しようかと思います」
「なんと…森は魔物がおり危険です」
「確かに。ですがフレイムタイガーと一緒に行きますので」
「なるほど、術士様の召喚された魔物がいればそれほど危険は御座いますまい。しかし最近は山賊も出没するのです」
村長の話によれば、最近あった魔族との戦争で派手な敗北があり、落ち延びた傭兵が山賊とかして近隣住民を襲っているらしい。
騎士団を擁する領主も、敗北による態勢の立て直しで手一杯でとても山賊討伐に回せる余裕はない。
村人たちは近隣の村との綿密な情報交換と可能な限りの集団移動で自衛することを余儀なくされている。
「それは危険ですね。気をつけます」
幸太郎は、その後も山賊の特徴や、出没地域の情報を聞いてから村を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
幸太郎は森でちょっとした用事をすませると日は既に天井付近にあった。
「もう昼か。時間が経つの早いな」
と、フレイムタイガーが狩ってきたホーンラビットの丸焼きを齧りながら幸太郎は昼食を取っていた。
「なかなかいけるなこれ。塩があればもっと良かったけど」
しかしこの村は海から離れており塩はとても貴重らしい。
ないことを残念ながらも半分程度で腹は膨れた。
食べきれなかった残りはフレイムタイガーに渡す。
フレイムタイガーはそれをバリバリとかじるとあっという間に飲み込んでしまう。
ちなみにホーンラビットは草食性らしく、そこら辺の草をムシャムシャ食べていた。
「草食性なのに襲ってきたのはなんでだったんだろう?縄張りに侵入したから?」
幸太郎はカードからビーイングの強さをある程度把握してはいるが、さすがに生態まではカードに描かれているわけがないため、ホーンラビットがどういう種族なのかはあまりよくわからない。
ホーンラビットのカードの記述は「可愛い見た目にだまされて穴開けられたやつは数知れず」だった。
「だまされる前にいきなり襲われたんだが…」
カードの記述はあまり信用できないなと幸太郎は思った。
「グルル」
開けた場所に出たところでフレイムタイガーがうなり声を上げた。
「どうしたの?」
幸太郎が顔を上げると、木の陰から、獣の皮を被った斧を持つ大男が姿をあらわした。
それだけでなく周囲からも似たような格好で剣や槌、弓を持った男たちが姿を現した。
「こいつが例の貴族様か?」
「へいおカシラ、村見張ってたやつからの報告通りでさあ。身なりも異国風ですが立派だし、あの魔物も連れてる。間違いありやせん」
「へへ。そうか人質にすれば身代金をがっぽり稼げそうだなあ」
そういって男たちはニヤニヤ笑う。幸太郎は硬直した。
(え、あれ?なんで?山賊が出ないところを歩いてたはずなのになんでこいつらここにいるの?村長は北と東と南の森に出るって言ってたから山賊が出るって言ってたからわざわざ西の森の奥に来たのに…)
そこでふとある可能性に思い至った。
そもそも山賊はそんな広範囲で活動できるのだろうか?村長の話では山賊は複数の集団ではなく、単一の集団らしい。
そして分散することなく集団で襲うなら、アジトに近いところを拠点にして、そこを通る人を普通は襲わないだろうか?
(もしかして山賊が本当に出るのは、西の森だった?)
警戒はしていたはずなのにだまされた。
幸太郎は村長に対して内心で激しく罵倒と呪詛をはく。
(いや、待て落ち着け!)
そしていったん深呼吸して状況を確認する。
周りには山賊が数名。
もしかしたら伏兵もいるかもしれない。
そして今は近くにいるのはフレイムタイガーとホーンラビットが一体ずつのみ。
相手は武装した山賊。
元傭兵ということだから、訓練されているソルジャー並みの戦闘力があると仮定すれば、盤面的には相手の方が有利と言える状況だった。
手札とマナと墓地を確認した幸太郎にカシラと呼ばれていた男が声をかける。
「さて、貴族様。これからわれわれと一緒に来てもらおう。おとなしく従うならば悪いようにはしねえ。そうでないなら少し痛い目を見てもらうかもしれねえが、なあに、殺すことはない。そのあと実家の連絡先を教えてもらえば交渉するから身代金をもらえればめでたく解散。俺らは稼げて貴族様は無事に実家に帰れる。どうだ?いい取引だろう?」
そう言って男たちはゲラゲラ笑う。
硬直している幸太郎を見て、こういう場には慣れてないと踏んだのだろう。
その態度には余裕があった。
「それは…いい提案だと思います」
幸太郎も正直そう思う。
戦力不明の相手に無謀な戦いを挑むよりはおとなしく投降して、実家に連絡を取ってもらい身代金を払ってもらうのが一番生き残る可能性は高いだろう。
ただそれには大きな問題が一つある。
そもそも幸太郎はこの世界の貴族ではないのだ。
教えたくても実家とは連絡の取り用もない。
つまり投降することは不可能。
戦うしかない状況なのだ。
覚悟を決めないといけない。
緊張で手が震える。
もしかしたらここで初めて人を殺すことになるかもしれないと思うとうずくまりたくなる。
でもそうしないと生き残れない。
葛藤、しかし決断はすぐに迫られる。
山賊の1人がこちらに縄を持って近づいて来たからだ。
「やれ!」
その一言でフレイムタイガーは近づいた盗賊の1人に襲いかかり一瞬で噛み殺した。
「な!野郎!おい、全員で虎をおさえるぞ!」
山賊達は、武器を構える。
やはり実践経験豊富な元傭兵だけあって、山賊は村人と違い怯えることなくフレイムタイガーに武器を向ける。
「相手はただの虎だ!落ち着いて対処しろ」
そう言ってカシラは山賊に注意を促す。
その判断は多分間違っていない。
村長の話では、この世界にも虎は存在しており、魔物ではないが猛獣として恐れられているそうだ。
ただ強さとしては200/200相当と見られている。
村長自身が、訓練された兵数人や歴戦の狩人が討伐に向かう獲物と説明していたから、それくらいと見込んでいる。
この山賊達もホーンラビットのいる森の中で活動しているのだ。
こういう猛獣や魔物との戦闘は慣れたものなのだろう。
虎の背後を誰かが常に取るようなフォーメーションで山賊達は動いていることからもそれはわかる。
ただ彼らに誤算あるとしたら、フレイムタイガーはただの虎ではないということだ。
今は山火事の原因にならないように意図的に炎を消させているので、彼らはフレイムタイガーをただの虎と思っている。
だが、この開けた場所なら問題はない。
「少し本気出していいよ」
「ゴアァ」
だから少し離れたところにいた山賊は、フレイムタイガーが吹き出した炎に不意打ちぎみにやられてその場にのたうちまわる。
「ウギャアアアア」
そして本気出していいよ宣言に、炎を全身から吹き出したフレイムタイガーに動揺した隙をついて今度は別の山賊に飛びかかり喉元を噛みちぎった。
「ゴポ……」
声を出すこともできず、変な音を出して血を吹き出しながら男は倒れ、フレイムタイガーが狙いを定めたのはカシラと呼ばれた男だった。
「こいつただの虎じゃねえ、魔物だ!?クソ!」
カシラはフレイムタイガーの一撃を剣で受け止めた。
だが体重差はいかがともし難く、突進の勢いで吹き飛ばされる。
「ぐぅ!」
それでもすぐに立て直して立ち上がるのはさすがだった。
それをフレイムタイガーも追撃をかけようとする。
「カシラぁ!」
フレイムタイガーの背後にいた山賊の1人が、そう叫んで幸太郎に突進してくる。
おそらくは幸太郎を人質にしてフレイムタイガーの追撃を止めるためだろう。
だがその目論見はホーンラビットによってはばまれる。
「ピィ」
ホーンラビットが近づいた山賊に飛びかかる。
「邪魔だ!」
山賊は、そのホーンラビットの突進を剣で受け止めて弾き返した。
幸太郎が木の棒とはいえ受けきれなかったホーンラビットの突進を弾き返すのはさすがは訓練された元傭兵といったところ。
おそらくはソルジャー並みの戦闘力があるに違いない。
ソルジャー
ビーイング
アタック100
ディフェンス100
マナコスト1
ホーンラビットと山賊の1人は対峙して拮抗状態に陥った。
だが、残りの山賊はそれだけではない。
「おい虎を止めろ!さもなくばてめえの喉を搔き切るぞ」
今度は別の山賊が、ホーンラビットが突進して幸太郎の周りに誰も守るものがいなくなった隙を狙って近づいて来た。
背後から羽交い締めにするようにして拘束し、抜いた短刀を幸太郎の喉元に近づける。
それを見てホーンラビットもフレイムタイガーも動きを止める。
うかつに動けば主人の命はないと理解しているようだった。
「へへ、そうだ。それでいい。クソ野郎が。殺されたくなかったらおとなしくしろ、いいな?」
そういう男の声は、隠しきれない仲間を殺されたく怒りにあふれている。
どう考えてもこのままでは無事に済むと思えない。
「わ、わかった。止めるのはここのフレイムタイガーとホーンラビットだけでいいですか?」
「ああそうだ。とにかく早くおとなしくさせろボケが。本当に殺すぞ」
臭い息を吐きながら震える男の声には、生死が関わった恐怖と今の状況の安堵が含まれていた。
「ご、ごめんなさい」
幸太郎は謝った。
「あ、ぐ、は…」
男をだましたことについて。
確かにフレイムタイガーとホーンラビットは止めた。
だけどそれ以外は止めろと言われてなかったから止めなかったのだ。
幸太郎を拘束した男が背中を見ると、そこにはホーンラビットが一匹、男の心臓を貫く位置で、背中から生えるようにツノを刺していた。
そんなバカなといった顔で別の方に目をやるとさっきのホーンラビットは先ほどと変わらない位置で別の山賊と対立しており、その山賊も驚いた顔をしている。
驚いた顔をしている山賊もまた、その表情のまま崩れ落ちた。
背中にはまた別のホーンラビットがツノを刺して張り付いていた。
幸太郎を拘束していた山賊の意識はそこで途切れた。
残りの山賊も次々に倒れていく。
全員が一斉にホーンラビットの集団の奇襲を受けたのだ。
ホーンラビットは警戒してれば対処は可能だ。
ホーンラビットは群れで行動せず相手が上手と判断したら襲わない。
だから、そんなホーンラビットが集団で、しかも背後から奇襲するなんて夢にも思わなかった。
そしてホーンラビットの突進は強力だ。
その突進力に裏打ちされた頭の角による刺突は容易に皮鎧を貫いて心臓に到達する。
そうして山賊達は次々に倒れていく。
残ったのは山賊のカシラだけだった。
彼だけはホーンラビットの奇襲をしのいで生きていた。
ホーンラビットが死んだことで墓地のカウントがプラスされる。
墓地4
「ふう。成功してよかったよ」
幸太郎は安堵で一杯になる。
もしこれが成功しなければ、山賊達に捕まって殺されていただろう。
そしてホーンラビット達が集結するのが間に合って良かった。
正直森に分散させたホーンラビットが集結するかは賭けだった。
何しろ、幸太郎の意図や意思を無言でも受け取ってくれるか?という検証は終わっていてもそれがどの程度離れた距離でも有効か?は今まさに検証の途中だったからだ。
ちなみにリザレでは場に出せるカードの限度枚数は5枚と決められている。
場におけるスペースがそれだけと定められてあるからだ。
だが、ここではカードの限度枚数はいまだに不明だった。
なぜなら20枚以上出しても場にに出せない事がなかったからだ。
もしかしたらこの世界の半分が場であると言われてもおかしくなさそうだった。
その場合は事実上無限である。
「結果的にかなり離れた距離からでも命令を受け取ってくれることがわかって本当に良かったよ。そうでなければ数が足りなかったかもしれない」
集まったホーンラビットは今回呼び出した全てで総計40匹。
そのうち10匹ほどが間に合ったので、タイミングを計っての奇襲を行わせた。
残りも続々と集まって来ている。
「な、なんだこの数は!てめえは一体なんなんだ!?」
一方ホーンラビットに囲まれた山賊のカシラは恐怖で震えていた。
全員にツノで威嚇されて生きた心地がしないようだ。
立場が逆転したなと幸太郎は思う。
今度はカシラが命の危機に怯える方に回ったのだ。
辺りには山賊の死体が転がり一部は焼死体になっている。
血と焼け焦げた肉の匂いが辺りに充満している。
(死の匂い。いい感じだ…痛)
幸太郎は頭痛に顔をしかめる。
目の前でカシラが震えている。
その姿を見て、幸太郎の命を奪おうとしたんだから、逆にその覚悟がなかったのか?という怒りにかられそうになる。
(いけないいけない。こんなことでは)
幸太郎は落ち着いて深呼吸する。
怒りは視野を狭める。
そして視野の狭まりは不注意を生む。
それは命取りになりかねない。
実際、不注意で死んだばかりなのだ。
なぜか運良く迎えた二度目の生もそれで死を迎えたくはない。
「何匹かは伏兵を警戒して周辺警戒。不審者が近づいたら鳴き声で連絡。フレイムタイガーは護衛ね」
内心で思うだけでも行動を開始してくれるのは実証済みだが、あえてカシラに聞こえるようにいうことで油断がないことを示す。
またそれを受けてホーンラビット達が動き出したことで、カシラはこのホーンラビットが偶然現れた訳ではなく、全て幸太郎の支配下にある事を理解したようだった。
勝ち目はないとカシラは構えていた斧を下ろした。
「貴族様。どうか今回は見逃してもらえませんか。代わりと言っちゃなんですが慰謝料を支払いますので」
「そういってアジトに連れていって嵌める算段じゃない」
「め、めっそうもない!こんな数のホーンラビットに襲われたらひとたまりもありませんよ!そんな事はしないと神に誓いますぜ」
そういってカシラは命乞いしてくる。
「ごめん信用できない」
幸太郎は笑顔でそれをぶった切った。
カシラは項垂れてしまう。
村長にすらだまされたのだ。
今ならその狙いは、幸太郎のビーイングに山賊の脅威を排除してもらう事だったとわかる。
幸太郎なら山賊に襲われても大丈夫という判断もあっただろう。
幸太郎がライラを受け入れなかった事で、権力方面の利益は望めないという判断もあったかもしれない。
だがどんな理由にしろだまされたのは事実だ。
疑心暗鬼になるかもしれない。
だが「だまされた方が悪い」位の気持ちでいなければ今後もだまされ続けるかもしれなかった。
「でも条件次第では助けてあげてもいいですよ」
「ほ、本当ですかい?」
カシラが光明を見つけたとばかりにガバッと顔を上げる。
「ええ、本当に」
それを幸太郎は先ほどと全く同じ笑顔で迎える。
「これからホーンラビットと戦ってもらいます。最初は一体と、それから一体ずつ増やしますので、それに生き残ったら生かしてあげます」
カシラの表情が固まった。
そして、何かを決めそうな表情をした。
ファイアーボール
スペル
マナコスト2
相手のビーイングに200ダメージ
ヒュゴオオオ!
カシラの横を炎の塊が突き抜ける。
それは木の一つに直撃して、焼き払った。
(スペルはビーイングですらない無機物も指定可能と)
「丸焦げになるか、今すぐ20体のホーンラビットと戦うというのも選択肢ではありますね」
カシラに選択肢はなかった。