村人(ビーイング?)との戦い2
村に着いたらいきなり襲われて、力を示したり、癒したりしたら、手のひら返しで宴に誘われた。
よそ者には暴力を辞さない程度には排他的。
しかしつわものや権力者にはこびを売る良くも悪くも逞しい村というのが幸太郎のこの村に対する第一印象だった。
その根幹にはどうも魔族に対する恐怖心と、それに対抗する術士に対する尊敬の念がせめぎあった結果らしい。
つまり、魔族なら殺しもするが、人間の術士なら逆に歓迎するということだ。
それがこの世界のことをよく知らない幸太郎には理解不能だった。
正直に何も知らないことを話すのは、この村の態度を考えると気がひける。
だが、さすがに全くわからないから話すらしない、では今度の方針を決めることすらできない。
幸太郎が考えに考え抜いた案は以下の通りだ。
まず、自分は遠い地に住んでいる術士である事にした。
術士とは魔法を使える存在であり、特に癒しの魔法は貴重らしい。
さらにこの村には術士はいないとのことなので、癒しの魔法の存在は知っていても、その詳細な発動方法なんて知るはずもなくごまかすのは容易だった。
そして自分は転移の魔法とかの魔法的な事故でこの地に飛ばされて来た事にした。
これも上と同じ理由でごまかすことができる。
実際は転移の魔法なんで使えない(それと似たような効果を持ちそうなスペルがあるが、使える保証はない)。
しかし、そうでなければこんな軽装といっていい格好で知らない場所を歩いている説明はできないし、なによりこれにはウソがほとんどない。
実際に事故でこの世界に飛ばされて来た事は事実だからだ。
念のため、日本について聞いてみたが、村長も誰も知らないようだった。
しかしそれで村人も納得いったらしい。
ビーイング、この世界では魔物というらしいを引き連れていた件もそうだが、旅人にしてはらしくない服装に最も違和感があったからだそうだ。
言い訳の可能性が高いが、術士らしい格好をしていたらここまで警戒する事は無かったとか。
ちなみに術士らしい格好とは、ローブを着て杖をついている事らしい。
ローブは魔術的な強化を施す紋様で編まれており、杖は魔法を強化するため、術士は好んでその格好をしているとのこと。
幸太郎は逆にそんななりの方が怪しいと思ったがそれは口に出さなかった。
幸太郎らこの世界の常識を全く知らないから、それ故に先ほどの襲撃となったのだ。
その事は頭に留めておかないといけない。
やはり、魔物を引き連れる事はあまりない事らしい。
村長は魔物と一緒に不審者が近づいているという報告を受けた時、古い記憶を頼りに文献を漁って、才能あるものは魔物を手なづけて使役することがあるという記述を見つけた。
その頃には既に村人の一部が幸太郎に接触済みで慌てて駆けつけた頃には後の祭りだったとか。
ちなみにその文献を見せてもらったが、全く字が読めなかった。
幸太郎はどうしょうかと思ったが、ふとスペルの中に手札確認系に該当する解読というスペルがある事に気付いた。
それをデッキに組み直して、試しに使って見る。
解読
スペル
マナコスト3
相手の手札を見る
すると、見えない文字が理解できるようになった。
問題は効果時間が90秒、つまり一ターンと短い事だった。
だが、これについては他に思いたる解決策があるのでとりあえず魔法の効果にも変質がある事を理解できただけでも十分とする。
「でもこれで封印しているカードの危険性がより高まったんだよなあ」
「おや、何かおっしゃいましたかな?」
「いえ、何でもないです」
今更だが、どうも村人たちは幸太郎のカードを認識できないようだった。
「何をしてらっしゃるのですか?」
「カードを整理してるんです」
「…カードなんて見当たりませんが?」
「え?」
村人にそう真顔で言われて発覚したことだ。
確かにARモードだと統合端末を持ってないものにはCGが見られないし、同じくカードも見られない。
そんな当たり前なことに気付かず今までビーイングやスペルが現実のものとして具現化してるからカードもそうなんだと勘違いしてた。
周りにはスペルを使用したり手札を見たりする時にパントマイムよろしく変な挙動をしてるように見えただろう。
恥ずかしくなり、今はさりげなく触る程度に留めている。
そうしてさりげなくデッキを切りなおして本を熱心に読むふりをする。
村長が退室した後、さらに数分経ってようやくマナがたまったので、行使したのは初利用となるアーティファクトカードだった。
真実写し
アーティファクト
マナコスト6
毎ターン相手の手札を確認できる。
アーティファクトカードはビーイングと同様に場に置くことができるカードだ。
限りある場を埋めてしまうというデメリットがあるが、スペルと違い毎ターン効果を発揮するものが多い。
するとカードの消失と共にシンプルな意匠の眼鏡が出現する。
それをかけると予想通り文字が読めるようになっていた。
さらに期待通り、アーティファクトも場に出た扱いなのか90秒経っても消える気配はない。
墓地もカウントされてないので、これで壊れるまでは文字で困ることはなくなった。
もっともまだカードは数枚あるから壊れてもそこまで困ることはないが。
このアーティファクトは効果の割にコストが高い微妙なカードだったが、現実に使えるとなると話は別だった。
おそらくこれからもそういうカードはあるだろう。
早急に各カードの想定される効果を再確認しないといけない。
幸太郎が読んでいる本は「冒険者ラルクの旅」という自伝である。
どうやらかなり高名な冒険者のようで、彼の自伝はこの村にもあるほどのベストセラーとなっている。
幸太郎はその本を素早くめくっていく。
真実写しの効果で文字ではなく意味を理解できるため速読が可能になっていた。
文字を俯瞰するとそのイメージが浮かび上がり一瞬で理解できるのだ。
その結果理解した本の内容はこれが冒険譚と心得が一緒になった本ということだった。
この本はラルクが冒険を初めて功績を挙げて貴族になるまでエピソードが冒険譚として面白おかしく書かれている。
その一方で冒険者の心得としての側面もあり、これを見て冒険者を志す者は多いらしい。
村長もこの本を見て、幸太郎が魔族ではなく魔物使いや術師である可能性に思い至ったという。
その本を読んだ結果わかったのは、やはりここは剣と魔法が支配する異世界であるという事実だった。
付け加えていえば、この世界の人間は魔物の脅威に晒されている。
魔物というのは文字通り魔のモノであり、この世界にあふれる魔力によって進化した動物であるらしい。
単純に魔力で強化されているものから、中には魔法を使う魔物もおり、一般的な人間にとっては特別弱いスライムやゴブリンなどを除いて恐怖の対象とのこと。
。
さらに最近はそれを使役する魔族が現れたことで、村人は普段以上にピリピリしていたらしい。
幸太郎はその本を読んで良かったと思った。
もし魔族系カードをビジュアライズしていた日には、村人との和解はあり得なかっただろう。
また封印するカードが増えてしまった。
ちなみにアンデッドも生命に反するものとして忌諱の対象かと思ったが、こちらは比較的大丈夫なようだ。
どうも魔族の抵抗勢力の中にアンデッドを使役する有名な軍隊があり、多くの実績を生んでいるらしい。
徴兵された時にその軍隊に助けられた村人もいるらしく、その村人の宣伝の甲斐あって、使役されているアンデッドは兵器という立ち位置として扱われるようだった。
もっとも自然発生するアンデッドは普通に駆除の対象らしい。
またアンデッドの軍隊があるようにアンデッドの発生原理などの研究はかなり進んでいるようで、アンデッドが発生しないように人里ではかなり気を使われているとか。
本を読み終えた後は、宴まで村長といろいろ話をすることになった。
村長は、幸太郎の遠方から事故で飛んできたという話を信じてくれて、いろいろこの辺の地理などを話してくれた。
この村はアルラと言い、ここから歩いて3日ほどのところにスタットの街があること、他にもこの辺のモンスターや危険な場所の情報を教えてくれた。
さらに幸太郎のために村長のお古だが旅の道具も用意してくれるという。
勘違いで命を取ろうとしたわびのつもりらしい。
それが割に合うかどうかは微妙だが、ありがたく受け取っておく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やがて宴になり、幸太郎は酒を振舞われるが幸太郎はそれを固く固辞した。
「ささどうぞ術士様」
「ああ、いえすみません。お酒は飲めないんですよ。ミルク頂けますか」
(さすがに殺されかけた村で酒とか飲めないよ。一応治癒スペル準備してるけど、酒や毒に効果あるかまだ未検証だし)
とはいえ飲まないわけにはいかないから、他の人が飲んでいることを確認して、そのミルクやジュースだけをいただく。
適当に相槌を打ちながら、ご飯を食べたりして村人の話を聞く。
それも幸太郎にとってはこの世界の常識を知るための貴重な情報源だからだ。
「なので、この山道を通る時は盗賊が出ますので気をつけたほうがいいですぜ」
「へえ、盗賊ですか」
幸太郎は心の地図で次の街へのルート修正を行う。
村に一枚しかなかった地図は村長の家で確認済みだ。
「しかし術士様は日本出身だということですが、それはかなり遠方なのですか?」
「ええ、そうですね。話を聞く感じはるか東の彼方といったところでしょうか」
村人の質問に適当に答える。
真実を話すわけにもいかないから仕方ない。
「そうですか。いやーしかし術士様の召喚術はものすごいですな。あんな強大な魔物を召喚して使役してしまうなんて」
そういって村人が見たのは、遠くでたたずむスケリトルドラゴンである。
身の丈三メートルを超えるその巨体は微動だにせず、今は村の子供達の遊び場になっている。
ちなみにホーンラビットはあぐらをかいた幸太郎の足元で野菜を食べており、フレイムタイガーは幸太郎のそばで肉を食べながら寝そべっている。
幸太郎はフレイムタイガーにもたれかかるような感じでホーンラビットをなでていた。
これは安全確保の意味合いもあるが、こうしてると魔物を完全に支配している感があって村人も安心するのだ。
「幸太郎様はさぞかし高名な術士様とお見受けします」
「いえ、そんなことはありませんよ」
(他と比較したことないからなんとも言えないけど)
と幸太郎はとりあえず否定する。
「いえいえいえ、私も戦場に出たことのある身ですが、あなた様ほどの使い手の話は聞いたことありませんでした。術士はまだいたのですが、魔物を使役するレベルとなるとそれこそおとぎ話かも思っていたくらいですわ」
魔物使いはこの世界では希少な存在ということらしい。
本を読む限り、術士の適正と魔物使いの適正は全く別物のようだったが、村人にそんなことわかるわけないのだろう。
村長も実際に術士と魔物使い両方にあって話を聞いたわけではないようで、そこにはあまり突っ込まなかった。
百聞は一見にしかずと思っているのかもしれない。
また、この村では村長を始め限られた人しか文字を読めないみたいだった。
それもそれらの不理解に拍車をかけていた。
「それにその眼鏡は大層ご立派な代物とお見受けしますぞ?」
どうも眼鏡のレンズの原料であるガラスの生成はこの世界の技術では困難であり、さらにそれを加工したレンズとなるとそれこそ国お抱えの技術者でなければ作成は難しいらしい。
そんな物を持っている時点で、村人の中では、幸太郎は遠方とはいえ爵位持つ貴族説が濃厚になったようだ。
そんな人物の不興は買いたくないだろう。
ただでさえ勘違いでやらかしているのだ。
だが万が一、恩を着せて援助を受けることができたら利益は計り知れない。
そういう損得勘定が目に見えるようだった。
「あはは」
幸太郎は笑ってお茶を濁すしかない。
日本では、眼鏡なんてプラスチック製で千円で売ってますよなんて言えるわけがない。
ついであなたたちが召喚と読んでるビジュアライズはもともとはゲームの機能なんですとも。
(この世界は実はリザレの新VRバージョンか何かの世界で、彼らもビーイングなんだろうか?それならビーイングで攻撃できたり防御できるのも納得いくけど…何もかもがリアルすぎるし、そもそも自分もダメージというか痛みを食らっているのがおかしい。自分がビーイング扱いとしても、痛みって普通に仮想法違反だ)
「おかわりはいかがですか?」
そういって村の女性がジュースをすすめてくる。
この人もまた幸太郎を歓待するため村一番の美人が選ばれたのだろう。
名をライラという。
なかなか整った顔立ちのすらりとした美女だった。
「ああ、どうも…」
幸太郎は礼を言ってライラからおかわりを貰う。
美人に酌をしてもらえるのは悪い気はしない。
ただその距離が妙に近い。
幸太郎は嫌な予感がしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴のあと、寝室として案内された部屋に入ったら、ライラがやってきた。
「夜伽に参りました」
「お断りします」
幸太郎は独特のポーズで断って、ライラを追い出そうとする。
「え?ええ??」
全く好みじゃないとかそういうことではない。
リスクが高すぎるのだ。
仮にここで据え膳を食べたとしよう。
そしたら明日、それを理由にほのめかされて割に合わないお願いをされるのはほぼ確実になる。
おそらくは権力がらみのことだ。
そんなことできるわけないから当然ブッチする。
だがまだこの世界の勢力図どころか村の背後関係すらもわかってない状態で、ブッチするようなマネをして権力者の不興を買う意味は全くなかった。
「そ、そんな、どうかお情けを!」
とライラが懇願してくるが、幸太郎は意に介さない。
背中を押して追い出して、ドアを閉めた。
ついでにフレイムタイガーをドアの前に居座らせておく。
鍵すらない部屋だか、内開きなのでこうすれば誰も開けることはできない。
「術士様、せめて、せめて部屋の中にいさせてください!でないと今夜寝る場所がないんです!」
ライラがドアをたたきながらそう懇願するが、幸太郎はそれも無視する。
部屋に入れて寝かせた時点で、事があろうがなかろうが、そうであったことにする戦法の可能性を排除できないからだ。
「うう、そんなご無体な…」
やがてライラのすすり泣く声が聞こえてくるが、幸太郎はそれを無視して、だいぶ疲労がたまってたこともあり、速やかに深い眠りについた。